第73話 ゴブリンとは
マルーブルクは目を細め、紅茶の入ったコップを握る手に力が籠る。
ゴブリンと公国は、獣人たちの時と同じように相互理解が足りなかったから戦いになったわけではないようだぞ。
甘い考えを持っていた自分の気持ちを締め直し、彼に問いかけた。
「その言い方だと、ゴブリンのことについて調査しているのか?」
「うん。長い長い争いが今も続いているからね」
元の表情に戻ったマルーブルクは肩の力を抜き、残った紅茶を一息に飲み干した。
「ゴブリンは違うの。フジィ」
「一体ゴブリンとはどんな奴らなんだ?」
俺の後ろで立ったまま話を聞いていたタイタニアが口を挟む。
彼女も先ほどのマルーブルクと同じようにすううっと敵に対するように目を細め、唇をきゅっと締めて顎を引く。
「タイタニア。ボクから言おう」
言葉を続けようとしたタイタニアを制し、マルーブルクが両手を組み肘を机の上につけた。
固唾を飲んで彼の言葉を待つ俺。
「ゴブリンは人間とエルフの女子を攫い、苗床にする」
「……」
強烈過ぎるゴブリンの特性に絶句してしまった。
「奴らとは相いれない。人間だろうがエルフだろうが同じゴブリンだろうが、ゴブリンの子は必ずゴブリンになるんだよ」
「ゴブリンは自分たちの間でも子を成すのに、人間やエルフを?」
「うん、奴らは人間とエルフを襲うようにできているんだ。奴らにとって、人間やエルフの女子を攫うことは欠かすことのできないことってわけさ」
いやいや、ちょっと待って欲しい。
ゴブリンにもメス? がいるのだろう。それなのに、何故、危険をおかしてまで人間やエルフを?
ん、待てよ。
マルーブルクは「欠かすことのできない」って言った。
「ゴブリンのメスが生まれる確率が低いのか!」
「それも大きな理由だね。最も大きな理由は、ゴブリンのメスの妊娠率にあるとボクは思っている」
「ゴブリン同士だと、なかなか子供ができないってことなのかな」
「あくまでボクの推測だけどね。もしくは、
「ゴブリンの男女比ってどんなもんなんだ?」
「調査によると、五対一以下と結果が出でいるよ」
二割か。
ゴブリンが種として存続していくにメスの数が心もとない。
その代わり彼らは異種族である人間とエルフとの間に子を成すことができるってわけか。
人間とエルフ無くしては、彼らは種として滅びる確率が高い。だから、本能的に人間とエルフを攫う。
比率的に戦闘に向くオスの方が遥かに多いのも、攫うための適応だろうな。
……ダメだ。もしゴブリンたちが俺と会話できるにしても、彼らとは共存することはできないに違いない。
どんな生物だろうと、自らの子孫を残すことが命題なんだ。
ある種のジカバチは自らの卵を別の種の幼虫に植え付ける。昆虫の世界ではよくある話なんだが、自分の種が寄生の対象となると受け入れられるものじゃあないよな。
「理解した。ゴブリンとは現時点でどうしようもないな。サマルカンドに近寄るゴブリンは倒すしかない」
「うん。農業や牧畜に支障が出るようなら街の周辺を巡回し、討伐しなきゃね」
「厄介だなあ……。獣人たちも攫うのかな……」
「分からないけど、近寄らせない方がいいだろうね。ところで、ヨッシー」
「ん?」
「タイタニアの顔を見てみなよ」
マルーブルクに言われて、後ろを振り返るとタイタニアが首を傾け「はてなマーク」が浮かんでいるではないか。
そんな難しい話をしていたかな? 彼女はゴブリンのことを知っているはずだし。
「何か分からないことがあったかな?」
「え、えっと。サマルカンドってなんだろうなあって」
「え?」
そこかよ!
