妖精の苦労
東京に来て寛光大学で講義の役目を果たして。
なぜか大叔母さんとその夫の家で親戚中からいじり倒され、熱が出て強制的に看病され……
なんだかんだで、ようやく札幌への帰還に許可が出た。
飛行機の予約が確定した俺は、大叔母さんに意見を聞くため、愛称を口に出した。
「パールさん」
「どうしたの?」
紫と暗いオレンジにグラデーションする髪を揺らして、キッチンでケーキを切り分ける大叔母さんが振り向く。
「飛行機取れた?」
「取れた。それより、相談したいことあるんだけど」
「なあに?」
「俺、学校に行ってみたい」
パールさんが固まり、俺の目の前に一瞬で転移してくる。
「……リナ。こっちの世界で銃殺したら庇いきれないよ」
「発想の飛躍をやめてほしいんだけど」
心配してくれてるのはわかるけどショックだ。
「何で乗り込みたいの? 学校よりプライベートで殺した方が楽じゃない?」
「俺をなんだと思っていやがるてめえ」
参加してほしくなかった義理の大叔父:ヒウナが口をはさんできた。
どうしようもない殺人鬼は柔軟な発想で殺害方法を提案してくる。今日も白パーカーにスカートの女装姿。
「リナに性別が迷子とか言われたくない」
「うるせえ死ね予知能力者」
まだそのセリフは口に出してない。
「すぐ『死ね』とか言うから不安なんだけどなあ」
「カチコミ入れたいんじゃない。見学をしたいんだ」
「「…………」」
夫婦二人で見合ってから、表情を真剣なものに変えて俺に向き直った。
「ヴァラセピス一族の一人として、リナの意向は尊重したいと思うけれど……きちんと話しましょう」
「……うん」
「紅茶とケーキ持ってくるね。二人は座ってて」
「俺はケイと暮らして、あれこれ教える立場だ。でも、学校に通ったことが一度もない」
テーブルの向かいの二人は静かに聞いてくれている。
「学問は好きで得意だし、家事も得意で教えられるけど……学校の人間関係で悩んでたりするの見ると、『行ったこともない俺が偉そうにしていいのか』みたいなことを、たまに考える」
「わかったわ。そういう考えなら暴走しないでしょう。でも、あなたが見学するとして……どこの学校?」
「ケイの学校。部外者届が簡単につくれるから」
二人がなぜか微妙な表情をしている。
「……言い出したら聞かないよね」
「そうね……」
「小声やめろ。聞こえづらい」
ヒウナが俺の額を指でつつく。
「ちょっと待ってな」
「わかった」
しばらく話し合ってから、また俺に向き直った。
「……行くことを許可するね」
「! ありがとう」
嬉しい。
「で、他に何かある?」
予知能力者はこういうとき便利だ。
「学校には見学に行きたいけど、放課後じゃなきゃヤダ。あと目立ちたくない」
俺は髪と目の色が異種族感丸出しで目立つ。客観的に見ても、だ。
こんな見た目だと、ケイの学校内で噂になればケイの耳に入ってしまう。
それはあんまり嬉しくない。
「ああ、なるほど。顔削いで来たら?」
「顔が削げた奴が歩いてる方が目立つだろ」
学校の七不思議になれる気はするが、そんなことで体を張りたくない。
「ヒウナ。リナの可愛い顔が傷つくなんて嫌。やめて」
「ごめん、パール。ほんの冗談だよ」
そう言うヒウナの手にはナイフが握られていた。クソ野郎。
パールさんが俺の頭を撫でる。
「……リナ。そんなことをしなくても、いい方法があるよ」
「ほんと? ありがとう!」
「ああ可愛い……」
表情が薄めな彼女にしては珍しく、妖精らしい悪戯っぽい笑顔で俺に言い聞かせる。
「ちょっと待っててね」
大きな鏡。
ブラウス、Tシャツ、スカート、ワンピース。
「…………」
椅子で縮こまる俺の前で、ヒウナとパールさんがあれこれと話し合っている。
「うーん……顔だけなら美少女なのに、体つきを見ると男ね」
レプラコーンは物事の仕組みを見抜くのが上手く、体構造を把握するのはお手の物だ。
そういうことに役立ててほしくない。
「リナ筋肉つきづらいらしいし、脱がなきゃわからなくない?」
「ヒウナ、それは禁句」
俺は出来る限り壁に身を寄せながら二人に訴える。
「なんで、女装なんだよ。他にも変装はあるだろ」
確かに目立ちたくないとは言ったけど……!
