第344話 歩いたり動いたりできるだけの死人だ

 ディオのほうに目をむける。

 ディオはうつろな目を正面に向けているだけだった。その瞳になにか映っているかもしれなかったが、たぶん見えていなかっただろうし、それがなにかを認識しようともしていない。

 ジョナサンは忙しい合間をみて、週に何度かディオの見舞いにきていたが、自分の網膜に表示されるディオのヴァイタルデータは、フラットに近い波形で、毎回、当たり前のように失望させられていた。

 あれ以来、ディオの言葉らしい言葉も、表情らしい表情もかいま見ることすらなかった。ただ歩いたり、動いたりできるだけの『死人』というべき状態だった。

「おかしい?」

 ブランドーが不思議そうな顔をして、ジョナサンに返答した。

「えぇ。おかしいですよ。ディオはすでに廃人同然で、生体反応はあっても意識はない。しゃべることも、なにか伝えることもできない」

 そのとき、ピーピーという電子音がして、壁際に待機していた、2本の大きなアームを備えたドラム缶ほどの機械が動きはじめた。

『申し訳ありません。ディオさんの排泄気配を感知しました。処理します』

 その機械は誰にむかってともなくそう報告すると、ディオのからだを大きなクリップのようなアームで挟んで持ちあげ、椅子から立たせた。と同時にもう一方ホースのついたアームが、器用にディオのズボンと下着をずりさげて、そのノズル部分を股間の下にあてがい密着させた。

 それから一分ほどしてから、そのアームがディオの股間から離れると、もう一方のアームがゆっくりとディオの元の位置に座らされた。

『ご協力、ありがとうございます』


 ブランドーがその一連の動作が終わったところで、肩をすくめてみせた。ジョナサンはその仕草にカチンときた。

「ディオをここに同席させても、無意味なのがわかったでしょう」

「いや、そうはいかないのだ。わたしが用があるのは、むしろディオのほうなのだ」

「ちょ、ちょっ……、ディオのほう?」

 ジョナサンのとまどいを気にかけることもなく、ブランドーは軽く机の上を叩いてから言った。

「まずは、ジョナサン。各部署がまとめあげた調書は、ほとんど目を通させてもらった。捜査依頼を受け現地に赴いたら、予想外のたいへんな目にあったというのはわかった。倉庫に隠されていた死体の身元の各国の警察では、大騒ぎになっている、というのも理解できる。殺人事件がめったにない時代に、あれだけの大量殺人となればね。しかもその死体が世界70数カ国にわたるのだから。まぁ、連日ニュースをにぎわせたのも当然だ」

「385体です。殺人なんていう生やさしいものじゃない。まるで集団殺戮ジェノサイドですよ。タケル・ヤマトが亜獣との戦闘のたびにでる被害者数のレベルですよ。あれは……」

「ん、まぁ、そう言って差し支えないだろうね」

「でも身元は全部わかったはずです。わたしに尋ねられても、そのあたりの内容はわかりません。それに……」


「いや、きみたちが、倉庫のなかを覗き込んだときのことを聞かせてもらいたい」

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