第279話 まじかるぅぅぅぅぅぅ
おんなは空中に浮いたまま、手に持ったステッキを前に突き出して、ぐるりとからだを一回転した。
その瞬間、耳を
音がふいにやんだ。
が、そこにあるものを目にして、誰もが亜然として言葉をうしなった。ステッキでの描線に沿って、空間にうすいベールのような膜が張られていた。そしてそのベールはあらゆる弾丸、ミサイル、そしてビーム光線すら受けとめていた。光線は球状に丸まったまま、ベールの外周に貼り付いていた。
「おい、おい、うそだろ?」
誰かが思わずそう漏らした。エドはそちらの方をちらりと見た。声の主はアルだった。アルはエドの一瞬むけた視線に反応した。
「エド、ありゃ、まるっきり亜獣じゃねぇか。こちら側の兵器をまったく受け付けてねぇぞ」
そのとき、おんながステッキをふりあげ、前につきだした。
「まじかるぅぅぅぅぅぅ」
その瞬間、特殊アンドロイド隊員たちが吹き飛んだ。からだの真ん中からへし折れたり、からだの部位をもぎ取られるようにバラけたり、首から上が破裂して無くなったりした。
そしてそのパワーの余力は、背後にいたやじ馬連中にもおよんだ。
こちらは生身の人間だったので、目を覆いたくなるほど凄惨な状況になった。多くの人々は店のショーウィンドウ側に吹きとばされ、壁や柱、ガラスに叩きつけられた。あっという間に、通路は機械などのメカニカルな部品の破片と、血と肉片が入り交じってぶちまけられて、渾沌とした空間になった。
その凄惨な光景を眺めている女の目が潤んだように見えた。エドはさすがに罪の念にかられたかと思った。
だが、ちがった。
あきらからに女は
あたりまえだ——。
あの女は、人気スターを模した顔に整形し、今週の流行に服の色とファブリックを変化させた服をまとった、あの女は——
亜獣なのだ。
「エド、あの女、本当に亜獣だわ」
自分と同じような感覚におちいったのか、春日リンがぼそりと、それでいて確信をもっって意見してきた。
エドはむっとした。専門外の人間に勝手に決めつけられるのは気持ちいいものではない。
「リンさん、あのフーディア厶に亜獣の反応がでているのは確かだ。だけど、今はまだ確定的なことは言えない。あの女性が本当にそうなのかは、まだ……」
そう言いながらエドはおそろしい速度で更新されている分析データをチェックしていた。リアルタイムデータが、左目の網膜上に投影された6つのウィンドウ上に、次々と表示されていく。各国の分析チームや自分のラボはもちろん、個人のマニアからのデータ解析もイレギュラーで飛び込んでくる。まるで6つの陣地を我先にあらそって奪いあっているようですらある。
だが、エドの右目は別のものを捉えていた。黙したまま戦況を見ていたヤマトタケルが、草薙とレイになにか手振りで指示していた。装着しているテレパス・ライン装置を通して、ヤマトがなにかを進言したらしい。草薙とレイが駆け出して、どこかへむかう。
なにをするつもりだ——。この国連軍の日本基地とニューヨークでは何万キロも離れている。いったい、なにができるというのか——。
そんな疑問が浮かんだが、エドはそれをわずか十分後に知ることになった。
一発の乾いた銃声がした。たった一発……。
だが、それだけで中空に浮いたままの女の体はぐらりと傾いた。頭か顔のどこかしらから、血が噴き出す。女は驚愕の表情を浮かべていた。自分の身に何がおきたかわからない、という顔つきをしている。
やがて、女は浮遊する力をうしない、ゆっくりと落ちて行く。
その時誰かが叫んだ。
「羽!!!」
言っている意味は皆目見当もつかなかったが、エドは皆が目を向けている方向を見た。
女には羽が生えていた。
それは鳥類のような羽ばたくものではなく、透明なセロファンのような薄いもの。まるで、その昔、存在した『昆虫』とカテゴライズされた、ちいさな生物が持っていたものに酷似していた。
人間の身長ほどもある大きな羽が、ざっと見ただけで四葉以上……。
「あの薄い羽根で翔んでいたというのか……?」
ユウキの声が聞こえたが、その羽は二度と羽ばたくことはなかった。
女はそのままエントランスホールの床に落ちた。床に激突する瞬間、エドは思わず目を伏せたが、その目をすぐに映像に戻すと、女の周囲の床に血が流れでて、血溜まりをつくりはじめていることがわかった。
エドはブルッと体を震わせた。
死んだ——。
ばかな。こんなの亜獣じゃない。
亜獣なんかと、認めてなどやらない——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます