第124話 兄とタケル、どちらを助けるの?  

 やれるか……。

 そんな問いかけをされて、アスカは憤っていた。

 そこには言外に「やれ!」という命令が含まれている。「できない」という選択肢ははなから用意されていない。できれば兄と戦うことを避けたい、と願っている自分自身が内にいるのも確かだ。もしかしたらヤマトの思いやりなのかもしれないが、蚊帳の外におかれるのも耐えがたい。

 今、自分は戦場にいて、戦争の真っ最中なのだ。

 特別扱いされるほうがイヤだ。

 アスカはメインモニタにマンゲツとプルートがいる地点を呼びだした。モニタの端に地面までの距離が五百メートルを切った表示。あと十数秒で着地できる。だが、ヤマトからの指示は、空から攻撃をしろというものだ。つまり、事態は急を要している。

 アスカは宙空を操作して画面を呼びだした。思念をよみとったAIが自分からプルートゥまでの距離を示した図を表示する。

 その距離八百メートル。充分届く距離だ。

『光の刃がもつ?』

 アスカはその滞空時間の間、光の刃が消えずにいてくれるかということだった。

 アルの話では三秒から五秒は保つということだったが、それでもギリギリだ。

 アスカはセラ・ヴィーナスの腰から槍をひき抜いた。

 短身だった槍の柄がシュツとのびる。たちまちセラ・ヴィーナスの体長を越える長さにまで達する。その先端にボオッと青い火が灯ったように見えたかと思うと、刃の型にゆらめきはじめた。

 アスカ、本当にできるの?。兄とタケル、どちらを助けるの?。

 アスカは心の中で自問した。が、セラ・ヴィーナスはその槍を手にした腕を、大きくうしろに引いて、投擲の準備にはいっていた。

 アスカは苦笑した。

 あたし、ちっとも迷ってなんかいない。

 セラ・ヴィーナスは、空中で体が踏んばれないことなどいとわず、今もてる最大限の力で槍を投げていた。

 槍はうっすら白みはじめた夜空を、切り裂くように一直線に空を飛翔していった。

 アスカはモニタに示された、槍の着地予測点の見いりながら思った。


「どちらの男を助ける……?。そんなの決まってる」


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 レイは落胆した。

 三度も刃を投擲してナギナタをアトンの体に打ち込んでも、死にそうもなかった。

 セラ・サターンが倒れているアトンの背中の上からゆっくりと降りる。

「立ちあがるです……」

 レイの足元で苦しみ悶えていたレイの母親に、レイは強い口調で命令した。

「あの化物をさっさと、起きあがらせるデス」

 レイの母親が恨みがましい目をギロリとレイにむけた。

「なんで私があいつに命令なんぞ……」

「できるはずデス」

 レイが強く否定する。

「はん、こちらに反撃の機会をあたえようってはらかい。余裕だね」

「ちがうです」

「距離が足りないのデス。こんな近距離からいくら投擲しても埒があかない、です」

 メインカメラがゆっくりと起きあがるアトンの姿をとらえた。困ったことに、あいかわらず軍帽をかぶった死体がメインカメラ右端に見切れて、視界をふさいでいる。セラ・サターンがもう一度、頭のプロテクタにはさまった針をひき抜こうとする。

「やっぱ、抜けないです」

 アトンが立ち上がり、こちらに向きなおった。

 レイは手元の万布の帯をたわませ、光の剣柄のお尻部分『石突』をあてがうと、メインカメラに笑い顔を押しつけている死体の映像を睨みつける。

「もーー、あの『キマい』おじさん、邪魔なんデぇぇぇぇぇス!」

 レイが腹立ち紛れの奇声をあげながら、アトンの腹めがけて、揮身の力で刃を投げつけた。万布の帯部分は長く伸ばされており、先ほどまでの何倍も大きな円弧を描く。遠心力で力が充分にのった光の刃が放たれ、アトンの咽元付近に深々と突き刺さった。

 今度は悲鳴にしかきこえない大きな咆孔があたりのビルの間に間にこだました。

 レイの母親も『ぐえっ』と聞いたことのない呻き声をあげながら、ばた狂いはじめた。

「ほぅら、やっぱり距離が足りなかった、デス」

 足元にむけて満足そうな笑みをむけた。

 レイの母親は何かを言いたげに口を開いたが、口元からドボドボと血が噴きでるだけで、何をいっているかレイにはまったくわからなかった。

「さあ、仕上げです」

 その時、かなりの深手をくらったと思われていたアトンの羽が瞬いたように見えたかと思うと、あっという間に数十メートル上空にまで上昇した。

「飛んだ、です」

 レイがあっけにとられたような口調で呟いた。

「けけけけ、まんまと逃げられちまった。何が仕あげだい」

 先ほどの苦悶の表情が狂言であったかのように、晴々とした口調で母が悪態をついた。

 メインカメラが、上空で旋回しているアトンの姿を映しだした。軍帽の男の顔が大映しで見切れているため、どこに行こうとしているかがよくわからない。

 母親が追い討ちをかけるように、血だらけの顔でせせら笑う。

「けけけ、もうおまえは手も足もだせやしない」

「だせるデス」

「ほう、どうやって?」

「こうやって、デス」

 レイはいつの間にか手にしていたロープを思いきりひっぱった。

 浮揚していたアトンの体が、突然傾いだかと思うと、恐ろしいほどの勢いで急落下した。大きな音とともに、建ち並んだ低層ビル群に激突して押し潰す。

 再びデッドマンカウンターがパタパタと仕事をはじめた。

「な、なにを……」

 レイはセラ・サターンの手元に握られたロープを見せながら言った。

「さっき打ち込んだのは、ただの刃じゃないデス」

 レイはビルにめりこんだまま、もがいているアトンの姿に目をやった。

 アトンの胸に突き刺さった刃の尻部分『石突』からロープがのびているのがわかる。

「このあいだ、あの亜獣が、アンカーの針でおきあがるのを見てひらめいたデス」


『 』くうはくはゲームでは負けないのデス!」

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