第76話 ここのAIドロイドは、ロボット三原則の適用範囲外の戦闘シミュレーション用の軍隊仕様だ

「生体反応は依然として一つなんですが、どうもほかに三台のバイクを引き連れているようなんです」

「AIドロイドか?」

「おそらく、そうではないかと」

「わかった。そちらも反対側から追い込みをかけてくれ」

 草薙はビルの壁の角の部分を直角に曲がると、指定のあった地点の大通り上空に車体を乗り入れた。しばらくすると、大通りに沿って向こう側へ疾走していくバイク群がみえてきた。いつのまにか先行し過ぎて、対象者たちのうしろ側に回り込んでしまっていたようだった。草薙がバイクを反転させる。

 右手たちは、草薙の予想通り、富士樹海方面へむかっているように思えた。


 こんな真夜中に富士樹海の中を追いかけっこするはめになるのは願いさげだな。


 草薙はスピードをあげると同時に、バイク群をとらえているカメラがないかを念じた。綱膜デバイスにいくつかの候補映像がランダムに投影される。やがて、AIがバイクの近くにあるビルからの俯瞰映像を選びだした。そこには、バイク群を正面、やや上方からとらえている映像が映し出されていた。

 報告通り、バイクは四台。陣形はひし形に組まれ、先頭と両脇の二台に守られるように。

して二人乗りのバイクが走っている。どうやらそれが標的の右手里美らしい。

 草薙は一瞬、違和感を覚えた。三台のAIドロイドに護衛させているうえ、自分で運転せずAIドロイドとタンデムで走っている。

 なぜだろう、なにかがおかしい。

「草薙大佐、こちらは相手の正面にでました。挟み撃ちにしましょう」

 そのとき、トグサ兄の勇んだ声が聞こえてきた。

 草薙はこの短時間で先回りしていることに驚いた。いいところを見せようとして、かなり無茶をしたのだろう。

「よかろう」

 草薙はそれだけ言うと高度を下げて、道路上にバイクの進路を戻すことにした。

 網膜デバイスに映るサブモニタに、右手たちを正面から迎え撃つ形で走ってくる憲兵隊のバイク群が見えてきた。全部で四台。一台欠けているところをみると、ついてこれない隊員を置き去りにするほどの無理をしてきたのだろう。

 彼らと右手里美たちのバイクの距離がみるみる縮んでいく。

「そこのバイク、とまりなさい」

 そうトグサ大佐が警告を発した瞬間、けたたましい銃撃音が聞こえた。

 モニタ画面に憲兵隊のバイクが二台跳ね飛ぶのが映った。一台は隊員を乗せたままくるくると回転して、近くのビルに激突し炎上した。攻撃を免れた二台のバイクが、草薙の真上を猛スピードで通り抜けていく。

 草薙はハッとして顔を正面にむけた。

 さいごの一台はドンと道路に落ちたが、スピードを緩めることなく、バイクのカウルをつんのめらせたまま滑ってくる。そして地を這いながら草薙のほうへ向ってきていた。ライダーがロデオの荒馬乗りのように、必死に態勢を整えようとあがいているのが見えた。

 草薙はあわててハンドルを上にむけて一気にアクセルを踏み込んだ。

 高度が急角度でクンとあがる。

 滑ってくるバイクの一部が、超流動斥力波ちょうりゅうどうせきりょくはのプレートにわずかに接触する。

 間一髪のタイミング。

 草薙のうしろのほうでビルに激突した爆発音が聞こえた。


『武装している……』

 草薙はその可能性を一顧だにしなかったことにほぞを噛んだ。

 ふだんから隊員には厳しくいいきかせているのに油断をした。

 どう言いわけしようもない、己のミスだ。

 草薙はいらだち半分に、自分のうしろに迫っているはずのトグサ弟の部隊を呼んだ。

「右舷の追撃班、今どこにいる!」

「もう一分ほどで現着します」

「相手は武装している。今二人がやられた」

 むこうから息をのむ声がきこえた。

「やら……れた……って」

「死んだ」

「死んだ……んですか……。あ、兄は、兄はどう……」

「わからん。ヴァイタル・データで確認してみろ」

「あ、はい……、そうでした」

「おまえたちも武装用意しておけ」

「あ、いや、でも……、こちらは通常の拳銃しか携行していないのですが……」

「それで充分。私の部下ならこん棒だけでも倒せる相手だ」


 そこへ先ほどの一撃をすり抜けた隊員のバイクが二台、反転してきて、草薙のバイクを両側から挟み込み並走をはじめた。

 ひとりはトグサ兄だった。

「くそぉ」

 トグサが無念の声を漏らした。

「すまんな。AIドロイドが攻撃してくる可能性を検討すべきだった」

「くそぉ、なぜ、AIのくせに人に危害を与えられるんだ」

 無念の気持ちが晴れない様子で、トグサ兄は、ぼやきをとめられない。

「ここに配置されているAIドロイドは、ロボット三原則の適用範囲外の戦闘シミュレーション用の軍隊仕様だ。ほんのちょこっとプログラムをいじって、本物の武器を与えれば、誰彼構わず躊躇なく引き金をひく」

 眼下に右手里美たちのバイクが、ふたたび見えてきた。

「おまえたち、銃はもっているな。援護しろ」

「大佐は?」

 草薙は背中に背負っている銃をひきぬいた。

「このマルチプル銃で、やつらを排除する」

 そう言うなり、草薙は一気に車体を急降下させていった。

 手に銃を両手で構えたまま、体の重心を下に向けることだけで動きをコントロールする。

 上空から滑空してくる草薙のバイクの影に気づいたのか、右側を走るAIドロイドが銃を上に向けようとした。すぐさま草薙は先頭のバイクにむけて攻撃をしかけた。

 まず一発目に送り出したのは、銃の下部に搭載された小型グレネードランチャーだった。ランチャーミサイルは大きな爆発音とともに、先頭車を吹っ飛ばした。その爆風にあおられ、後続の三台の車体がゆらぐ。草薙は続けざまにバイクの横から真下に手を垂らして、右側のライダーをショットガン三発で掃討した。AIドロイドは頭を打ちくだかれて、バイクは道路の脇の標識に激突、派手な音をたてて爆発した。

