第33話:最後に

「光太っ、京! 久しぶり!」

 リーネアさんに送られて家に帰ると、リビングで青髪黄瞳の美女が両手を広げていた。

 俺は思わず腕の中に飛び込み、先生を抱き上げてしまった。

「おお」

 そのまま京の方へ回転する。

「翰川、先生……?」

「うむ。もちろん僕は翰川緋叛だぞ」

「先生っ……!」

 翰川先生を床にそっと降ろすと、京が抱きついた。

「リーネアさん、知ってたんです?」

 後ろで見ていた妖精さんが小さく頷く。

「うん」

「ですよね」

 リーネアさんが少しだけ笑う。……なんだか、表情が豊かになったように思える。

「俺はミドリさんとこの手伝いに行く。お前は制服着替えて、京とひぞれと一緒に来い。人手が多いから、7時までに来ればいいぞ」

「……ありがとうございます」

「ん」

 ひらひらと手を振って俺の家を出て行った。

「京、髪が伸びたな」

「ちょっと伸ばしてみてるんです」

「可愛いぞ」

「せ、先生の方が可愛くて美人です……」

 美女と美少女が戯れる光景は癒しそのものだ。

「2人とも疲れるだろうから、ソファ座っててよ」

 東京に持っていく予定の家具の一つ。

「ありがとう」

「うむ。ありがたい」

 2人にお茶を出してから、着替えのために自室に行くことを伝える。

 衣装持ちというわけではないが、3月の北海道という不安定な日々の気温に耐えるすべはいくつか持っている。

 夜になればまだ寒いし、長袖シャツにパーカー羽織って体温調節できるように……下は適当なジーンズで。コートを羽織って出れば丁度いい。

『京。光太と付き合っていると聞いた。喜ばしいことだ』

『っはい……』

 服を決めたらタンスから出して並べる。

『……大学行っても恋人でいて……け、結婚も視野に入れてくれてるなんてことも……』

『そんなに仲が進展したとは。結婚式には僕も呼んでほしいな』

 何この新手の羞恥プレイ。

 急いで着替えて出ると、女性2人の会話が止まってこちらを見た。

「光太っ」

 久し振りに見る翰川先生は変わらず綺麗で可愛かった。

「先生、来てくれたんですね」

「実はキミたちの卒業式にも居たのだぞ」

「えっ……リーネア先生のお隣、翰川先生だったんですか⁉︎」

 あの不審な空席はそういうことか。

「うむ。ルピナスが『認識阻害を貸してあげるよお』と言ってくれた。ルピナス自身は完璧に姿を消して体育館のステージの上から見ていたらしいぞ」

 彼女は『なんせ妖精に本気で姿隠しをされては見えないのでな!』と笑う。

「七不思議を増やさないでくださいよ」

 たぶんあの現象には『卒業式前日に家族で事故に遭った生徒とその両親が……』みたいな話がつけられるのだろう。

 怪談の始まりなんて、案外こんなものなのかもしれない。

「んむう。ルピナスは僕より年上だから、注意しようにもな……」

 妖精さんたちはそれぞれが独特な自由人だ。注意一つでどうにかなるものではないのか。

「まあいいや。ミズリさんは?」

「ミズリは東京でお仕事だ。仕事を片付けようとしていたのだが、ちょうどその時期に大きな取引きがあるのだそうで涙を飲んでいた」

 間違いなく翰川先生にくっついていたいという動機による涙。血涙を流していてもおかしくない。

「よほどキミたちの式を見たかったのだろうな……」

「ミズリさんに、お礼言います。そんなに気にしてくれるなんて……」

「ありがとう」

 京も先生も天然だから、なかなか相性がいいと思う。

 生温かい目で戯れを見守る。

「そうだ。光太にビッグニュースだ」

「?」


「キミのお姉さんが寛光で働くことになったぞ」


 時が止まった錯覚を受けた。

「…………え」

 俺の、『お姉さん』?

「? シェルとシアが言いかけていただろう」

「……」

 鬼畜姉弟は、2人揃って俺の家族アルバムに言及しようとして、迷ってからやめていた。

 そういう意味があったとは。

「…………」

 パーカーのフードを目深に被って俯く。

「オウキによって、『森山光太の《呪い》はかつてもう一段強力だったのではないか』という推測が立てられた。紫織の願いを、魔術らしく意地悪に完璧に投影したら『神秘の持ち主ごと記憶できない』ようにする方が正しいのではないかと」

 京の顔を見られない。先生には顔を見られたくない。

「誰が呪いを緩めたのかはわからないが、キミは……」

 先生は言葉を止めて、俺をじっと見ている。

「俺の姉は神秘持ちですか」

 小さい頃から訳もなく神秘に憧れていた。『俺も将来は神秘の研究をするんだ』なんて思っていた。

 いや、訳はきちんとあったのだ。

 ――俺が忘れていただけで。

「ああ。魔法寄りの神秘を持っている」

 唇を噛む。

「…………」

 温かいと思ったら、京がそばに来て俺の手をさすってくれていた。

 彼女といるといつも勇気をもらえる。

 フードを払って翰川先生に答える。

「わけわからんですが、嬉しい……です」

 本当に。それだけは嘘じゃない。

 自分が何かを忘れていることさえ忘れているという事実に向き合わなければならないのだとしても、本心だ。

「ただその……あんまり、会わない方がいいと思います。……俺のせいで家庭崩壊したんで」

「……キミのお姉さんは、キミが記憶できるようになったと知って、泣いて喜んでいたがな」

「…………」

「彼女は中学時代から全寮制の魔術学校に通っていた。神秘が珍しく、制御も難しいものだったから、家族に会うため頑張っていたのだそうだ」

 俺はそんな姉を忘れたのか。

「だからまあ、佳奈子がキミの姉をはっきりと知らないのも仕方ない」

 彼女はじっと俺を見て、困ったように笑った。

「どうか彼女に会ってあげてほしい」

「……はい」

 せっかく堪えたのに、結局は涙が溢れた。京も先生もずっと俺のことを慰めるからずるい。

 涙が止まらなくなってしまう。

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