第215話 さあ、みんな、今からダンジョンで戦ってもらう

「タケルさん。わたしのは用意されてない、ですよね」


 クララはタケルに思い切って声をかけた。目の前でアスカがタケルといちゃついているのを見ていられなかった。それを指摘すれば、ヤマトもアスカも口を揃えて、それを否定するのは間違いないだろう。だが、はたからみれば心を通わせたもの同士の、じゃれあいか、れ合いにしか思えない。

 耐えがたい空間、我慢できない時間。

 自分にできるのは邪魔をすることだけ。

「ごめん、クララ……」

 ヤマトはクララのほうへ向き直って、許しを乞うような仕草をした。

「ちょっときみに向かないかもしれないけど、もうひとつアバターが余っているので、それを使ってもらおうと思う」

「は、クララ、あんたは余り物で充分でしょ」

 たちまちアスカがまぜっ返したが、ヤマトはそれには耳もかさずに、空中にメニュー画面を呼びだすと、いくつかのエリアをタップした。

「クララ、着替えてみて!」

 クララは言われるがままに、手を前につきだして『着替え』のコマンドのポージングをした。たちまちからだが衣装におおわれはじめた。

 変身が終わると、クララはまるで18世紀の貴婦人のようないでたちをしていた。これでもかというひらひらとしたフリルに、ドレッシーさを強調するようなドレープが幾重にもほどこされ、幾層にも重なったスカートは、腰元からおおきくふくらんでいた。ウエストはコルセットでぎゅっと絞られており、そのせいか胸元がやたら強調されて見えた。

 だが、その手には不釣り合いなほどバカでかいガトリング銃が握らされていた。物理的にまったく重たさは感じられなかったが、とにかく仰々ぎょうぎょうしいほど大きい。

「タケル、なによ。あの格好!!」

 クララはまだ自分の姿にとまどっていたが、不機嫌さをあらわにしたアスカは、ヤマトに食ってかかっていた。

「いや、これしか余ってなかったんだ……」

 ヤマトにそう弁解されると、それ以上は文句が言えないと感じたのか、今度はクララのほうへ矛先をむけてきた。

「だいたい、クララ。あんた、銃ってずるいじゃないのサ」

 クララは胸が強調された服装をアスカが気に入っていないのに気づいて、わざと胸を突きだすように背をすっと伸ばして言った。

「そんなこと言われましても、わたしが用意したものじゃないですわ。タケルさんのお見立てなんですからね」

「はん、タケルも趣味がわるいわ」

「あら、アスカさん。あなたも、タケルさんが見立てたものでしょ。さっき喜んでいたような気がしましたけど……」

 ふたりの小競り合いにわってはいるように、ヤマトがみんなにむかって言った。


「さあ、みんな、今からダンジョンで戦ってもらう」


「え、今すぐですか?。タケルさん」

 クララはすかさず訊いたが、ヤマトは当然という顔で答えた。

「え、だってみんな武装したんだから、電幽霊サイバー・ゴーストと戦わないと」

「ちょっと待ってください、さっきのあんな気色わるいヤツラと戦うんですか?」

「まさかぁ。ちがうよ……」


「戦うのは、こんな弱いヤツじゃないさ」


 クララは絶句しそうになったが、ここでづいているのを、気取けどられたくなかったので、咽から絞り出すようにしてヤマトにこたえた。


「気色……わるくなければ……いいです」


 ヤマトはそのことばを、額面通りに受け取ったのか、満足そうににっこり笑うと、中空によびだしたメニューを操作しはじめた。ヤマトはいくつかのキーをタッチしてから、クルリとみんなのほうを振り向いて言った。


「あぁ、ごめん。どのルートも気持ち悪いのは我慢してもらうしかなさそうだ」


「ちょっとぉ……」


 クララよりさきにアスカが口を開きかけたところで、目の前の風景がふっと消え、次の瞬間には、見たこともないような別の場所に移動していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る