第166話 ふざけるな。ぼくは簡単に明け渡すつもりなんかない

 恐怖——。

 エドをこの一週間ずっとさいなんでやまなかったのは、今回の失態の件で任をとかれてしまうのではないかという『恐怖』だった。

 これまでの経歴を考えれば、亜獣の出現場所の判定ミスくらいで更迭されるはずはない自信があった。自分ほど亜獣について詳しい者は数えるほどしかいないし、なによりも積み上げた実績はだれにも追随を許さない。もちろん、今回の件が大失態なのは間違いなかった。最終的には亜獣は駆逐されたとはいえ、このミスでうしなわれるはずのなかった多くの人の命が奪われることになった。

 それは始末書一枚ですまされるほど瑣末な事態ではない。

 だが上から処分について音沙汰がない以上、自分の今後の身の振り方について、思案のしようもなかった。

 頭の中でアラーム音が聞こえた。面会許可の申請だった。

『外部からゴーストによる面会許可の申請がきています。許下いたしますか?』

 エドは嫌な予感をおぼえたが、どのみち自分に拒否権がないのだ。

「ああ、拒否はしない」

 せめての抵抗として、まわりくどい言いまわしで返答した。

「エド、首筋がうすら寒くなってるんじゃないかな」

 ゴースト照写装置から3D映像が投影されるより早く音声だけが先乗りしてきた。エドはその声を聞いた瞬間思わず舌打ちした。そいつは温厚なエドにして、舌打ちされるのに値するほど嫌なヤツだった。

 目の前に和服を着た男があらわれた。今どき平服に『和』を強調した出立ちをしているのが、この男の嫌なところだった。

「金田日 きんだにちはじめ……。何しにきたんだ」

「わかってるだろ。エド。亜獣対策の責任者の枠があきそうだって話をきいたんで矢も盾もたまらずーー」

「ふざけるな!!。金田日、ぼくは簡単に明け渡すつもりなんかない」

「あれあれ。ずいぶん強気じゃあないか。もっとへこんでいると思ってたけど。たいしたもんだね。数千人もの人々を犠牲にしたっていうのに、そんな風に開き直れるなんて」

「計算ではあの場所だったんだ!!。100%まちがいなくね」

「でも実際は20km以上もずれてた……」

「誰かがパラメータに細工をしたんだ」

「ああ、みっともないね。常にボクの上を行っていた天才学者の君が、そんな物的証拠ももちださずに感情的に抗弁しているなんて」

「だって、ほんとうだ!!」

 大声はヒステリックに張りあげて抗議するエドにむけて、金田日は手のひらをむけて制した。

「きみは聞いているかな。ブライト司令のこと」

 エドは敵意に満ちた目をむけたまま、黙りこんだ。

「さきほどブライト司令官が、本部に休職願いを出したそうだ」

「ばかな……」

 不覚にも一瞬にして、ことばをうしなった。

「上が替わるとなれば、下もすげ替わるんじゃないかな。ぼくはそのチャンスを逃さないつもりだ」

 そう啖呵を切ったかと思うと、彼の姿がふっと消えた。

 退室の挨拶もなかったが、その非礼を|咎《とが》める余裕はエドにはなかった。

『ブライト司令が休職願いを……』

 からだのあらゆる箇所が、こころのうろたえに呼応して震えていた。

 

 だが、|金田日《きんだにち》、ぼくはきみにこのポジションは譲らない。ぼくにはきみにはないアドバンテージがあるのだ。それも圧倒的な。


 そう、『四解文書』の一節をぼくは知っている——。

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