13.ぬいぐるみの正体
空の青さにもまっすぐな陽射しにも空気の匂いにも、ほんのり夏の気配のただよう日。
昼食を終えたリーゼロッテは、自室の椅子に腰をかけてパルムをひざにのせ、本を読み聞かせていた。
「そしておんなの子は、いもうとをさがしにいきました。いえのそとには、ねこがいっぱい、あるいていました」
手にしている本は分厚い法律書で、パルムに見せるように開いてはいるが、難しすぎてリーゼロッテにはほとんど読むことができない。読みあげている物語は、その場で自分で即興で考えているものだった。
「いぬもいっぱい、いました。べんごしさんは、十五人いました。みずうみのそばで、おべんとうをたべました。きゅうりとハムのサンドイッチです。ミルクをのんで、おやつの木いちごのパイをたべました」
『べんごしさん』は最近、彼女の中で流行中の言葉だった。弁護士がなにをする人なのかは知らないけれど、むずかしい響きが大人っぽいから気に入っていた。
「たくさんさがしても、みつからなくて、おんなの子は、しくしくないてしまいました。すると、パルムが、まほうでいもうとを出しました。ぼーん! みんな、よろこんで、うちにかえりました。おしまい」
リーゼロッテは重い本をぎこちない手つきで閉じた。パルムはぽふぽふ拍手をした。
「素晴らしいですね。他にはないようなお話で、とてもおもしろかったです。リーゼにはやはり文学の才能がありますね」
「ふふっ」
またしてもパルムは子どもの才能を過剰にほめたてた。リーゼロッテは恥ずかしそうにうれしそうに笑った。
パルムは本を受け取ると、担ぎあげるようにしてよたよたと部屋の外に出て、元々あった部屋まで運んで返してきた。
「さ、そろそろお昼寝の時間ですね」
「うん。でも、まだねむくないの……」
昼食後、休憩をはさんでから、リーゼロッテは健康のために昼寝をすることになっていた。
たとえすこしも眠くない日でも、誰かが起こしに来るまでは、ベッドに入って静かに目を閉じていなくてはならない決まりだった。そんな時間は退屈で、とてつもなく長く感じられる。
お昼寝はいやだと渋るリーゼロッテをパルムがなだめていると、ドアがノックされた。
「お嬢様、お昼寝の時間ですよ」
エステルが入ってきて、きびきびとリーゼロッテを寝室に移動させてベッドに追いたてると、慣れた手つきでカーテンを閉めてしまった。
「ねむくないのに」
まだ遊びたりなくて、未練がましく言うリーゼロッテに、パルムが明るい声でなぐさめの言葉をかけた。
「お昼寝が終わったらいっぱい遊びましょうね。では、またね」
ヒラヒラ手をふると、エスエルにつづいてトコトコと部屋を出ていった。
ひとりになったリーゼロッテは、仕方なく目を閉じた。
……眠れない。
昨晩はぐっすり寝たし、そういえば朝だってとても気持ちよく起きられたし、いまは眠れる気がしない。
でもいま起き出したところでベッドに連れ戻されるだけだ。
リーゼロッテを診察にきた主治医が、「この子の健康を保つためには栄養のある物を食べさせ、適度な運動と昼寝をさせたほうがよいでしょう」と忠告したため、エステルは忠実にそれを守っている。まるで一日でも昼寝を欠かしたなら、リーゼロッテがたちまち重い病気になってしまうと思いこんでいるかのようだった。
目を開けてじっと天井を見つめていたが、余計に退屈でつらくなってきたので、しかたなくまた目をつぶる。
(パルムもいっしょに、おひるねしたらいいのに)
パルムは決まって夜の間はどこかへ行ってしまう。
そしてリーゼロッテが昼寝をする間もまたそうだった。
この頃は気がつけばパルムのことばかり考えている。
あの時、庭の木陰のテーブルで、なにかを打ち明けたそうに見えた彼の態度はなんだったのだろう?
(パルムったら、いま、なにしてるのかしら)
リーゼロッテの世話をする使用人たちは、交代で遅めの昼食をとっている時間帯だろう。でもパルムは、ぬいぐるみだから食事はしないと言っていた。それなら昼間はなにをして過ごしているのだろう?
そのとき遠慮がちなノックの音がして、そっとドアが開かれた。エステルが様子を見にきたのだ。
リーゼロッテは目を閉じておとなしく眠っているふりをした。主がベッドで寝ているのを確認すると、エステルは満足したのか静かにドアを閉めて立ち去って行った。
すこししてからリーゼロッテはむっくり起きあがった。もういいだろう。もう十分に身体を休めたはずだ。
本当はそれほど時間は経っていなかったが、リーゼロッテには何倍にも感じられていた。
こんなに長い間、横になっていたのだからいいだろう。お医者さんだって許してくれるはずだ。
(パルムをさがしにいこうかしら)
眠くもなく疲れてもいないのに、じーっとベッドに横たわっているのは退屈すぎる。エステルに見つからないように、ちょっとだけ抜け出て散歩をすることはこれまでにもあった。見つかったら怒られるけど、見つからなければいい。
ひっそり静かに探索をしてみよう。どこかにいるパルムの様子をこっそり見てから戻ってこよう。
仲良しのパルムに、自分の知らない側面があることが落ち着かない。ひそかにどこかから、いつもどおりにすごしている彼の姿を見たい。そうしたらすこしだけ安心できるかもしれないから。
リーゼロッテは布団を押しのけベッドから降りると、裸足のまま歩きはじめた。白いモスリンのシュミーズドレスを揺らしながら静かに寝室を抜け出した。
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