 しかし、その間に左側のAIドロイドが自分より上方の位置に上昇したのを、草薙は目の端に捉えた。すでに銃を構えて草薙を狙撃する動作に入っている。

 草薙は渾身の力でハンドルを切り、空中でバイクを横転させた。発射された銃弾が耳元をかすめる。勢いあまって、そのまま車体がぐるりと反転したが、草薙はそのままの状態で走り続けた。

 あのメカ好きの係員が言った通り、このバイクは車体がさかさまになっても、浮遊したまま時速100キロ近いスピードで疾走を続けた。

 たしかに優秀な性能だ。


 草薙はバイクを元の状態に戻そうとハンドルを切ろうとした。

 だが車体はびくとも動かなかった。いや、それどころか徐々に地面のほうへ押しつけられはじめている。

 草薙は自分の状態がわかるカメラを探しだして、網膜デバイスに投影させた。

 自分のバイクの上に先ほどのAIドロイドのバイクがのしかかっていた。

 逆さまにひっくり返ったまま走っている草薙のバイクの上から、敵のバイクがソリのプレート部分を押しつけてくる。その強烈な力に、草薙のバイクが裏返ったまま沈み始める。ちらりと下に目をむけると、自分と地面のあいだはもう数十センチもない。

 突然、パーンという音がして、草薙の顔の近くで道路の破片が飛び散った。

 AIドロイドが地面にむけてやみくもに銃を撃ってきていた。バイクの車体が二台垂直に重なっている状態なので、真下にいる草薙を正確に撃てない。ならば乱射すべきだいうAIなりの判断なのだろう。草薙は下から応戦しようと銃を構えようとした。ガガッときしむような音がして、バイクのカウル部分が地面にぶつかり、弾け飛んだ。チタンファイバーの破片が草薙のヘルメットにバラバラとぶつかってくる。

 草薙はバイクのスピードを加速するか、減速するかして、この不利な状態から抜け出そうと試みた。だが、それを察知したかのように、敵が思いきり、超流動斥力波を吹かしてきた。エアーバイクの構造上、加速プレート部分に、マイナス質量の波動をあてられてはなすすべがなかった。

 さらに一段と深く車体が沈められていく。草薙のへルメットが地面と接触し、がりがりと嫌な音をたてはじめた。

 もう一度下に沈められたら、次は首が折れる番だ。


 草薙はバイクのサドルを両腿で挟み込むと、逆さまにぶら下がったまま、両手で銃を構えた。上にむけて撃っても、二台のバイクが重なった状態では、効果がある攻撃は限られる。草薙は顔をそらして、進行方向の先の上空を見あげた。

 満点の夜空と、交通標識、そして陸橋らしきものしか見えなかった。


 草薙は数十メートルほど先にある、その陸橋の左側の土台側にむけてランチャーミサイルを撃ち込んだ。

 ドーンと派手な音をたてて、陸橋の脚がもげ落ちた。

 片脚をうしなった陸橋は、すぐにバランスを崩して、そのまま道路に崩れ落ちる。

 損傷のない右側の脚から、左側にむかって崩れ落ちた陸橋が、斜めに傾いで、車線を半分ふさいだ。


 草薙は銃のモードを切替えると、車体の脇からからだをできる限り乗り出し、上にむけて銃のひき金をひいた。銃口の上にある小さな射出口から、火炎が吹き出した。

 炎は大きな火の玉のようになって、上から伸しかかるバイクをまるごと炎で包み込んだ。 炎に包まれたAIドロイドは、燃える服をあわてて手で消すしぐさをした。


 わかっている。AIドロイドは炎ごときで燃えない。


 だが戦闘専用とはいえ、人間をシミュレートするプログラムが組み込まれているのだ。炎を浴びれば、人間らしく、火を消すための行動をする。

 そのプログラムを利用した。

 その動作のせいでAIドロイドは、自分の走る軸線上に、崩れ落ちた陸橋が横たわっていることに気づくのが一瞬遅れた。

 が、AIドロイドはすぐさま反対車線側に、陸橋が斜めに傾いでいる部分の下にできた隙間を見つけたようだった。バイク一台分程度の隙間があり、そこをくぐることができる、と判断したらしい。

 AIドロイドが右にハンドルを切る。陸橋の隙間にバイクをむけ、車体を下降させようとした。

 だが、そこには草薙の逆さまになったバイクがあり、それ以上沈め込めない。

 すぐに下のバイクを押し込んで、隙間をすり抜けるのは無理だと判断した。AIドロイドはあわてて車体を浮上させようとしたが、すでに間にあわなかった。

 猛スピードのまま、バイクごとAIドロイドが陸橋に激突した。

 その下の隙間を、草薙のバイクだけが天地がひっくり返った姿勢のまま、すり抜けていく。

 草薙は陸橋の隙間をすり抜けるやいなや、バイクのハンドルをぐっと切り、車体の向きを本来のむきに立て直した。


 すぐに最後の一台、右手里実がタンデムしている車体を探す。

 網膜デバイスの情報がアラートをあげる。

 AIドロイドと余計なランデブーをしている間に四〜五百メートル先を先行されていることがわかった。しかもマップデータと照らし合わせる限りでは、目と鼻の先にはこのシミュレーションエリアのに終端が追っていた。


 その先は、富士樹海だった。

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