第300話 次に電撃をくらったらクララは助からない

 次に電撃をくらったらクララは助からない。


 アスカはその残酷な事実を、心の中で一気に噛み砕いて一瞬で飲み込んだ。

 その味は鼻にふわっと抜ける甘実な合成蜜の味のようにも、舌をじゃりつかせ咽を焼き焦がすような熱砂のような味にも感じた。まるで光速で明滅する『量子シグナル』のように、『渇望』と『慚愧』が目まぐるしく入れ替わっている。

 どちらがほんとうに自分の感情なのか、自分でもわからない。

 ばかな!。死んでいいはずなどあるわけがない——。


 頭をめぐらせるまでもなく、そんなことは当然で、選択肢などない。

 クララはまだ非力な部分があるとはいえ、自分たちの仲間であるし、戦力の一翼を担ってもらわねばならない相手でもある。たとえその翼が、弱々しい薄っぺらな羽根一枚程度あったとしても、それでもいい。

 なにより仮想世界ではあったが、一度はパーティーを組んで『ドラゴンズ・ボール』奪取のために、共に闘った戦友でもあるのだ。

 そして忌々しいことに……、一度は兄のリョウマが本気で片思いした女なのだ……。


 あだやおごそかに扱っていい人間ではない——。

 だが……、女としてはどうだろうか……。

 命を落とすという究極的な結末など望まない。だがここでクララが脱落してくれることはありがたい。それは心の底から快哉を叫びたいほどで、こちらも選択肢がほとんどない。

 タケルを横取りされるという不安からも、自分が選ばれないという恐怖からもとき放たれるのであれば、アスカはそれがどんなに冷酷な結末であっても、受け止められると思っていた。

 そこに良心の呵責かしゃくなどはないはずだ。

『あたしが殺すわけじゃない……』

 アスカは気づかないまま、そう呟いていたことに気づいてはっとした。

 そんな言い訳が口をついて出るということは、それをじゅうぶんに気に病んでいるという証しだ。良心が微塵みじんも痛まないのなら、もしその自信があるのなら、残酷な結末をこの安全地帯から拱手きょうしゅしたまま見届けることができるはずだ。

 だが、そうではない——。

 すくなくとも今はちがう。クララの死など自分は望んでいない。正々堂々と競ってタケルを自分のものにしたいなど、毛頭おもっていないが、こんな結末はちがう——。

 すくなくとも今だけは……。

「クララ、早く逃げなさい!」

 次の瞬間にはアスカは声を張りあげていた。そう叫ばせたのは、一瞬でもクララがこの世からいなくなれば、と頭をよぎったことへの後悔の一念だったのかもしれない。

 だがアスカは真険だった。真険にクララの身を案じていた。

「動かないんです!」

 そう言いながらクララはあたりかまわずスロットルをひいたり、計器類をいじくりまわして、ヒステリックに叫びかえしてきた。


 アスカはすぐにミサトのほうをふり向いて声は荒げた。

「ミサト!。何か方法はないの?このままじゃあ、クララがあぶないわ」

 ミサトは正面のモニタ画面であがいているクララのコックピットの様子に目がくぎがけになったままなんの反応も示さなかった。

 まさか、パニくってる?

 アスカはキッと責めたてるような目でミサトを睨みつけてから、その隣にいるウルスラの方に目をやった。ウルスラは何かしらを口元で呟いていた。どこかも、誰かへも、わからないが、テレパス・ラインかニューロン・ストリーマを駆使して、なにかしらの指示を与えているようだった。

 だがその顔色はこちらのはらわたが煮えくり返るほど落ち着き払っていて、段取りをただ確認している程度でまるで緊迫感がなかった。


 張りつめた感情で能面のように表情を失っているミサトとは好対照といっていいほどちがう。

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