第106話 どんな形でも戦場のまっただなかにいるほうが君らしいだろ

「タケル、待機って何よ」

 ヤマトからの予想外の提案に、アスカは戸惑いを隠せなかった。しかも、実際には提案ではなく、命令、なのだからなおさらだ。

「せめて日本国防軍を先導させてよ」

「予定が変わった。プランGだ」

 アスカはハッとした。

 今回のシミュレーション訓練の最終日に行なった、国防軍の攻撃が奏攻しなかった場合の従来型の攻撃パターンの一つ。ヤマトとレイでアトンの動きを封じこめたところに、上空の流動パルスレーン上からアスカが垂直に降下し、上からまる見えになっている首筋の急所へ槍を突きたてる作戦。

 確かに、タケルの言うとおりだ。

 ここに配備された大所帯の一個旅団を移動させて、当所の作戦を実行するよりも成功率が格段に高い。

 だが上空でひたすらチャンスを待つという役目は……、納得いかない。

「えー、タケル、どうしてもその作戦でないとダメ?」

 アスカは少し甘えるような声で訴えた。だが、タケルはその訴えには耳を借すそぶりもみせなかった。司令室のブライト司令に声をかける。

「ブライト司令。それでいいですね」

「あぁ、現場の責任者のおまえがそう言うのなら、それに従おう」

『え、なんで簡単に従っちゃうのよ?』

 ブライトが素直に同意してきたことに、アスカは驚いたが、すぐにその意図に気づいた。

『ちがう、茶番だ』

 ブライトの立場では、日本国防軍をないがしろにして作戦を決行するわけにはいかない。かといって何もしないわけにもいかない。どうしたものかと思案しているところに、ヤマトが助け舟をさしだし、まんまとそれに乗ったというところだろう。

 これで自分の面子と、日本国防軍に対するいいわけはたつ。

 まったくブライトらしい。

「アスカ、すぐに電磁パルスの誘導レーンへ移動を。それからゴーストを飛ばして、すぐ近くで戦況を掌握しておいてくれ」

「ゴーストを飛ばす?。それどういうこと?」

「忘れたわけじゃないだろ。そのコックピットは簡易リアルバーチャリティ装置として機能させることができる。現場近くの民間のゴースト・アバターを軍用周波数で強制的に奪取して、それで先に現場を見にいってくれ」

 ヤマトが一気にまくしたてた。

「あー、わかったわ」

 その勢いに押されて、アスカはそう返事するだけだったが、ヤマトはフォローするようにモニタ越しにウインクしてみせて続けた。

「どんな形でも戦場のまっただなかにいるほうが君らしいだろ、アスカ」

 ドキリとした。

 そのことばに、そのしぐさに。

 そして自分のこともしっかりと考えてくれていたと感じられて、胸がいっぱいになった。でも、タケルの求めているアスカはそんな殊勝な女であってはならない。

「しょうがないわね。そうすることにするわー。どうせ上空で待機じゃあ、やれることないから、下であんたたちの戦っぷりみててあげるわ」

「ああ、頼むよ」

 ヤマトはそう言うなり、レイを追うように走りだしたようだった。数百メートル先に暗闇の中を疾駆するマンゲツの姿が見えた。

 アスカは目をギュッとつぶって、リアルバーチャリティ装置の起動を念じた。パイロットシートの上からロボットアームに取付けられたゴーグルがゆっくりおいてきはじめた。

「フィールズ中将、早く移動して下さい。あたしは空から先に現場へ行って待機しています」

 ゴーグルが自動的にアスカの目元に装置されていく。


 ふっと回りの空間が現場の風影に切り替わる。そこは煌々と明かりに照らされた広い道路。その歩道に立っていることがわかる。すでに破壊された建物の破片が地面に砕けおちており、視界がすこしふさがれている。生身だったら舞いあがった粉塵で目もあけられない状況で、あたりには何かが焼ける臭いが立ち込めていることだろう。

 アスカは上を見あげた。

 十メートルも離れていない場所に、足があった。

 大きな獣の足。見おぼえがある。

 びっしりと多くの目で埋めつくされた足。それがこちらを睨みつけていた。アスカは自分が安全な場所にいるのだと頭ではわかっていたが、一瞬たじろぎそうになる自分がいることに気づいた。セラ・ヴィーナスで戦っているときは感じなかったが、間近で見るとその目ひとつひとつは、サッカーボールほどの大きさほどもある。その場に生身でいたとしたら、身じろぎもできないかもしれない。自分が相手にしていたアトンという亜獣は、生身の人間にとってはこれほどまでに畏怖を感じさせるものなのか。

 何がなんでも倒さねばならない脅威。

 その時だった。ぶわんと辺りの空気が震えるような音が聞こえた。ゴーストの身では、その振動が感じられたわけではないが、間違いなくそういう音だった。


『なんなのよ?』

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