20 リーゼの将来

(ルイス、どうかしたの……?) 


 もしかしたら、おにいさまのことがこわいのかしら? 

 わたしもよ。

 おにいさまは、すこし、きびしくていらっしゃるもの。


 元気づけてあげたほうがいいだろうかと気を回していたが、彼はリーゼロッテが思うように怯えているわけではなかったようだ。

 幼い主の顔を見ながらたしかな声で告げた。


「ですが、僕はあなたの考えに従いたいと思っています」


「わたしの……?」


 真っ直ぐに見つめられたままそう言われて、リーゼロッテは戸惑った。

 これからなにを学ぶかなんて、大人が決めることだと思っていた。考えを求められても、どうしていいのかわからない。

 自分で自分の人生のことを決めてもいいものだろうか。


「僕を雇っているのはジェレミア様ですが、僕の主はリーゼだけです。もし仮にジェレミア様が導こうとされている未来と、リーゼ自身の将来の夢がちがうものであれば、あなたの希望をこそ叶えたいのです」


 将来の夢、そのための勉強……。

 それはむずかしい問いかけだった。

 子どもの困惑を見て、ルイスはふっと表情を和らげた。


「あまりむずかしく考えないでください。将来の夢というとなにやら重く感じられるかもしれませんが、たとえばリーゼがどんなことに興味があって……」


 そう言いながら、教本のうちのひとつを差し出して、表紙に描かれている竜を指先で示した。


「なにが好きなのか。どういうことを楽しいと思うのか。そして、これからやりたいと思うことはなにか。勉強でも趣味でもなんでもいいのです。焦らなくてもいいので、いつかそういう希望が見つかれば教えてください」


 そこまで語ってから、ルイスはいささかくだけた調子になってお願いした。


「ああ、ジェレミア様には内緒にしてくださいね? 僕たちだけの秘密にしましょう」


 リーゼロッテは考えてみた。

 将来……興味……。これからやりたいこと、希望……。


 将来というのは、遠く感じられる実感のない単語だった。

 この春に六歳になったばかりなのだ。なつかしくふりかえる年月も、思い描くこれからの歳月も、さほど長かったことはない。


「ゆっくりと考えてくださいね。僕にできることは限られていますが、あなたの望みを知ることで、お役に立てることがあるかもしれません」


 リーゼロッテの表情を見て、ルイスがやさしく微笑んだ。戸惑う気持ちを和らげるかのように。


 それでもなお、彼はなにかを一生懸命に伝えたがっているようだった。なぜかはわからないが。

 言葉を変えながらも、リーゼロッテに語りかけることをやめない。


「もしやりたいことや将来の夢が見つかって、僕のお教えすることが力になれるようならぜひ利用してください。勉強と関係ないことでも、なんでもいいんです。たとえばたくさん友達をつくりたいとか、外国を旅行してみたいとか」


 リーゼロッテはうなずきながら、できるだけ多くの彼の言葉を書き留めようと、鉛筆を動かしていた。

 理解が追いつかないが、信頼しているルイスがここまで熱心に語ることなら、大事なことなのだろう。彼の表情と口ぶりからそれがうかがえる。

 

「夢というものは、一日や二日では叶わないものが少なくはありません。何年も、何十年もかかるものがあります。いつかリーゼに将来の夢ができて、それをきっと叶えたいと思った時には、竜のようなしつこさも大切になるでしょうね」


 目をそらさずにじっと聞いていて、話がひと区切りすると、おぼえていることをノートに書きとった。まだきちんと理解できてはいないが、あとで読み返してゆっくりと考えてみようと思う。


(しょうらいのゆめ、すきなこと……みつけて、ルイスにおしえる。ふたりだけのひみつ。りゅうみたいにしつこくかなえる)

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