5.森山光太についてのいくつかの仮説
少年少女の事前会議
水曜日。佳奈子と女子たちの話し合いが始まる30分前。
「佳奈子、大丈夫なんだよね?」
心配そうな三崎さんに対し、自信満々な佳奈子が頷く。
「でなきゃ今日学校に来てないわ」
「……わかった」
力強く頷き返して、三崎さんが改めて説明する。
「土田先生の手引きで、2階の視聴覚室を開けてもらってる」
防音性の高い教室の一つだ。ツッチー先生もなかなか気を回してくれる人である。
「30分経ったら女子たちが待機する予定。佳奈子もそこに行ってもらう」
「うん」
「進行役兼仲裁役にはエマちゃん……江松楓さんが来てくれる。ここには居ないけど、職員室での用事が済んだら合流するよ」
俺はすれ違って会えていないが、江松さんは面倒見の良いしっかり者だそうから、申し分ないだろう。
「それで、万が一の時のための証人役が……」
「俺でっす。佳奈子たんヨロピク――って帰らないで佳奈子たん」
フラグが横ピースで挨拶すると、佳奈子は無言で椅子から立って出ていこうとする。
俺は佳奈子の腕を掴んで止めて宥める。
「落ち着け佳奈子。さすがにフラグに失礼だ」
「こいつに万が一を預けるくらいなら一人で当たって砕けるわよ!」
「それはもっともなんだけど」
「もりりん酷くね?」
お調子者なフラグの訴えは聞こえなかったことにして話を続ける。
「俺、あちこちで女子に聞き込みしただろ。そうなると、俺が控えてたら『こいつ嗅ぎまわってたやつじゃん!』ってなるかもだろ? 信頼が第一の証人役だってのに逆効果だよ」
その点、フラグは申し分ない。部員数の多い男子バスケ部に所属していたため顔も広い。
「迂闊な真似したのが悪かったから、ここは抑えて……」
「……わかったわよ。……ありがとね」
「おう」
「フラグもごめん」
「いいよー」
鷹揚に笑った。
「京はその間どうしてるの?」
「土田先生への連絡役に、傍で待機してる。……必要ないとは思ったんだけど……」
「……あんたの慎重なところ好きよ」
「! ご、ごめん」
佳奈子は晴れやかに笑って、この場にいる全員に頭を下げた。
「あたしのために動いてくれて……凄く嬉しい。ありがとうございます」
「……あいつ大丈夫かなあ」
家を飛び出してからというもの、その翌日には『水曜日が終わるまで遊びの誘いは待って』と三崎さんや俺、紫織ちゃんなどにメールを回していた。
ばあちゃんと食事を取ったり手伝いをしたりするほかは家にこもりきりだった。
思い詰めていたのかと思えば、今日にはいつもより大人びてみんなにお礼をしたり。
なんだか不安な俺は、謝罪の場が終わったらすぐに知らせてもらうことを約束して、4階の図書室で勉強しているのだった。
とはいえ、図書室は5時には閉まる。
司書さんに挨拶してから廊下に出ると、異彩を放つ黒髪碧眼の美少女が向こうから歩いてくるのが見えた。
「…………」
しかし、その美少女の顔には大いに見覚えがあった。
「何してるんですかリーネアさん?」
彼は女装していることを恥ずかしがるでもなく、無表情で淡々と答えた。
「まさか、お前と会うとは」
「そりゃまあここの生徒ですし。さっきまで図書館で勉強してましたし」
背後の扉を指差してやると、リーネアさんは素直に納得した。
「そっか」
「……似合ってますね」
「スカートじゃなかったらお前を蹴り殺してた」
超真顔。
スカート履いててくれてありがとうございます。
「なんで女の子の格好を?」
「目立ちたくないって言ったら、友達が……」
正直、リーネアさんの容姿ではなんであろうと目立つと思う。
「でも、コンビニ店員の姉ちゃんとか、学校の事務員さんに普通に応対してもらえた」
「普段はどうなんですか」
「ギョッとされる。気にしないつもりではいたけど、無くなってみると嬉しいもんだな」
異種族には異種族の苦労があるのだなあ。
「人外なこともそうだけど……俺は黙ってると女に見えるらしい」
リーネアさんと出会う前、彼の友人である翰川先生が『彼』と連呼していたので男だというイメージは強かったが、正直、何もなしでは判断に迷ったと思う。
「……実はコンプレックスだったりします?」
「昔から変態に追いかけられたりとか、友達にさえ『胸が付いてたら好みだった』とか『お前の顔をした彼女が欲しい』とか……」
けっこう酷い目に遭っているようだ。
「じゃあなんで女装してんですか」
悪化するだろうに。
「……『どうせ目立つなら、目立ちの方向を変えた方がいい』って言われた」
以前、三崎さんが『リーネア先生が目立つのは、見た目の異質さと美貌と性別がちぐはぐに見えるせいだと思う』という推論を披露してくれたことがある。
女の子の格好をする事で美貌と性別のミスマッチ感は消え、髪と瞳の色を変えれば異質さが消える。そして美少女成分が残る、と。
