第257話 クララよけて。兵士のからだが飛び散ってくるわ

 アスカは塔のたもと、海面すれすれで浮遊したまま、ヤマトたちが穴から脱出してくるのを待っていた。

 自分の狙った場所が幾分精度を欠いたことで、ヤマトたちに苦難をしいていると聞けば、そのことへの尻ぬぐいをしなければない。

 ふと、塔のほうへ目をむけると、穴のなかで影が揺らめき、ヤマトが姿を現した。

 アスカは胸が高鳴った。

 3つにグループ分けしてから、まだ一時間ほどしか経っていないというのに、久しぶりに会えたという思いが胸につきあげる。

 ヤマトは穴から這い上がると、すぐさま塔のなかにむかって手を差し出していた。クララは引き揚げようとしているのが、すぐに見て取れた。だが、次の瞬間、塔のなかで銃声と光がまたたくのが見えた。それだけでなにがおきたか、アスカは理解した。

 すぐさま呪文を呟く。アスカの背後の空間で、光の矢がむくむくと形作られはじめる。

アスカが視線を塔の上のほうへむける。大きな穴の40〜50メートルほど上方。

 アスカは手を上にあげると、即座に下に降りおろした。

 光の矢がアスカの頭上から勢いよくとびだし、塔に突き刺さっていく。大穴をあけるほど力強い光は宿ってはいないし、一度に複数のからだを貫けるほど太い径ではない。直径を端から端まで渡せるほど長くもない。

 ただ、その数量だけが、絶対的だった——。

 まるで横向きに雨が降っているのかと勘違いするほどの量の矢が、塔の横っぱらを突き抜けていく。

 アスカにはこの攻撃が、内部でどのような結果をもたらせているかわからなかった。だが、それなりに奏功しているのはすぐにわかった。


 ヤマトがうしろをふりむいた。

 ヤマトと目と目があった。海側を頭にしているアスカとヤマトは、天地がちがっていたが、目と目のあいだの距離は五メートルも離れていなかった。

「はーい。タケル、お久しぶり」

 アスカはできるだけさりげない調子を装おうとしたが、ヤマトのむけた顔から事態が逼迫ひっぱくしているのがわかった。


「アスカ、まずい。今の一撃で全部の兵士が釘づけになったが、母艦に連絡をとられた」

「だったら、何?」

「あの弩弓戦艦が攻撃してくる。君の魔法で防御しきれないほど絶大なものだ」

けてみせるわよ」

「あぁ。君一人ならね。だけど、ぼくとクララ二人を連れたままでは無理だ」

 そこまで聞いて、アスカはよかれと思っておこした行動が、みんなを窮地に陥れることになったことに気づいた。

「どうすればいい?。タケル」

「まずはクララを引きあげる。そこからどうするか考えよう。ユウキとレイが戦艦をうまく撹乱してくれるのを期待するしかない」

 それだけ言うと、ヤマトはすぐに塔の内部にむき直り、下にむかって手を伸ばした。

「クララ、手をのばして」

 クララが体をおこすのが、開口部の隙間からアスカにも見えた。額に銃弾が掠めた跡があり、そこから血が流れていた。それ以外の部分は浸かった液体に隠れて見えなかったが、おそらくからだには相当数の穴が空いているだろう。

 クララは二、三回、頭を横にふると、額の傷口に手をやりながら、もう一方の手をヤマトのほうへ伸ばした。

 が、そこをふたたび狙い撃たれて、クララのからだが水のなかに沈んだ。それだけでクララのマナが3000ほど無くなった。すでに一万を切っている。

 安心できる数字ではない。

「タケル、あきらめのわるいのがいるみたいね」

 ヤマトは塔の内側に首をつっこむと、内壁を仰ぎみて言った。

「あぁ、視認できるだけで五人。アスカの矢に貫かれたままでも、銃を撃てる体勢を崩していない」

「は、うまい位置でピン留めされたモンね」

「銃を破壊できるか?」

「ムリ。ピンポイントで狙える術じゃないし、そもそも、この位置からじゃあ、中の様子はうかがいしれないわ」

 ガガガガと音がした。今度は穴を覗き込んでいたヤマトにむけて照準がむけられた。ヤマトは上腕をもちあげて直撃を防いだが、それでも一発は頬を貫通し、数発が胸や足に着弾していた。

 目の前でヤマトが撃たれたが、アスカはもう驚きも悲しみもしなかった。もうこの世界のルールは、からだに馴染んでいる。先ほどは自らの手でヤマトを串刺しにしたのだ。

 アスカはおごそかな気持ちで、粛々しゅくしゅくと魔術を発動する呪文を唱えた。アスカの唱えた魔術は、針を膨れ上がらせる単純なものだった。


「クララ、壁の端によけて!。兵士のからだが飛び散ってくるわ」

 アスカはテレパシーを一方的にクララの頭に叩き込んだ。双方向通信にして、これ以上クララのマナを消費させるわけにはいかない。

 自分の唱えた魔法が発動する時間だ。

 その魔法がどんな効果を発揮するか、こちらから観察することはできなかったが、からだに無数に刺さっている針の直径が、矢、杭、そして大木ほどに変化すれば、どういう結果になるかはおのずとわかる。

 たぶん……、ずたずたに切断されるか、ばらばらに消し飛ぶ、はずだ。

 

クララが姿勢を戻して、ヤマトのいる壁のほうへ急いで泳ぎはじめた。


クララの上のほうでなにかが弾けるど派手な音が聞こえた——。

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