第126話 亜獣さんを引きずり降ろすデス

「それぇーー、イク、です」

 レイのセラ・サターンが、街中を滑るように疾駆していた。

 手にしたロープを手綱のようにもって、それを手元で引いたり、緩めたりしている。

 ふたたび舞い上がり上空に逃げようとするアトン。その腹から伸びるロープに掴まり、引き摺られるセラ・サターン。だが、そのセラ・サターンはトラックを足の下に組み敷いているため、まるで、空から牽引されてジェットスキーでも楽しんでいるように見える。

 セラ・サターンの重みでアトンは浮揚しきれず、もがくように低空で羽ばたいている。「さぁーー、どんどんスピードあげる、でぇす」

 セラ・サターンのからだが正面のビルのほうへ突っ込んでいく。レイはスロットルを引き絞って、ぐっと手綱をひいた。アトンのからだが空中で傾ぐ。セラ・サターンは丁字路で進行方向を右に曲げると、遠心力を使って右折し、滑るように交差点をすり抜けた。交差点の角に設置されている信号機を数基、跳ね飛ばしたが、レイは構わず、歓喜の雄叫びをあげた。

「うひょーーー」

 だが、今度は目の前に低層ビル群の街並みが現れ、レイの行く手を遮る。レイは手綱をふっと緩め、アトンのからだを上昇させた。

「いぇーーーい」

 セラ・サターンのからだがふわりと浮いた。脚をギリギリまでからだに引きつけ、コンパクトに折り畳むと、ビルを跳び越えた。

 ビルの屋上すれすれを巨体が舞う。

 さらにレイは、器用に手綱を操りながら、空中で水平に何回転かしてのけた。ドンというおおきな音を立てて、道路に着地を決めると、さらにレイのテンションはあがっていた。

「ひゅーーーー。満点、デス」

 レイはあきらかに街中のスキーを楽しんでいた。が、 はしゃぎまくるレイに、ヤシナミライが厳しく叱責した。

「レイ、やめなさい!。それ以上『共命率』をあげるとまずいという命令よ」

 レイはサブモニタに映るリンを一瞥した。

「レイは、お休み中デス」

「なにを言っているんですか?」

「お休みだ、と言っているデス。今はわたし『 』くうはくがゲームしてるデス」

 モニタのむこうのミライが、眉根を寄せて、面倒くさい、という表情を一瞬浮かべたが、すぐに向き直ると、すっかり事態を飲み込んだような顔つきで訊いてきた。

「じゃあ、『 』くうはくさん。あなた、いったいなんのゲームをしているの?」

 レイはにんまりと口元を緩めると、誇らしげな口調で言った。

「この亜獣さんを、日本国防軍さんのとこ、までお届けするゲーム、デス」

「届ける……」

「いま、ゴーーール、しましたデス」

 いつのまにかセラ・サターンは、日本国防軍が足止めされている区画から、一直線に見通せる場所に到達していた。

 レイはスロットルをぎゅっと握りしめると、嬉しそうな顔をして言った。


「では、亜獣さんを引きずり降ろすデス」


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 ブライトはレイの行動に見入っていた。レイは驚くほど見事な手際を見せた。

 セラ・サターンはロープを一気にひいた。浮遊していたアトンは空中でガクンと動きをとめたかと思うと、ビルの中腹に円弧を描きながら、そのまま直下のビルの中腹に激突した。引き摺り落とした、というほどの強引な手際だった。

 セラ・サターンは持っていたロープの端を手放すと、数十メートル先でヨロヨロと立ちあがろうとしているアトンの元に、勢いよく走りだした。

「縄、デス!」

 レイはそう唱えるなり、アトンに飛びかかった。

 手にしていた「万布」が布から、縄状にパラッと変化する。その縄にはサターンの指先から走る青い光がすいこまれ、イルミネーションのような光が明滅していた。

 セラ・サターンがアトンの首に、青い光をまとった縄を巻きつける。そしてそのままアトンの背中側に回り込み、背中同士をくっつけると、アトンを背負うように前傾姿勢になった。移行領域を越える力を得た縄がアトンの首に食い込み、締めあげる。アトンがバタバタと手足をばたつかせる。だが、背中のむこうにあるセラ・サターンのからだに、爪一本触れることもできない。 

 ブライトはその淀みない手際に、驚くだけでなく一種の感動を覚えていた。あまりに躊躇なく一連の動作を繰り出し、今、レイは古来から伝わる「暗殺術」にある「絞殺法」を亜獣を相手にやってのけているのだ。

「レイ、どうすればいい?」

 気づくとブライトは、思わずレイに尋ねていた。

「残念です。わたしはレイではなく『  』《くうはく》デス」

 ブライトは居住まいをただすと、あらためて訊いた。

「では『 』くうはく、わたしたちは、次どうすればいいか、教えてくれ」

「攻撃するデス」

「なにを?」

「わたしが首を絞めているこの亜獣さんをデス」

「いや、だめなんだ『 』くうはく。攻撃する部隊は、今、君のほうが亜獣で、亜獣のほうが味方だという幻影を見せられている」

 レイは一瞬とまどった顔をしたが、すぐに合点がいったのか、次の提案をしてきた。

「だったら、それでいいです。そのまま味方ごと撃つように言ってくださいデス」

「そのまま撃て……」

 ブライトはレイの意図に気づいた。

「だが、それだとおまえも被弾する」

「ダイジョブ、デス。わたしはテキトーによけますデス」

「できるのか?」

「なめてもらっては困るのデス」

 自分でも驚いたことに、ブライトは幼女のへらず口を心強く感じていた。この『  』《くうはく》には、どんな窮地でも軽々と切り抜ける天賦の才がある。

 レイの身上書にあらたに『解離性同一障害』の文字が追加された時、ブライトは『面倒』を押しつけられたという思いに、たとえようもない憤怒にかられたのを思い出した。

 だが、今、自分はその『面倒』に命運をかけようとしている。



 なんという皮肉……。

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