第63話 損傷するのはあの子たちのほう。アスカ、あなた自身じゃないわ

 ブライトが昼前に、一時間ほどのミーティングを行うという連絡があったので、四時限目以降の授業は中止になった。ヤマトとしては授業が潰れるのは勘弁して欲しいところだったが、来客の都合ということだったので、しぶしぶそれに従うことにした。

 ヤマトが会議室に入っていくと、アスカがすでにブライトの真正面の席を陣取っていた。ここから梃子でもうごかないぞ、という気概に満ちた表情で、身じろぎもせずに座っている。隣には本来の座席を奪われた春日リンが座っていた。どうもアスカを扱いあぐねているらしく、リンは机に肘をついてアスカに背をむけていた。察するにこのふたりは、すでに大いにやりあったあとらしい。

 ヤマトはふたりから一番離れた席をチョイスして座った。ブライトが入室してくる頃には、アル、エド、李子、レイたちもみな着席していたが、部屋を支配する重苦しい空気にみな口をつぐんでいる。

 ブライトは入室してくるとすぐにアスカに気づいて、腰を宙に浮かせたまま、なにかを言おうとしたが、アスカが立ちあがって先制した。

「ブライト!。あたしをこの席からはずそうってしたって、ぜったい動かないからね!」

「あたしはもう大丈夫。からだも心もすべて元通りになった」

 アスカはブライトを睨みつけた。

「次はあたしに退治させて。亜獣アトンと……」

「プルートゥを!」

 プルートゥの名を力強く言いはなったのを聞いて、室内にいる面々がお互いの顔を見合わせた。ブライトはアスカの挑発には構おうともせず、李子のほうに顔をむけた。

「アイダ先生。アスカは大丈夫ですか?」

「えぇ。今のところは」

「アスカのトラウマティック・ストレスには、長足の改善が見られました。PTSDやパニック障害にともなう、過覚醒・感情鈍磨・忘却傾向・想起の回避・関心の減退などは見られません」

「では、アスカをセラ・ヴィーナスに搭乗させても問題ないってこと?」

 リンが李子にむかって尋ねると、李子は軽くうなずきながら「まぁ、大丈夫でしょう」と答えた。アスカはそれを聞くと、鼻高々の表情で高らかに言った。

「はん、こっちは、まともな神経の図太さじゃないんだからね」

「アスカ、なんか使い方、まちがえてる」

 レイが小声でただしたが、アスカは一顧だにしようともせず、自分の胸を指で叩いて指し示しながら、ブライトを見据えた。

「人類なんて、このあたしがいなきゃ、何にもできないんだから」

 そう啖呵を切るなり、どんと腰を落として、「さぁ、会議をはじめて」と言った。ブライトは一度、ため息をつくと、エドに尋ねた。

「エド、次の亜獣出現予定をもう一度教えてくれ」

「はい。三日と18時間後です」

「真夜中の三時じゃないの」

 リンが驚いて思わず声をあげた。

「この時期なら、まだ外は真っ暗闇だわ。あの針の攻撃を回避するのは……」

「あぁ、日中に比べて相当に難易度が高くなる」

 ブライトがリンのことばを受けるように、話しをまとめた。

「ちょっとぉ、簡単に言わないでよ。怪我するのは、あたしたちなのよ」

 アスカがそれに異議を申し立てた。ヤマトにはどうやら、アスカは前回出撃できなかったことのうっぷんをこの場で晴らそうと、躍起になっているように見えた。

「損傷するのは、あの子たちデミリアンのほう。アスカ、あなた自身じゃないわ」

 リンがその勢いを削ごうとでもするように、穏やかな口調でアスカをたしなめた。

 ブライトがやおら立ちあがった。その顔に余裕のような誇らしげな表情が浮かんでいた。

「そこで、わたしは、日本国防軍の援軍をお願いすることにした」

 そう言うと、隣に座っている人物を手のひらをむけて紹介した。


「こちらは、日本国防軍のシン・フィールズ中将」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る