第193話 クララの心に漠とした不安が走った

 クララはそこここに散らばった『違和感』に当惑していた。


 上空から襲いかかってくるつもりなら、垂直降下でおちてくるはずだ。全身で空気抵抗を受けるように、からだを開いて落ちてくるはずがない。

 その前には陽動とも思えるほど派手に乱射してきたのも違和感だらけだ。なぜレイの零号機が飛び出してこない?。


 ふと、ユウキが言っていたことを思いだした。


『二機を制圧した。壱号機の右腕は切りおとした。零号機は動力伝達回路を切断した。下半身はもう機能しないはずだ……』


 壱号機が上から覆いかぶさっていくる姿勢で、レーザーソードを振りかざした。

 クララは機銃を引き抜いて、上空にむけてトリガーを思いっきり引き絞った。空中で大の字にからだを広げた姿勢の壱号機はもうただの標的でしかない。

 クララが近距離から銃弾をぶち込むと、プロテクター部分が消し飛び、胴体部分に穴が開き始めた。そこから火が吹き出す。顔の左半分が銃弾に削られ、残っていた左腕の肘から上がもぎ取れ、胸部のコックピットの部品がはじけ飛んだ。

 その拍子にコックピットのハッチがだらんと下に開く。一瞬、パイロットシートに座った『素体』のアンドロイドの姿が垣間見えたが、立て続けに送り込まれる銃弾の前に、あっと言う間に砕け散った。

 すぐになかから爆発音がして、どす黒い煙が吹き出してきた。

 爆発する!。

 そう思った瞬間、ドーンという大きな音ともに壱号機が吹き飛んだ。からだが腰からまっぷたつに折れ、上半身と下半身に砕けておおきな塊となって落ちて行く。


 ふと、クララの心に漠とした不安が走った。

 

 なぜヤマトはとなすがままにやられた?。これでは玉砕覚悟というより、玉砕が目的のようではないか。


 待て——。これは玉砕が目的なのだ。

 あわてて、あたりをみわたす。上空で爆発してバラバラになった壱号機の上半身と下半身が、ちょうどセラ・ジュピターの横を落ちて行くところだった。下半身部分からはすでに片脚がもげ落ち、上半身には両腕と顔半分がなくなっていた。

 そしてもうすこし上からは黒い煙を棚引かせながら、上半身が落ちてきていた。


 クララはハッとした。

 なぜ、もうひとう上半身がある?。

 そう思ったときには遅かった。

 落ちてきていた上半身の背中の『バーニアスラスタ』から『超流動斥力波』が吹きあがったかと思うと、ものすごい勢いで突っ込んできたその上半身がセラ・ジュピターの背中に取り憑いた。

 肩のプロテクタに『零号機』の文字。


 やられた……。

 最初から二機同時に飛び出していたのだ。『零号機』は動かない下半身を切り捨てて上半身だけ『壱号機』の背後に取り憑いていた。片腕しかないはずの『壱号機』が、両手に銃を構えて撃ってきた『違和感』はこれだったのだ。

 銃を撃っていたのは『壱号機』ではなかった……。


 クララにはその瞬間、レイの『掴ま〜えた』という声が聞こえた気がして、ゾクッとした。

 わたしの負けだ——。

 だが、レイは取りついただけで良し、としようとはしなかった。『零号機』は『超流動斥力波』の出力をあげた。セラ・ジュピターの機体が、そのまま地上にむけて押し込まれる。

 レイ、本気でわたしを落とすつもり?。

 勝負はついたのだ。

 このまま『零号機』が背中の『バーニアラスタ』を破壊すれば、セラ・ジュピターは地上にむかって落ちるだけだ。なすすべもない。もちろん、亜空間のベールをタイミングよくまとわせることで、セラ・ジュピターは地表に激突しても無傷でいられるだろう。

 だがパイロットの自分はその衝撃に耐えきれるだろうか。

 と、その時、背中にとりついた『零号機』の力がふっと緩んだ。驚いてカメラで背中の映像を確認すると、『零号機』がみずからの手で、ジュピターのからだを突き放したのがわかった。

 夜の街にむかって上半身だけの『零号機』が落ちて行くのが見える。力尽きたり、制御不能になったわけではない。その証拠にみずからの意志で、市街地からゆっくり離れながら落ちていっている。おそらく街の目と鼻の先にある、『レマン湖』に機体を沈めるつもりなのだろう。


 突然、『零号機』が右手の手のひらをからだの前につきだした。

 こちらにむけてまだ何かをしようとしている?……。

 クララは機銃を構えた。すでに銃弾が届かない距離にまで離れていたが、レイのことだから油断はできない。

 が、すぐにそんなものではないことがわかって、クララは思わず舌打ちした。



 『零号機』は落ちていきながら、こちらにむけて『中指』をおっ立てていた。

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