第25話 問題ないわ。踏みつけたの、死んでる人だから

 レイはアスカが突然襲撃を受けた瞬間に、うつぶせの態勢からはじかれたように立ち上がり、ダッシュで駆け出していた。目の前にあった、道路に釘付けにされた人々の何人かを勢いで踏みつぶす。一瞬、その気持ちの悪さに思わずレイは顔をしかめた。

『気色が悪い』

 ちらりと右側の壁に設置されているデッドマン・カウンターに目をやった。ありがたいことに、カウンターは微動だにしていない。司令室からミライの声が聞こえる。

「レイ、大丈夫?、ヴァイタルが跳ねあがったけど…」


「問題ないわ。踏みつけたの、死んでる人だから」


 そっけない口調でそう返答すると、レイは走るスピードを緩めることなく、セラ・サターンの腰のうしろにあるナギナタを引き抜いた。

『今、アスカがやられたら、計画が台無し』

 レイは青い粒状の光が指先を通じて、ナギナタの先端の刃に集まりはじめているのを確認しながら、さらにスピードをあげた。


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「アスカ、大丈夫?」

 司令室から聞こえてきた春日リンの声に、声をつまらせ気味にアスカは答えた。

「大丈夫じゃないけど、大丈夫よ、メイ」

「たった、0・25秒だけ痛かっただけ」

 痛みがシャットアウトされると、嘘のように冷静になれた。まずはヴィーナスの被害状況を確認しなければならない。が、コックピット内でパタパタと響く音に気づいて、アスカはハッとした。

 デッドマン・カウンターが数字を刻んでいた。

『37』

 今の攻撃で40人近くの人が命を落とした?。

 その事実を今はじめて認識して、アスカは顔から血の気が引いていくのを感じた。ヴィーナスの足元を映したモニタを見る。砕け散ったガラスや、削りとられた建物の破片に混じって赤い血溜まりが確認できた。アスカはヴィーナスのからだをチェックした。頭をかばった両腕に10本ほど、プロテクタに覆われていない腋や胸にも何本か針が刺さっていた。それを引き抜こうとして、自分の手のひらも何本かの針で射ぬかれてるのに気づいた。

 見ると、右の手のひらに男性が突き刺さっていた。

 あの時の男性だった。

 すでに腹と太ももを貫かれていて絶命しているようだった。

 アスカはごくりと唾を飲むと、目をつぶって、その男性を串刺しにした針を一気に引き抜いた。針が抜けると男性のからだは、十数メートル下の地面にボトリと落ちた。

 カチッ、と音がした。

 デッドマン・カウンターが『38』をきざむ。

 アスカはぎゅっと目をつぶった。

 気にするな、アスカ。どうせ死んでいた。

 自分に言い聞かせるように呟くと、顔をあげ大きな声をあげた。

「エド!、この針、毒とかないでしょうね」

「いや…、わからない」

「ん、もーー、それ聞き飽きた」

「ヴィーナスが毒で死んだらどうするのよ」

 大声でまくし立てれば自分の罪が消え去るわけではない。わかっているが、こうやって会話をつなげば、少なくともそのあいだは独りで背負い込まずにすむ。アスカはさらに、春日リン博士にも難癖をつけてやろうと声をあらげた。

「メイ!」

 その時、ブライトの大声が聞こえた。

「アスカ、うしろだ!!」

 一瞬にして、メインモニタが背面カメラの映像に切り替わった。そこには、こちらに突進してくる亜獣の姿が映し出されていた。

 アスカは目を見開いた。

 いったい、いつの間に移動をしてきた?。こちらはまったくの無防備だ。

 アスカは無理を承知でからだを反転させようとしたが、到底間に合わないスピードだった。

 やられる。

 そう覚悟した瞬間、交差点の陰から突き出してきたナギナタの刃が、亜獣のからだに突き刺さった。レイの乗るセラ・サターンが、猛スピードでダイブして、その勢いのまま亜獣の横っ腹に刃を突き立てたのだ。亜獣が衝撃に飛ばされ、アスカの横にある高層ビルの低層階に突っ込んだ。ガラスを砕き、柱をなぎ倒し、亜獣のからだがビルにめり込む。

「レイ!!」

 思わず、アスカが叫んだ。窮地を救われたという事実は癪だったが、とにかく命拾いしたことには感謝しなければならない。しかし、レイはそんなことは当然とばかりに、その隙も与えず次の指示を飛ばしていた。


「リョウマ、そこから撃って!」

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