第455話 アスカくん。わたしが囮になろう

「ユウキ。いくわよ!」


 アスカがモニタのむこうから声をかけてきた。ハッとして正面を見る。

 すると、すでに走り出していたセラ・ヴィーナスが手近の低層ビルを踏み台にして、すこし離れた場所の中層ビルへ飛び移るのがみえた。

「では、アスカくん。わたしがおとりになろう」

「あったり前でしょう。あたしはもう動いてンだから!」

 ユウキは思いっきりアクセルを踏み込んで、セラ・マーズを前傾姿勢から一気にダッシュさせた。

「レイくんの実験を実践してみることにするよ」

「とーぜん、約束だからね。でも、あんた、死なないでよ!」


 そう言いながら、アスカのセラ・ヴィーナスはさらにもうすこし高いビルへジャンプした。まるで不揃いの階段を駆けあがるように、すこしでも高いビルの屋上を手前から順番に足蹴あしげにして飛び移っていく。セラ・ヴィーナスが屋上を踏みつけるたび、屋上の設備が壊れたり、なかには破裂して大きな音をたてたり、外壁の一部を崩落させてもおかまいなしで、飛び移りながら、どんどんと高いところへあがっていく。

 ユウキはその離れ業を横目で見ながら、メイン通りを真正面からダッシュしていた。

 自分の役割は当初の計画通り『囮』になること。おのれの身をさらして。イオージャと魔法少女の気を正面にひきつける——。

 そしてその間隙をぬってヤマトの代わりに、アスカが上空から攻撃をしかける。

 本来はふたりで担うべき役割を、ひとりでやらねばならない。


 魔法少女たちの注意をこちら一点にむけさせられるだろうか——。

 

 悪い癖だ。また不安がもたげてきている。

 だが、いまここにいたって考え込んでいい局面ではない——。


 真正面にイオージャの姿が見えてきた。一キロメートルほどしかはなれていない。


 そこへ魔法少女の群れが正面から突っ込んできた。

 AIが瞬時にその数を251体とカウントする。


 正面のイオージャの二本の尻尾のあいだで放電がはじまっているのが見てとれた。

 ピカッとフラッシュがまたたき、イオージャが電撃をおとした。遅れてピシャーーンという騒々しい音があたりに響きわたる。


「ユウキ、くるぞぉぉぉ」

 ヤマトが大声で警告をしてくる声が聞こえる。見ればわかる、と返したかったが、続けざまに春日リンも叫んできた。

「大丈夫よ、ユウキ。『TZR』100%。まったく問題ないわ」



『TZR(トランジショナル・ゾーン・レイティング)』は『移行領域』のベールのカバー率を示す数値で、今回イオージャと魔法少女対策用に、あらたに設置された計器だった。

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