第84話 俺の魔法を見せろというのか、よろしい
「マッスルブ! タイタニアちゃん! どうしてそんな平然としているみゅ!」
兎耳をピンと立てまるまる尻尾をびんびんに逆立てたアイシャが、二人に向け両手をめいいっぱい広げた。
「驚くよね」という彼女なりの精一杯のアピールのようだ。
しかし、彼女と対称的に二人はまるで動じた様子はない。
「もう見慣れていて、感覚が麻痺しているんだ」
ワギャンがやれやれと肩を竦め、彼に同意するようにタイタニアはうんうんと小刻みに頷く。
俺も達観した二人を見慣れていたから、アイシャの反応は新鮮に感じる。
そういや二人も最初の頃は彼女みたいに驚いていたような……。
ん? マッスルブはどうしたんだって?
俺が作業に入ると告げたら、むっしゃむっしゃと何かの肉を食べていたさ。いや、今ももぐもぐ中だな。
俺の中では彼こそが一番の大物じゃあないかと思っている。これまで彼の驚く姿を見たことがないもの。
何事にも動じず食べる。ある意味すごいよな……。
「使い勝手を確かめてもらえるか?」
あえてマッスルブへ目を向け問いかけてみたら、彼は残りの肉を骨ごとゴクリと飲み込んで「分かったぶー」と返す。
が、むせてた。
さすがのマッスルブでもあの大きさの肉塊は無謀だったようだな。
マッスルブは胸をドンドンと叩き、つまった肉を胃の中に落とし込んだようだった。
すぐに彼はアイシャと共に木製の柵をコンコンと叩いたりし始める。
彼らが念入りにチェックしていた箇所は横に長い扉で、何度か開けたり閉めたりしていた。
あの扉は扉って呼んでいいかどうかも微妙な感じで、柵と同じ作りをした横並びの木がそのまま奥へでろーんと動くだけなんだ。
簡単に開くけど、横に長過ぎる気がする。
「ごめんごめん。使い辛いよな? その扉」
「そうでもないぶー」
「大丈夫みゅ」
二人はぶんぶんと首を左右に振るけど、俺に気を使っているのかな?
牧場の柵とか門外漢だから見た目で選んでしまったんだ。でも、少し離れたところで実際に使う様子を見たら分かるもんだなあ。
何でも実戦に勝るものはないってことだな。うん。いい勉強になったよ。
「ちょっと調整してみるから、少し離れていてくれるか?」
タブレットを手に出し、カスタマイズメニューを眺める。
えっと、柵があったところは……お、あったあった。
ちょっとこの世界の技術レベルを逸脱してしまうかなと思ったけど、この扉がベストじゃないかな。
扉を撤去して目をつけた扉と差し替え、現実に反映させる。
「これでどうだろ?」
「これはすごいみゅ!」
扉に手をかけたアイシャがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにする。
興味を引かれたのか、タイタニアも扉を横へ押して元に戻してと感心したように膝を打つ。
この扉は下に鉄のレールが付いていて、横に押すことでガラガラとスライドしていく作りになっているのだ。
「開け閉めもこれなら楽々だと思う。一つ注意して欲しいことがあって」
「どんなことぶー?」
珍しくマッスルブが問い返してきた! どうした、マッスルブ。こいつは食べ物じゃあないぞ。
おっと、ぶーちゃんに気を取られている場合じゃないぜ。みんな俺の言葉を今か今かと待ち構えているからな。
「扉の下にさ、鉄のレールがあるじゃないか。そこの溝にゴミが詰まると動かなくなってしまうから、たまに水とかで洗い流して欲しい」
「分かったみゅ!」
「そんなわけで、ついでに水栓を一つのエリアごとに一つ作っておくよ」
「水栓はとても嬉しいみゅ!」
家畜も水が必要だし、必要ないかもしれないけど土地が乾燥したら水をまくことだってできる。
最初から水栓もセットしておけよと思うかもしれない。
……そこまで気が回らなかっただけだよ。言わせんな、恥ずかしい。
クーシーらの家畜小屋を作るか迷ったけど、そこはマッスルブから自分たちで作ると先に言われてしまった。
そうだよな。彼らの家も自分たちで作るようにと決めていたんだし、家畜小屋だけ俺が作るのもいろいろとよろしくない。
ついついやっちゃおうとするけど、余りに目立つものは避けた方がいいとマルーブルクからも釘を刺されていることだし……。
「じゃあ、こんなところで」
「ありがとみゅ」
「ありがぶー」
二人に手を振り、タイタニアと一緒に自宅へと向かう。
◆◆◆
――その日の夕方。集会場にて。
本日の議題は公国と獣人の親睦を深めるためにどんな「お祭り」をやろうかとみんなで知恵を出し合っている。
「私の意見としましては、ふじちま殿の魔法を見せたいところですな」
リュティエが意外なことを提案してきた。
「それって、なるべく俺のとんでも魔法を見せないって方針と逆じゃないかな?」
「いや、悪くない提案だと思う。公国としてはリュティエの意見に賛成だよ」
マルーブルクは獣人の言葉で喋りつつ、リュティエに目を向ける。
「できれば食事や便利な道具ではなく、心に焼き付くような何かがよいですな」
「同じ意見だよ。獣人側より公国にこそキミの魔術を見せつけるべきだと思っていたんだ」
ん。んん。
二人が何やら盛り上がっているけど、どういうことなんだ?
「えっと……」
「これは公国というかボクの事情を多分に含むんだけど、いいかい」
人差し指を立て、マルーブルクが真意を述べはじめた。
彼は自分の兄弟から無言の圧迫を受けている。特に三男から利鞘を寄越せと言われているとクラウスから聞いたよな。
そこで一発、俺のものすごい魔法を三男の間者に見せつけることで「ここにいる導師はやべえ」という意識を植え付けたいそうだ。
権威付けをしてしまうことは申し訳ないけど……とマルーブルクは言うが、事情が事情だし協力したいと思う。
「だけど、彼らが『甘い汁を吸いたい』と思われるようなモノじゃあダメなんだ。そこはリュティエも同意見みたいだけどね」
「食糧や便利道具だと自分たちもそれにあやかりたいとせっつく輩が出て来るかもしれないってことかな」
「その通りですぞ。あくまで大魔術師殿のお力を見せる。できれば心が沸き立つような演出が良いかと」
目を輝かせ身を乗り出すリュティエであった。
「だいたい見えてきた。考えてみるよ」
「あと一つ、検討してもらいたいことがあるんだ」
マルーブルクが言葉を続ける。
「どんなことだろ?」
「それは、同じ条件で一つ大きな施設を考えてみてくれないかな?」
「大浴場とかそんな奴かな?」
「それも悪くないかな。いい案だと思うけど、浴場ってのはキミの家にあるお湯を溜める桶みたいなものだよね?」
「うん。あれを大きくした感じだよ」
「いくつか施設を作った後ならいいかもしれないんだけど、『お湯』がどんどん出て来るのは検討の余地があるかもしれないね」
「ふむふむ。既に水栓があるから水は出せるけど、こっちも少し考えてみるよ」
「ありがとう」
マルーブルクは愛らしい笑顔を浮かべた。
天使の微笑みと見た目は同じなんだけど、この笑顔には邪気がない。彼だって心から感謝を述べる時にはこういった顔もするのだ。
稀にだけどな……。
いろいろ作るモノや準備することが出て来て楽しみになってきたぞ。
派手にやって欲しいと言うのだ。ワクワクしてきたぜ。
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