第167話 自分のことを「三代目」と呼ぶのはこの男だけだ

『よう三代目』

 ラインの向こう側の声は、いつものように威勢よくそう声をかけてきた。

 アルは目の前に浮かぶ『SOUND ONLY』のホロ映像に返事をした。

「で、なんだ。ダイ・ラッキー(DIE LUCKY)」

 自分のことを「三代目」と呼ぶのはこの男、ダイ・ラッキー(DIE LUCKY)だけだ。DIE(死)とLUCKY(幸運)が同居するふざけた名前はもちろん本名ではなく、本名をもじったものらしい。しかも本人いわく、そもそもDIEは『死』という意味ではないとのことだったが、長年のつきあいにもかかわらず、アルはいまだにその意味を知らない。


『移送日が決ったらしいな』

 アルはその声に恣意的な悪意がふくまれていないか気を配った。この男が歯切れのよい呼びかけをしてきたときは、往々にして歯切れの悪い話を持ちかけてくる時がほとんどだからだ。

「なんのだ?」

 アルはとぼけてみせた。

『龍・リョウマのコックピット・データだよ』

「ほんとうか?。聞かされてないな」

 アルはあからさまに嘘をついた。この話は一部の幹部しか聞かされてない話だ。それが事前に外部に漏れるとなると、自分以外の内通者がいるということだ。

『そのデータはどういう形で輸送される?』

 ダイはそんなアルの小賢しい意図などまったく意に介さず、質問してきた。

『あぁ、七つの球状のデータストレージに各データが記録されている。おそらく従来の実績でいけば、宇宙を経由するルートで移送するはずだ」

『そのボールの大きさは?』

「そうさな……。ビリヤードの球くらいの大きさだ」

『こちらで把握している情報通りだな』

「すまねーが、わかってんなら、回りくどいマネはやめてくんねえかい」

『三代目、情報が間違いないかの確認だよ。ガセで動いていいような軽がるしい案件じゃないだろう?』

 ダイ・ラッキーとは実際に顔を合わせたことがなかったが、いつも慎重すぎるほど慎重で、アルは毎度うんざりとする。アルは先代からの引き継ぎで、金になりそうな情報を秘密裏に横流しする役割を強制的に背負わされていた。

 三代目、と呼ばれているからには、先代も先々代から引き継がされていたのだろう。ばれることがあれば、自分は終りだとわかっていたが、アルはとくにうしろめたさも感じずに、たんたんと役目をこなしていた。

「んで、移送日はいつなんだ?」

 アルはしれっとした態度で、今度はダイに尋ねた。無知を演じることで信用を手に入れたいという寸法だ。

 もちろん、自分が入手した情報がガセでないかの答えあわせもできて一石二鳥だ。

『ドラゴンズ・ボールの移送日は明日の深夜の一時だ」

「ドラゴンズ・ボール?」

 アルが耳馴れないことばに思わず聞きかえした。

『ああ、国連内部でそういうコードネームで呼ばれているらしい。なにせ『龍』の球だからな」

「なるほどね」

『で、七つの『ドラゴンズ・ボール』のうち、『視覚』か『想覚』のデータだけでも、盗めそうかな?』

「計画は万端だ。だが、全部を手に入れなくていいのかい?」

『三代目。まがりなりにも国連軍が警護しているんだぜ。どれかひとつだけでも盗むのだって容易ではない。高望みはせんさ。こちらは一部だけでこと足りる』

「まぁ、あんたがそれでいいなら、それでいいけど……」

『なんだ、三代目。それじゃあ気に入らねぇみたいだな』

「まぁ、そういうわけじゃねぇが……」

『三代目。じゃあ、逆に訊くが、『ドラゴンズ・ボール』を七つ全部集めたら、何が手に入るのかね」

 アルはその問いかけに、何かを思いだそうとするかのように、中空に視線を這わせたかと思うと、すぐに大きく嘆息して言った。

「さぁね、わからねぇな……」

「だが、噂じゃあ、この世界、百億人の地球のすべてを統べる力を、手に入れられるって聞いてるますがね」

『は、そんな力、身に余るわな』

 ラインのむこうでダイ・ラッキーが大笑いした。ひとしきり笑い終えるとダイ・ラッキーが言った。


『ところで、ブライト司令が休職願いをだした、って聞いてるかね』


「まさか。それは本当かい。ダイ・ラッキー?」

 アルは驚きを隠せなかった。

『あぁ、間違いない情報だ。おかげで『ドラゴンズ・ボール』の移送手続きは手薄になってくれそうだ』

「いや、しかし……」

『いい風が吹いてきてるじゃねーか、三代目』


 アルはその言い方が気に入らなかったが、それに反目する理由もない。

「あぁ、あんたにもな」

 アルはそう言って、ダイ・ラッキーとの会話を打ち切った。だが、アルはブライトがこんなところで仕事を投げ出したことが気になってしかたなかった。

 なにがあった……。

 ふと、頭のなかに、もしかして『四解文書』について、なにかを知ったのではないか、という疑念が浮かんだ。すぐさまそんなことはないと打ち消したが、アルにはどうにもその可能性を捨てきれなかった。


 まさか——。


 だがもしそうだとしても、自分が知っている一節とはちがうはずだ。

 オレが抱えている秘密は、そこまでの破壊力はない。


 たぶん——。

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