第219話 血飛沫がアスカの顔に降りかかってきた
アスカにはなすすべがなかった。
天井から突如トーポーズが降ってきたのに気づいたが、自分には他の人たちのように即効力のある武器はなかったし、この数の敵に対抗できる魔法を詠唱するにはあまりにも時間が足りなかった。
『うそでしょ。これじゃあ、攻撃魔法の詠唱は間に合わない……』
先ほどの一撃でマナは一挙に2000以上増えていたが、雨あられと降ってくるトーポーズの攻撃を受けてしまえば、無傷で済まないどころか、おおきな痛手を喰らうのは間違いない。
いくつもの黒い影が点々と地面におちる。と、みるみるその黒い点がおおきくなっていく。
アスカは真上を見あげた。
トーポーズはみな白目をむいて、口から泡をふきだし、
化物のくせにどいつもこいつも
『防御障壁!』
アスカはあわてて防御魔法の呪文を口にした。アスカの十メートル以上頭上に『
『間に合った!』
アスカがそう思ったのも束の間、先陣の数十体のトーポーズが一斉に『魔方陣』にむかって
「うそでしょ」
アスカが
そのからだから、黄色の血液がいきおよく噴き出す。
『なに?』
そう認識する間もなく、黄色の
空中に刃の刀身がギラリと閃いた。
ヤマトだった。
空中を舞うように飛びながら、ヤマト・タケルが刀を振り回していた。その動きは闇雲にみえたが、
アスカのからだは猛烈な勢いで降ってきた血の雨に真っ黄色に染まり、落ちてきた肉片に
『防御障壁!』
あわてて防御魔法の呪文を口にすると、今度はすぐ頭上にふたたび『
その上の中空はさながら血と肉片の
落ちてくる肉片は小さいものは、こぶし大ほどだったが、大きいものは首がないだけでほぼまるごと落ちてきていた。頭上の『魔方陣』にドスン、ドスンと音とともに死体が激突する。さらにそれに加えて滝のように大量の血がビチャビチャと降り注いでくる。
アスカが『魔方陣』の傘を見あげると、ヤマトが空中で跳ね飛びながら、トーポーズをぶった斬っている姿が隙間から垣間見えた。空中のいたるところで
アスカの『魔方陣』の傘の外側へは肉片や臓物がビチャビチャと音とともに容赦なく落ちてきていた。その音はすぐにドシャ、ドシャという音に変わったかと思うと、とうとうボスボスという鈍い音になった。死体の上に死体が落ちてきて、積み重なりすぎているのだ。
いつの間にか死体の山はアスカの腰あたりほどの高さの、小山をあたりにいくつも作っていた。そして流れ落ちた血は、アスカの足のくるぶしにまで達していた。
「ちょっとぉ、タケル、殺しすぎよ。殺しすぎ!」
アスカがたまらず大声でわめくと、あたりにまき散らされていた落下音がふっと消えた。
とたんに『魔方陣』の傘の
『血の音じゃあ、風情もなにもあったもんじゃないわね』
血の雨音を聞きながら、アスカはヤマトを待った。ビチャッと水滴の跳ねる音がしたかと思うと、ヤマトが地面に降りたっていた。
ヤマトのからだは
アスカは「タケル、真黄色……」と言いかけて、思わず吹きだしそうになった。頭のてっぺんからつま先まで完全に
「まったく間抜けな格好ね」
「でも、アスカの『盾』になったろう」
「はん。こんなのでボディガード
アスカはヤマトがすこし得意気にしているのが気にいらなかった。男は女を守るものなどという五世紀も昔の価値感で満面になられては困る。
「恩着せがましいにもほどがあるわ。だいたい、こンだけの大殺戮を目の前で繰り広げられたンじゃあ、守ってくれたとしても、ありがたがれないわよ」
「そうかもな。たしかにちょっとやりすぎた。途中からマナの収集に夢中になったからな」
そう言いながら、頭から足元にむけて手をふった。みるみる黄色まみれの姿が、元に戻っていく。
「ほうら。やっぱり、あたしを守ってくれてるだけじゃなくて、ほかにも……」
アスカは文句を言いかけて、ヤマトの頭の上の数字に気づいて目をむいた。
数字は『40000』に届こうとしていた。
「ちょっとお。タケル、ひどぉぉい。あたしの倍以上まで数字があがってる。あたしもポイントアップさせてもらうわよ」
そう言うなりアスカは、『魔方陣』の傘の下からとびだして、空にむかって大きくジャンプした。すぐさまダンジョンの出口方向まで
その先のエリアでは天井の地面から、下の地面を見あげているトーポーズたちが
「もう!。レイたちが、根こそぎ倒してるじゃないのぉ」
アスカは、指先を空中にはわせていてメニューを呼びだすと、アスカの目にほかのプレイヤーたちの数字がとびこんできた。思わず心のなかで舌打ちをする。
レイは2万5000を超え、ユウキは3万に迫っていたが、何よりもクララが3万を超えているのが
「どーいうこと、タケル。あたし、完全に置いてけぼりくらったわ。クララに倍も差をつけられたじゃない」
アスカは地面に降りたつと、タケルを至近距離から睨みつけた。すぐ目の前で恨みがましい目をむけるアスカに、タケルは頭をかきながら、困ったような顔をして苦笑いをした。
その表情にアスカはドキリとした。
そこに兄リョウマの表情があった。わがままな妹に手を焼いて、困りながらもすこし嬉しそうにする。ちょっとした小言を言いながらも、いつだって自分から白旗をあげてくれた兄の笑顔をそこに見た気がした。
だが、ヤマトはちがっていた。
アスカの頭をポンポンと
「アスカ、怒らないで。今からアスカにポイントを稼がせてあげるよ」
「ど、どうやってよぉ」
アスカはいくぶん怒り気味に言った。ふつうに尋ねていたら、たぶん感情がとっちらかって、何を口ばしるのか自分でも自信がなかった。ヤマトはアスカの頭の上に手をおいたまま、反対側の手ではるか前方を指さした。
ヤマトがその場所が見やすいようにと、アスカの顔をこころもち上にむけた。
その場所は、天井の地面をトーポーズが、まだうろついている場所だった。
「アスカ、『火の魔法』だ……。
ここは、きみらしく『火の龍』と言う『術』ではどうだい」
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