異物感で目立つよりは自然だ。
見かけた生徒たちから『昨日ものすごい美少女を見た』という噂になるであろうことを除けば。
「学校で俺の元の姿で噂になったら、ケイの耳に入る。それはなんかやだ」
「女装と天秤にかけるほどなんですか⁉︎」
「なんかやなんだよ!」
プンスカしている。
しばらく聞き取れない言語(たぶんオランダ語)で喚き散らしてから、ようやく落ち着いた。
「俺は学校に通ったことない。なのにケイの先生をしてることについて、たまに……考えることがある」
通っていないのか。
「だからせめて学校がどういう雰囲気なのかゆっくり知りたかった。ケイには知られずにな」
少し恥ずかしそうに俯く。
「もういいだろ。……探索に戻る」
彼は無遠慮に図書館の扉を開ける。
――シェルさんが立っていた。
「うお⁉︎」
珍しくリーネアさんが驚愕の叫び声をあげる。その手には拳銃が握られていた。
銃を向けられても平然としたまま、シェルさんが会釈する。
「こんにちは、リーネア。あなたは祖母に生き写しですね」
「くっそ、鬼畜とエンカウント……!」
「まだ何もしていないんですが。拳銃を下げなさい」
俺は腰を抜かしかけて、側の柱を支えに立っていた。
「光太もこんにちは」
「こ……こんにちは……あの。司書さんは……?」
「司書室で作業中です。サプライズは大切だとひぞれに教わりましたので、登場に趣向を凝らしてみました」
「そのサプライズ要らねえからな」
リーネアさんは拳銃を手の平から消して唇を尖らせる。
「善処します」
適当にいつもの調子で答えると、俺に会釈した。
「美織のこと、ありがとうございました」
「!」
やはり知り合いか。
「『先生』は俺です。……直に会うと呼び捨てにするのに、他では先生呼びとは面白い」
くすくすと笑っている。
「お礼を言うためにここに?」
「それもありますが。佳奈子の顛末が気になりまして。姉が手ほどきしたとはいえ、佳奈子も相手方もまだまだ若い。理屈と体面だけでは納得しない年代です」
発言がいちいち外見年齢とマッチしない人だ。
「……心配してます?」
「
1番は頂点の番号だ。土田先生が『レアキャラ』と言ってたのはその人だろう。
「佳奈子のお祖母様も心配していらっしゃいますし、無事の報告をしたくて。光太付近で待機していれば、すぐわかるでしょう?」
「三崎さんが報告してくれるんで、それまで待ってください」
「感謝します。ついでに見学します」
綺麗に一礼する。
「……なんか、居ない間にあれこれあったんだな」
リーネアさんがぽつりと呟く。
「なぜあなたが女装を了承したのか不思議です」
首を傾げるシェルさんも顔立ちは違えど似たようなものだ。
「割と仲間っぽいじゃな――ぐげふ」
一瞬の躊躇もない腹パン。
リーネアさんが呆れとも尊敬ともつかない微妙な表情で俺を助け起こしてくれる。
「光太ってたまに命知らずだよな」
「……そっすね……」
自分でもびっくりだ。
シェルさんは聞き取れない言語で何やら呟き、自身の体を銀色の火花で包んだ。
「これで文句はないだろう」
そこには、二十代中盤程度の青年が立っていた。
美貌は変わらないが、男女を見間違える要因だった顔立ちの幼さはなくなっており――
「男に見えますね!」
腹パン再び。
今度は完璧に衝撃が通り、俺は床にダウンした。
「……自殺志願者なの、お前?」
リーネアさんが理解できないものを見る目で呟いた。
頭上でカシャっと電子的なシャッター音が鳴る。
「何をさらりと写真撮って……!」
「ひぞれが見たがるから」
シェルさんは翰川先生を甘やかしはしないが、翰川先生自体には甘い。
「お前他の奴らにも見せるだろ!」
「ひぞれ以外に見せるのはお前の祖母だけだ」
「これ以上ないほど悪化した‼︎」
二人はオウキさんやルピナスさんと違って、認識を逸らす魔法は使えないらしい。
周囲の視線を独占している。
シェルさんに頼んで3階まで転移してもらい、社会科準備室に飛び込んだ。
「二人とも、死ぬほど目立つと言うことを、考えてもらえませんか……‼︎」
「「……すみません……」」
確実に噂になる。またも俺にまつわる噂が増えるだろう。
「噂については魔術でなんとかできる。すまない」
「シェルさんがそう言うならできるんでしょうけども」
頭が痛い。
リーネアさんは『来たばっかりなのに』と涙目だ。
二人とも悪気があるわけじゃないんだよなあ……
「……大人しくしてるって前提で。シェルさんも元の姿に戻って。それなら案内します」
勝手に歩き回られたくないし。
「頼む」
「お願いします」
有言実行が早い。
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