26.果樹園でのひととき

「似ているかどうかではなく、あなたにはあなたの魅力があると思って欲しいのです。リーゼと僕が仲良くなったように、あちらの方々とも親しくなれるでしょう。なのでもっと気軽に考えてくださいね」


 彼は返事を急かさなかった。その話題は、いったんそこでおしまいとなった。

 それからルイスとリーゼロッテは、ゆっくり散歩しながら果樹園まで来た。リンゴの木の側まで来たときに、ルイスが「木の上にのってみますか?」と聞いてきた。


 エステルに見つかればはしたないと怒られそうだと思ったが、一度は木の枝にのってみたかった。いまは周囲に誰もいない。リーゼロッテがうなずくと、ルイスは子どもを軽々と抱えあげて、太い枝に座らせてくれた。

 目線がルイスよりも高くなった。彼の肩越しに、ラベンダーの茂みを眺めるのは新鮮な体験だった。


 若草色の実はまだごくちいさくて愛らしかった。鳩の卵ほどの大きさしかない。青々とした枝からは、風にのってかぐわしい香りとひんやりとしたと水分とがただよってくる。

 リーゼロッテはたちまちごきげんになって、木の幹に手を這わせて観察し始めた。


「りんごの木のようせいは、はずかしがりやなの。かくれながら、ちらちらひとをみているのよ。りんごのみをあかくするのがおしごとなんですって。いまはいないけど」


 幹の皮のはげかけているのを指でなぞりながら言った。

 妖精は人に見られることをきらうものだから、なかなか姿を現さないのも当たり前なのだ。ルイスまで妖精の存在を疑うようになってしまったら寂しいので、言い訳するような口調になってしまう。


 ごつごつした木の皮は、やすりに使えそうな気がして、人差し指の先をこすりつけてみた。そこにはちいさなささくれができていて、何度か歯で噛みちぎろうとしてもうまくいかなくて気になっていたからだ。

 

 ルイスはリーゼロッテの側を離れなかった。さほどの高さではないとはいえ、子どもがバランスを崩して落下しないように見張っているのだろう。


「僕にはいまのリーゼが木の精霊に見えますよ。ときに美しい女性の姿で現れると聞きますからね」


 リーゼロッテを称える語彙なら、彼は無限に持っているようだった。

 毎日のようにほめ言葉をもらうのは、うれしいことだった。だけど、自分がその美しい言葉たちに本当にふさわしいとも思えずに、理由を考えてしまうこともある。


(ルイスはどうしていつもほめてくれるのかしら。ともだちだから? それとも、おしごとだからかしら?)


 もしかしたら、ルイスのような男性の使用人、もしくは家庭教師というものは、主人をほめるのも業務のうちなのだろうか。

 ほめ言葉もお仕事のうちで、一回ほめるごとに小銭をいくらかもらえるのだろうか。そんな想像さえ浮かんでしまう。


 ルイスはリーゼロッテを抱きかかえて木の上からおろして、ボンネットから流れる白金の髪に、微細な木片がついているのを取ってくれた。

 そうして、感心したように言った。


「本当にきれいな髪ですね。春のこもれ陽の色を思い出すような美しさです。でももっと繊細でやさしい気がしますね」


「そうかしら」

 

 リーゼロッテは小首をかしげた。

 すこしためらってから、口を開いた。


「……おにいさまの子どもたちは、きたないっていったわ。うちのいちぞくは、みんなあざやかなきんのかみなのに、おまえだけうすくて、しろくてへんだって」


 ルイスは笑った。


「その子どもたちは目がよくないのでしょう。あと見る目もないのでしょう」


 いつもの冗談めかすような話し方だったが、その声色はいたく決然としていた。ほのかな怒りさえ感じられるほどに。


「なにを美しいと思うかなんて、人によってちがうのものです」


 それから、リーゼロッテを愛しむように、そっとボンネットの上から手をのせた。


「僕は大好きです。リーゼのことが」


 そう言ってルイスは片膝をつくと、子どものちいさな手をとった。


「ちょっと貸してください。すこしの間だけ動かないで、じっとしていてくださいね」

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