19.執念深い竜のリドルニ・カロルゥニニエ

「……こうしておよそ二千年ほど前に、古代帝国ウブリスは魔法を使った戦争で滅んだと考えられています。同時に、進んだ文明も失われたと推測されています」


 本日の授業は書庫で行われている。こじんまりとしたテーブルに、先生を務める青年とちいさな生徒とは近い距離で座っていた。

 ルイスがときおり手元の本やノートに目を落としながら説明をし、リーゼロッテは鉛筆を手にしてそれを聞いていた。


「ちなみに聖典では、戦争の騒々しさに神が怒り、黒竜のリドルニ・カロルゥニニエに命令してこの大陸中を焼きつくさせたということになっています」


 黒竜という言葉にリーゼロッテの瞳の色が変わった。


「余談になりますが、『竜は執念深い』または『竜はしつこい』ということわざがあります。竜には財宝をためこむ性質があり、それを盗んだものを決して許さないことから、このように言われています。それに加えて、この神話に登場する竜リドルニ・カロルゥニニエが、執拗に大地を焼き払ったイメージも影響していると考えられます」


 竜が宝物を集めるなんて、なんとかわいらしいのだろう。集めてどうするのだろうか。ただただうっとりと眺めるのだろうか。


 歴史の授業を始めるにあたって、ルイスは初めに、竜にまつわる伝承を題材に選んだ。

 おとぎ話や伝説上の生き物を好むリーゼロッテの関心をひき、勉強が楽しいものであるという印象を与えるためだろう。


 その目論見は成功していた。彼の話が一段落すると、リーゼロッテは白磁の頬を薔薇色に染めて、夢見るようにほうと息を吐いた。


「すてきねぇ。りゅうのリドルニ・カロルゥニニエって、きれいな名まえだわ。なんて言ったらいいのかしら。まるで、たてごとがなっているみたい」


 目を細めながら、感心しながらつぶやいた。古代帝国や、戦争や、この大陸の歴史よりも、竜の名前の流麗さばかりが心に残っている。


「リドルニ・カロルゥニニエとは古代にこの大陸で使われていた言葉で『山の上の黒いリドルニ』という意味になります。たしかに昔の言葉はふしぎと美しく聞こえることがありますね」

 

 ルイスがそう付け加えた。リーゼロッテは、これはいちばん大事な情報だと思って、忘れないうちに急いでノートに書き留めた。


「でも、りゅうはわるいいきものじゃないとおもうの。かみさまもりゅうも、せんそうがよっぽどいやだったのね。だからおこったの」


 その見解に根拠はないが、竜がいつも悪く言われるのはいやだったので、つい庇ってしまう。竜や狼や熊のような強い生き物は、なぜか物語の中で悪役にされがちなので、子ども心に同情していたのだ。


「そうかもしれませんね。実際に竜を目にしたことが確かな人の記録はもう残っていません。現在知られている竜伝説のほとんどが、竜が滅びた後の時代に書かれたものです。竜が凶暴だというのも一面的な偏った見方かもしれません」


 ルイスは同意した。さらにつづけて竜が好きな女の子の援護をする。 


「執念深いというと悪い意味にとられがちですが、必ずしもそうではないのです。継続する力があるということは、希望を叶えるために大切なことです。勉強もそうです。もし竜が学校に通っていたなら、勉強も粘り強くつづけていたでしょうから、とても優秀な生徒になっていたかもしれませんね」


 竜が学校に……?

 リーゼロッテの頭の中に、机の上にノートを広げて、背中を丸めて窮屈そうに椅子に座って、長い爪のある手で器用にペンを握っている竜の姿が思い浮かんだ。


「それは大きないすとつくえがいるわねぇ」


 ふたたびリーゼロッテは感心して言った。ルイスのたとえ話はたいそうおもしろい。

 人用の家具を使っている竜を想像すると、滑稽でもあり愛らしくもあった。


 ルイスは笑って同意した。そして授業の終わりを告げて教本を閉じると、今後の授業の予定について語り始めた。


「ジェレミア様のお言葉に従い、まずは上流家庭のお子様向けの一般的な基礎教養から始めようと思っています。ですが、先のことはまだ具体的には決まっていません」


 そう言うと彼はすこしの間、なにも持っていない手元に目を落すと、深い息をついた。


「お父様のご遺言を守れるように、将来を見据えて貴女にふさわしい教養をとジェレミア様はお考えのようです。本来なら、僕はただそのご指示に従うべきなのですが……」


 ルイスがそこですこし間を開けた。

 リーゼロッテの肌が違和を感じた。兄の名前を紡ぐ彼の声には、ごくわずかにだがいつもの彼らしからぬ険しさがある気がした。

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