第37話 おとこはいつだって、おんなの涙をぬぐってやれる存在でありたい

 ブライトからアスカが面会謝絶だと告げられたが、ヤマトはまったく驚かなかった。むしろ、それは当然のことだと思っていた。もしアスカの症状が軽かったとしたしても、そもそもが無理なのだ。面会など適うはずがない。特に自分だけは。

 兄を殺せ、と命じた男なのだから。

 会うどころか声すら聞きたくないだろうことは、想像にかたくない。

 ヤマトは部屋にひとりでいることが、どうにも居心地が悪かったので、ラウンジにいくことにした。気を紛らわすことだけでもできれば、と思っていたが、すでに先客がいた。

 レイだった。

「アスカ、面会謝絶だった」

「ぼくもさ、しかたがない」

「わたしがリョウマを殺そうとしようとしたから?」

「命じたのはボクだ。レイ、キミには責任はない」

「リョウマ、もう無理なの?」

「レイには、なんとかなると思えた?」

 レイは力なく首を横にふった。素人がみても手の施しようのないほど、リョウマは別物に見えた、とヤマトは理解した。そんなものを見たのだ。アスカがショックから立ち直れないのは無理からぬことだ。

 そして、たぶん、この子、レイも。

「レイ、キミは大丈夫かい」

「なにが?」

「その、リョウマが……、あんな風になってショックだったんじゃあ……」

「えぇ、ショックだわ」

「あいつを殺しそこねたんですもの。躊躇しなかったら、あのとき、亜獣を一体始末できた」

 ヤマトは、パイロットとして間違いのない回答をするレイを頼もしく思うと同時に、初戦にしてこの発言をためらいもなく吐きだせるレイの心の闇にすこし怖気だった。

 レイが屈託のない笑顔をヤマトのほうにむけた。

「安心して。次は仕損じないから」


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 アルは整備士たちが修理ロボットたちにまじって、サラ・ヴィーナスとセラ・サターンのコックピットの装備のチェックをしているのを、ぼんやり下から見あげていた。いつもなら大声をあげて陣頭指揮をとって、忙しく立ち働くのが常だったが、どうにも気力が萎えて、そういう気になれなかった。ドック内にあるコンクリートのでっぱりに腰かけて、下から見守るのが今日は精いっぱいだった。

「なんか、お疲れのようね」

 春日博士が声をかけてきた。彼女が積極的にアプローチしてくることは、めったにないので、アルはすこしの驚きとともにうしろをふりむいた。

 驚いたことに、リンは自分以上に疲労の色を色濃く顔に刻んでいるように見えた。目の下にくまのようなくすみがあり、髪の毛は手先がすこし乱れて、いつものように艶めいた雰囲気が感じられなかった。この時代、そんなものいくらでもカバーできるスプレーやフィルムがあるし、だいたいDNAをいじった『デザイナーズ』の彼女なら、容姿の劣化に対する強固な耐性が備わっているはずだ。つまりは、それらでも支えきれないほどのストレスを抱えているということなのだろう。

「博士こそ疲れているようだけど」

「えぇ、くたくた……」

 そう言いながらエドの隣までくると、むきだしのコンクリートのでっぱりにドンと無造作に尻を乗せた。

「で、どうなの?」

「どうって……?」

「二体の状況」

「あぁ、すんません。二体ともこれといった異常は見つかりませんでしたよ。まぁ一部、防具と武器の破損が少々ひどいんで交換しないといけませんけど」

「そう……、まぁ、こっちもヴィーナスの手や腕に軽い怪我がある程度で、まぁ大丈夫って言えば、大丈夫なんだけど」

「よかったですね」

「わたしを悩ませてくれるのは、いつだって人間のほう」

「アスカ……ですか?」

 リンは無言のままこくりと首を縦にふった。

「アスカは……もしかしたら……、もう使いものにならないかもしれない……」

「あの子は、春日博士のいちばんのお気に入りだったって……」

 リンは困ったように口元をすこし緩めて、首を横にふった。

「あの子がかってにそう言いふらしているだけ」

「本当に一番弟子を自称するなら、なんとか立ち直ってもらいたいものだわ」

 なんだかんだ言っても自分の教え子を気にかけている様子をみて、アルはほっとした気分で「あぁ、そうですね」と相づちをうった。

「まったく、デミリアンとの『共命率』をあげるのに、どれだけ苦労したかわかって欲しいわ。パイロットが変わったら、また設定のやり直しよ」

「もう、うんざり……」

 アルは思わず心のなかでため息をついた。そうだ、この女はそうだった、そういう女だった。それが自分の教え子であったとしても興味がない。なによりもデミリアンが優先するのだ。

「そうでしょう、アル?」

 春日博士が自分にまで追認を求めてきた。これは強制だ。イエス以外の答えはすべて不正解。おそらくイエスをひきだすまで、しつこく自分の意見を押しつけてくるだろうことはすぐにわかった。アルは降参することにためらいはなかった。

「あぁ、えぇ、そうですね。こちらも機器の微調整に往生させられそうです。だから、アスカには、なにがなんでも、立ち直ってもらわんと困りますよね」

 リンがぼそりと呟いた。

「ありがとう、アル」

 思いがけない反応にアルは驚いて、博士のほうを見た。心なしか目を赤くしているように見えた。あぁ、そうなのか。博士なりの愛弟子へのエールなのだ。そしてみずからを鼓舞しようとしているのだ。その場を立ち去ろうとしている博士の背中を目で追いかけながら、なんとなく自分が誇らしく思えた。

 おとこはいつだって、おんなの涙をぬぐってやれる存在でありたいのだ。


 それが心のなかで流している涙であったとしてもだ。

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