第188話 あなたはミスを犯した。あなただけが気づかないミスをね

「ヤマト・タケル?」

 そう、目の前の『素体』に憑依した男は言った。

 その瞬間、ユウキは確信した。

『こいつは、この目の前にいる男がヤマト・タケルだ』

 とたんに、ユウキはぞくぞくと気持ちが踊りだすのをとめられなかった。だが、ユウキはその気持ちをおくびにも出さず淡々と答えた。

「あぁ。ヤマト・タケルからのめい、で、わたしたちはこのデータを盗みにきている」

 いまのでヤマト・タケルはかなり動揺、混乱しているとユウキは想像した。だが、目の前の『素体』は間髪をいれずに「ヤマト・タケルはどうやって盗めと指示してきた?」と訊いてきいた。

 予想外な反応にすこし面喰らったが、ユウキはあわてずゆっくりと切り返した。

「どうやって盗めと指示?。それはキミらとおなじ方法だよ……」

「では、そこの『チャンバー』を引きはがして、強奪する作戦かな?」

「ほう。ずいぶんと無茶な作戦を」

「北海に沈めるつもりだったのでね」

 ユウキはユニークな答えに笑いそうになる。ユウキはしばらくこの問答を楽しんでいたかったが、あまり時間が残されていないと思い直して、このかし合いを終わらせることにした。

「腹立たしいのだがわたしたちの作戦は、今先ほど片づけた『素体』どもとおなじものだったのだよ。データをハッキングして、インターネットサーバーの奥底へ隠す。その予定だった……。

 きみもそうだったんだろ?」


「ヤマト・タケル君」


「なにを言ってる?」

 ヤマトタケルは一切動揺することもなく、ユウキの指摘を否定した。さきほどヤマトの名前が持ち出された時点で備えていたのだろう、とユウキは推察した。

「簡単な話だよ。あなたはミスを犯した。あなただけが気づかないミスをね」

 ユウキはからだを前に乗り出し、『素体』ののっぺりとした顔に、自分の顔を近づけて言った。

「さきほど『ヤマト・タケル』の名前を持ち出したとき、あなたはまったく気もとめない口ぶりで、「ヤマト・タケル?」と疑問形で返してきた」

「だから?」

「世界中の誰でもいい。おなじ質問をぶつけたとする。そのとき、世界中の老若男女の誰ひとりとしてそんな反応はしない。彼らは憎悪や憤怒、悲しみの感情がともなった否定形でその名を呼ぶのだよ」

「ヤマト・タケルだと!!、……とね」

 ヤマトタケルはなにも言い返してこなかった。ユウキはさらに畳みかけるように説明を付け加えた。

「世界中でヤマト・タケルという名前は、めったなことでは口にしてはならない禁忌タブーとなってる。もし被害者やその知りあいが、もしその名を耳にしたらという可能性を考えたら、迂闊うかつにその名を口にだせるわけがない」

「だが、あなたは先ほど、その名を聞き慣れているか、言い慣れているかのように……」


「もういい!」

 ヤマト・タケルがひくい声で、ユウキの弁証を遮った。

「もういい。アスナ・ユキ少尉」

 ユウキの頭にぼわっとした驚きが広がった。

 ヤマト・タケルのほうもとっくにこちらを特定していたということか——

 どうして素性がわかったのか、と頭をめぐらせて、ユウキは一緒に襲ってきた機体のことを思い出した。


『そうか。あれは、アスカ君とレイ君か……。なるほど道理で手こずるわけだ』

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