すぐに答えをタイタニアに返そうとしたら、マルーブルクが先んじる。
「ふじちまタウンの別名だよ」
「あ!」
そっちは通じるのかよお。ふじちまタウンなんて名前に決めたことは一度もねえぞ。
別名でもなんでもないんだ。
ポンと手を叩いたタイタニアは「わかるわかる」と思いっきり首を上下に揺らす。
「と、ともかく……ゴブリンは人間を発見する何か特殊な能力でも持っているのかな?」
あからさまに話を転換させようと呟くと、マルーブルクが感心したように口元に手を当てた。
「ふうん。やっぱりキミはなかなかキレる。どうしてそう思ったのかな?」
「あ、いや。君たちが草原で住み始めてそれほど長い時間は経っていないよね」
「うん」
「それが何の前触れもなく、ゴブリンがここに来るってことは……奴らはここに人間がいると何等かの手段で嗅ぎ取ったと思うんだよ」
「素晴らしい!」
パチパチと両手を打ち、天使の微笑みを浮かべるマルーブルク。
「フジィ、すごーい! それだけでわかっちゃうんだね!」
タイタニアからもお褒めの言葉をいただいてしまった。
「魔術に近いものなのか、嗅覚なのかは分からない。でも、ゴブリンどもは何となく人の集まる場所を嗅ぎつけるんだよ」
「公国でもそうなのか?」
「うん、さすがに彼らもそれなりの知性を持つから、大きな街へはやっては来ないけどね」
やっぱりそうなのか。たまたまサマルカンド(断じてふじちまタウンではない)を発見して近寄ってきただけならよかったんだけど……。
これだとコブリンを全滅させたところで、別のゴブリンの集団がまたやって来る。
「今回はいいけど……今後があるから、おちおち街の外で農業や牧畜なんてできないよな」
「牧畜は家畜がいるからともかく……畑は大丈夫だよ」
「いや、家畜や農作物じゃなくて、住民の命がだ」
「その為の物見じゃないか。キミが真っ先に作ってくれたから、今回のように早期発見が可能なんだよ」
「な、なるほど。既にゴブリンを想定して物見を作っていたのか!」
「うん。朝晩交代でずっと見張っているから。……といってもゴブリンが夜間に動くことはないけどね」
夜行性じゃあないのは幸いだ。
あ、でも。
「知性はそれなりにあるんだろ? それなら、視界の悪くなる夜間を狙ってくることもあるんじゃないか?」
「ゴブリンは松明を扱わない。暗闇の中を進み夜行性の獣に襲撃されてしまったら一たまりもないって、彼らは理解しているよ」
だから、ゴブリンは夜間は動かない……いや、動けないとマルーブルクは暗に示す。
「それならよかった。夜だと見張りも遠くまで見えないものな」
「うん。もし、夜間に襲撃するような奴らだったら、最初にキミへ『夜間は誰もゲートに侵入できなくする』よう頼んでいるよ」
「そういうことか!」
「そういうことさ」
ニヤリと笑い合う。
ちょうどその時、扉が開く。
「ふじちま殿、マルーブルク殿! 話はワギャンより聞きましたぞ!」
顔を出したのはリュティエとワギャンだった。
『のみものはなににすう?』
タイタニアが獣人の言葉で二人へ注文を聞く。
「お、おお! タイタニア殿が我らの言葉を!」
「練習したからな。タイタニア、うまく伝わっているぞ」
親指をギュッと突き出すワギャンと驚くリュティエの様子が対称的で和む。
二人はタイタニアへ水を頼むと、彼らの言葉を理解したタイタニアがすぐに水をコップに入れて持ってきた。
すげえ。言葉の学習の成果がありありと。
この分だとカタコトで理解し合えるまでにそれほど時間はかからないかもしれない。
二人に座ってもらって、手短に状況を伝える。
どうやら獣人側はゴブリンのことは知らないようだった。
「ゴブリンのことについても簡単に説明しておくぞ」
「お願いいたす」
リュティエは神妙な顔で頷きを返す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます