第286話 そこに、少女のお面をかぶった人物が立っていた

 男は戦場のただなかにいた。


 すでに一緒に降下した仲間たちは、ほぼやられていて、自分を含めてあと三人しか残っていない。五十人のパーティーが残り三人。相手側の人数を確認すると、十七人という数字が表示された。

 圧倒的不利——。

 だが彼はまだ逆転の目があると考えていた。ここまで味方を犠牲にしながら、各所に仕かけたトラップや爆弾が敵を一網打尽にするはずだった。目の端に表示されているタイムリミットの数字に目をやる。5分10秒

「ようし。『逆襲のうたげ』と参りますかね」

 男はひとりごちた。この『逆襲のうたげ』というフレーズは、最近ネット上でやたら流行っている。彼は見たことがないが、人気のドラマの主人公の口ぐせだと言う話だ。流行語なので、もしかしたら相手側も同じセリフを呟いているかもしれない。

 と、その時かなたで大きな爆発音がとどろいて、地面が揺れた。

「よし、はじまった!」

 男は爆発地点を映した映像をゴーグル内に呼びだした。ゴーグルには両端に3面づつ、合計で6面に映像が映しだされた。そのうちの2面に爆薬に吹き飛ばされた相手の姿が映っていた。倒れている敵は四肢が吹きとんでいたが、すぐにザラッとしたノイズにつつまれるとスクリーンアウトした。

 ふたたび爆音が響いた。落雷のビシャーンというけたたましい音。

「よっしゃあ!。爆雷トラップ、発動!」

 男は興奮に思わず口走った。それと同時に落雷箇所をサーチする。が、現場はすぐに見つかった。草むらの中に五・六人ほど倒れていたからだ。

 それを見たのだろう。仲間からは叫び声が飛込んできた。

「完璧じゃないですか。いまので一気に半分になりましたよ。これで……」

 そこまで伝えてきたところで、映像のむこうから『パパパ……』という乾いた音がして、映像のむこうの仲間が倒れるのが見えた。

「ちっ。やられたか!」

 男は自分の銃を構え直した。

 相手も仲間を一気に減らされて、気を引き締め直しているにちがいない。


 その時彼はだれかに肩を軽く叩かれた。

 びくりと体が震えた。

 が、次の瞬間には横に飛び退き、転がりざまに数発撃ち込んだ。


 そこに、少女のお面をかぶった人物が立っていた。


 少女——?


 男は呆然としてその少女を見つめた。お面で顔は隠されていたが、その体つきや身なりを見れば、『少女』であることはまちがいなかった。

「もういきなり撃ってきちゃあぶないでしょ」

 そのことばに、彼はふいに我を取り戻した。

 すぐさま上空を見あげて、怒りにまかせて叫ぶ。

「どうなってるんだ。今ゲームの最中だぞ。なんで戦闘中に広告アバターが乱入してる!。だいたい少女や少年の姿を使うことは国際法違反だろう」

「どうしたの、そんなに怒ってぇ」

「あんたに言ってるんじゃない。このゲームの『運用管理AI』に怒ってるんだ。そもそもこのゲームはリアル体感が売りのヴァーチャルゲームだろ。こんな異質の存在をぶっこんでくるなんてどうかしてる」

「えー、わたしを否定するのよぉ」

「あたりまえだろ。ヴァーチャル世界であっても、こうやって少女と話しをしているだけで法に触れるかもしれないんだぞ」

「いやだあ、おともだち、になってほしくて来たのに」

 そう言うと少女はたてた人さし指で、彼のおでこを軽くつんと押してきた。彼はおどろいてあわててうしろに飛び退くと、銃を少女にむけて威嚇いかくした。


「ちょ、ちょっと待てよ。おともだち……って。ここは戦場で、お互いに殺しあうゲームをやってるんだぞ」

 少女は立てたままの人さし指をそのまま自分の頬に押しあてて困ったような仕草をした。

 お面に隠れて表情がわからなかったが、なんとなくそうなのだろうと推察した。

「そう、お友達になってくれないのね」

 彼はことさら大声で言った。

「あたりまえだ。これは完全な規約違反……」

 そこまで言ったところで、突然目の前の光景が自分の部屋に切り替った。彼はいきなりの強制マインド・アウトに一瞬何が起きたかわからなかった。硝煙けぶる戦場から、散らかしっぱなしの自室に、前触れもなく引き戻されたのだから、とまどうのも無理はない。

「どうなってる。文句をつけたから、強制マインド・アウトさせられたのか?」

 彼は頭に浮かんだ疑問を思わず口にしたが、彼はすぐに部屋が真っ暗になっているのに気づいた。室内の電気製品の電源がすべて落ちている——。


「電源が全部落ちてるって、ありえないだろう」

 彼は頭からすっぽりかぶっていた『VRマスク』を乱暴に脱ぎ捨てると、大股で窓ぎわへ走りよった。彼の住む15階の部屋からテラス戸越しに外をみると、この街一体が停電していることがすぐにわかった。

 あわてて空のほうへ目をむける。大気圏上に浮かんでいるはずの『給電ステーション』が見えないかと目をこらしたが、『眼内望遠レンズ』を駆使しても、さすがにこの暗さでは見ることは難しそうだった。

「うそだろ。『エーテル給電』で停電なんて。もしかして『太陽光オービタル』になにかあったのか?」

 そのとき、手の甲がぶるっと震えたの気づいて、あわてて左手のてのひらを見つめた。手のひらの静脈を使った『静脈ディスプレイ』に『警報』が表示されていた。


 亜獣出現——。


「亜獣だとぉ?」

 その下に出現地区の情服が下から上に流れて表示されていく。その中に「湖北州・武漢市」とあった。

「この近くじゃないか」

 男は大きな声を出した。彼はテラス戸をひきあけて、ベランダへとびだすと、十五階からあたりを見渡たした。が、なにも見えなかった。

 自分のマンションの下の方で声が聞こえたので見おろすと、暗闇の中でこのマンションの住民が数人、人口近くに集まっているのがかろうじてみえた。おそらく不安にかられて、飛び出してきたのだろう。

 男は自分もその中に加わるべきかどうか思案した。一人でこの部屋でまんじりとしているよりはましかもしれない。


 その時、自分の背後になにか息遣いのようなものを感じた。

 自分の部屋の室内に、なにか、いる。

 ゴクリと喉がなった。おそるおそるふりむく。

 

 そこに少女がいた。

 先ほど戦っていたヴァーチャル世界にふいにあらわれた少女が、あの時と同じ格好、同じ面をつけて立っていた。だが、よく見ると足が床についていない。その少女は宙に浮いていた。

 彼は混乱した——。

 自分はまだVR世界にいるのか、それとも知らず知らず微睡まどろんでしまい夢の中にいるのか。 

 ふと、少女とは反対方向、ベランダのむこうの数ブロック先の方で。黒い塊が……、とんでもなく大きな塊が動いたような気がした。

 彼は少女の方に注意を向けたまま、目線だけをそちらにゆっくり向けた。とたんにその黒い塊が光った。稲妻のようなまばゆい光が、その塊の輪郭を浮かびあがらせる。

それはあきらかに生物のフォルムをしていた。

「亜獣——」

 彼は唇をわななかせながらも、それだけを口にした。目をそらすように室内の方に顔をむける。


 すぐ目の前に少女が立っていた——。

 表情のない少女のお面を被った少女が、自分の目と鼻の先で男の顔を覗き込んでいた。

「うわぁぁぁ」

 男は大声で叫ぶとベランダのほうへ飛び退きながら、狙撃銃を構える格好をした。だが、手元に銃などない。手元に残っているヴァーチャル世界でのリアルな感触のあまり、まだ自分は武装しているのではと錯覚していただけだ。

 男は勢いのあまり、おもわず尻餅をついてしまい、ベランダの柵でしたたかに頭を打った。だが、男の目の前に浮かぶ、悪夢は消えなかった。

 少女が人さし指をゆっくりと立てた。男はさきほどヴァーチャル世界で、少女に額を軽く小突かれたのを思い出した。

 だが、今度はちがった……。


 少女はまるで中指を立てた侮蔑のサインをするかのように、こちら側に手の甲をむけながら、人さし指をおっ立てた。

 そしてその面の下から耳障りのするくぐもった声で言った。



「おともだち……」

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