「うるさいなあ、ぐだぐだと。リナがオレん
「その配慮は嬉しいけど! お前のお仲間になりたいわけじゃない!」
悪竜は性別の差が非常に出にくい。外見年齢が20を超えてくると別だが、ヒウナは高く見積もっても精々18歳。女装しても女に見える。
しかし、俺は妖精で、普通に男だ。
「学校内で、似合わない女装ほど目立つもんはねえだろ」
元の世界で開催された女装ミスコンを見たことがある。どれだけ受けを狙えるか勝負する部類のミスコンだった。
「見た目美少女リナリアは鏡見えない子だったっけ? うちの長兄でもあるまいしやめてよ」
「うるせー死ね!」
叫ぶ間も二人は淡々と服を選んでいる。
「くそ」
いつ逃げるか考えているうち、脱出経路が竜の特性でふさがれていることに気付いた。
「逃がさないよ、リナ」
パールさんはレプラコーンと魔法竜のミックス。ヒウナは純血の魔法竜。
縄張りを支配することにかけて天下一品の種族を相手に逃げられるはずもなかった。
手錠で椅子に足を繋がれ、ヤケクソな気持ちで紅茶をがぶ飲み。ケーキを食べる。
「肩周りは服で隠れるね。細身だし」
「あとは意外と筋張ってる足をどう隠すか」
「脚力あるものねえ、リナ」
「これはこれで、少し筋肉質な女の子の脚線美には見えるけど……顔だけ美少女リナリアのイメージとは違うかな」
「ロングスカートで光沢なしの黒タイツ履けば?」
「さすがオレの妻。採用」
「袖ふんわり目のブラウスあったよ」
泣きたい。
「胸どれくらいがいいんだろ?」
「大きすぎると不自然だよ。見る人が見ればわかる」
「見る人って?」
「ミズリさんクラスの変態性か、ひーちゃん並みの観察眼を持った人」
一般人にそんな奴居てほしくない。
「いないと思うわ」
「万が一のためだよ」
ヒウナは笑ったまま俺を振り向く。
「って事で、服に縫い付けるかパッド入りのブラするかで――」
「縫い付けで。絶対縫い付けで‼︎」
女性用下着なんか絶対嫌だ。
「はいはーい。縫ってくるねー」
外科医だからかなんなのか、ヒウナは手先が器用だ。パッドとやらの厚みのある物体を手に取ってブラウスと共に隣の部屋に消える。
残ったパールさんがぽつりと言う。
「夕焼け髪に赤目じゃあ異種族だってわかっちゃうね」
「……そこさえどうにかしてくれれば、良かったんだけど」
「まあまあ。ぶっちゃけ、あなたが目立つのは美貌と性別のミスマッチのせいもあると思うの。長髪だし、可愛いわりに性格もキツいところあるし、戦闘兵器だし」
ぐさぐさ刺さる。
「髪は切らないの? ヒウナが女装提案したの、そのせいもあると思うのだけれど?」
「切らない。姉ちゃんとの約束だから駄目」
即答する俺をじっと見て、ふんわりと笑う。
「では、髪と瞳は任せてね」
「?」
「夫の髪の艶を維持しているのは私。アルビノで傷みやすい肌と髪のコンディションは常に完璧」
「や、それは知ってるけど――」
「そんな私がミズリさんの会社と共同開発した髪染め。安心せよ、愛しい甥孫」
大叔母さんの種族判定はレプラコーンだが――たまにとても竜らしい。
「貴様の髪質にはなんら影響を及ぼすことはないと確約しよう」
一切の有無を言わさない迫力とかが特にそう思う。
黒髪と碧眼になった自分は、着ている服も相まって他人に見えてくる。
父さんと姉さんに顔向けできない格好をしている……
「あの人らそんな感じだったっけ?」
「大爆笑のちカメラフラッシュ浴びせられんのがわかってるからだよ」
見せられねえ。
「胸も不自然さなし」
「シャツにくっつけたよ。ブラウスの形に合うようにしたから大丈夫」
ヒウナの言葉にうなずいた大叔母さんは、俺の肩から理容室で使うようなケープをかけた。
「?」
「化粧も試しましょう」
「っ……」
ヒウナに助けを求めても黙殺された。後で殺す。
「大叔母さんに任せなさい」
「任せたくないんだけど」
「私のこときらい?」
「大好きだよ。でも、それとこれとは別だろ?」
相談は聞いてくれても話は聞いてくれない大叔母さんは、毒々しいほど鮮やかな緑の瞳を細めて俺に告げる。
「帰る日にもしてあげるから、その服着たまま飛行機乗りなさい」
死刑宣告を受けた気分になった。
――*――
「ねえ、パール」
「なあに、旦那様?」
「リナの顔立ちじゃあ、格好が男だろうと女だろうと目立ってたんじゃないかな?」
「言わぬが花。……レプラコーンも、外見がハタチ以上に成長できたら性差が出てくるんだけど、リナは難しいんだよね」
「ほう。精神的な成長が必要なアレか」
「一番わかりやすいのは性に関する事ね」
「153歳でしょ? それ以上となると実経験しかないんじゃない?」
「未だに赤ちゃんはキスでできると思ってるの」
「……やばいね……」
「そう。道のりが遠いの」
――*――
フライトの日。
不本意ながらもヒウナと大叔母さんに着せられた服で飛行機に乗った。
だというのに――
「……なぜだ」
空港に駅にと移動していたが、やたらと人に声をかけられる。
これならば元の格好の方がマシだったくらいだ。
仕方がないので妖精の技能で認識を消し、一気に駅を抜ける。
学校まで着いてしまえば目立たなくなるだろう。
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