私は動物園にいます。

 動物園に降り立った俺たちは正門で手続きを終え、入場していた。

「大きいタクシーってあるんすね」

 バスほどの大きさではないが、リーネアさんのところのワンボックスに近い形態のタクシーだった。8人乗りである。

「神秘の技術が発達したから、旅行者が増えたんだ。お金もさほどかからず、短時間で長距離を行き来できるってなれば大人数の旅行者も来るから」

 『わきゃーっ!』とはしゃぐカトレアさんを捕まえながらの、オウキさんのお言葉である。

「……異世界からも?」

「そうだね。ちなみに、長距離一斉転移の原理は……ごめん、また後で。サリー、危ないから走っちゃダメだよ」

「ぶつかってもケガしないよ?」

「ぶつかった人が死ぬからやめようねえ」

「はーい」

 カトレアさんが可愛い。

 ほのぼのしながら眺めていると、ルピナスさんが不可解なものを見るような目で俺を見てきた。

「若いのに凄いね。達観してるというか」

「翰川先生たちがいるものでして……」

 最近は、翰川先生のみならず、今現在嬉しそうに『ひぞれにお土産何が良いかな』と呟いているミズリさんにも振り回されがちだ。

 二人とも頭はいいのに、なぜ……

「…………。お昼はお姉さんが奢ってあげよう」

「えっ、マジですか。……ありがたいですけど、大丈夫ですよ?」

 財布は持ってきた。

「こういうときの若者は『あざーっす』って言えばいいのさ」

 笑って俺の肩を小突く。

 なんだか格好いい女性だなあ、ルピナスさん。

「じゃあ、お願いします。ありがとう」

「どういたしまして。……サリーちゃんが大変だから、進もうか」

「……そっすね……」

 オウキさんの腕の中でじたばた暴れている。



「ライオンさん」

「ライオンさんだねえ」

「かわいい」

「かわいいねえ」

「もふもふ」

「もふもふだねえ」

 大人しくしていれば、カトレアさんは可愛い。オウキさんと仲良く動物を観覧してご機嫌だ。

 ほのぼのとする光景である。

 ミズリさんは(小樽に行ったときに判明した)プロ顔負けの技術で動物を撮影中。きっと、動物好きな翰川先生へのお土産にするつもりなのだろう。

 ――全員、物凄く目立っている。

「……」

 俺は少し離れたところで、成り行きでルピナスさんと動物を見ているわけだが。そのルピナスさんが目立つこと目立つこと。

 無の心で動物の生き生きとした姿を鑑賞していた。

「いやー。ミズリんとサリーちゃんは目立つねー」

「ルピナスさんもオウキさんも目立つと思いますけど……」

「ん? ああ、私と父さん、妖精だから……種族特性で人の認識を逸らせるんだよ。キミ、小樽でうちの父さんにやらかされてなかった?」

 あのよくわからないホラーみたいなのは、種族特性とやらだったのか。

「でも、いま普通に目立ってますよ」

 今も視線は降り注いでいる。

「私はキミから離れたら。父さんはサリーから離れたら、認識が消えるよ。やってみる?」

「いいっす」

 それ、取り残された俺に全員の視線が集中するやつだろ……

「あっははは!」



 しかしまあ、なんだかんだと気になることはあるが。

(……楽しい)

 ここ最近の自分は、”呪い”が解けてからというもの、幸せな日々を過ごしている。

 こんなにも幸せで良いのだろうかと思ってしまうくらい。

「光太、ハヤシライス美味しい?」

「はい。キノコの食感が好みっすね」

 昼食は食堂で。

 各々で好みの料理を注文し、席について食べている。

「……?」

 オウキさんにチョコアイスを注文してもらって大はしゃぎだったカトレアさんが、いつの間にやら俺の隣に座って、パーカーの袖をくいくいひいていた。

「なんですか、カトレアさん」

「サリーでいいよ」

「……じゃあ、サリーさん」

「☆!」

 やばい超絶可愛い。

「何か御用でも……?」

「ん……連れてきちゃってごめんね。……楽しい?」

「楽しいですよ」

 これはおべっかなどではない。

 動物園に来たのなんて、小学校2年の校外行事以来。大型動物を実際に見るのは、18歳でありながら楽しかった。

「そっか。良かった」

「なんでそんなに、気にかけてくれてるんですか?」

 問いかけると、カトレアさん改め、サリーさんが首を傾げる。

「ひーちゃんから……『光太が札幌にいるうちに、北海道の名所を楽しんでほしい。受験生だから難しいとは思うが、いろんな口実であちこち連れ出してあげたいな』って言ってるの聞いて。お前を連れ出してあげたいと思った」

「…………」

 二重の意味で感動があった。

 俺の目指す寛光大学は、東京にある大学だ。合格すれば、当然ながら東京で部屋を借りて、札幌からは離れることになる。

 家庭教師である翰川先生は俺の合格を疑っていない。

 そして、サリーさんは俺の事情を聞いて気遣ってくれていた。

「なのにお前、断るから……ショックで泣きわめいて。ごめんなさい」

「大丈夫です」

「……ほんと?」

「ほんとです。……凄く楽しいですよ」

「光太、いいひと!」

 無邪気さと可愛さの癒し効果が凄い。はしゃいでオウキさんの元へ走り、抱き着いて報告している。

 オウキさんは二言三言交わしてから俺の方を向いて会釈した。

 なんだか、親子だなあと思った。



「ぺんぎん!」

 サリーさんもペンギン好きなのかな。

「何ペンギンですかね、あれ」

 名前が書かれた看板が人に隠れていて、見えない。

「フンボルトペンギンだよ。南米の太平洋側に分布してるんだ」

「へえ……腕についてるタグみたいなのは?」

 よく見ると、ペンギンの腕には薄ピンクのような小さな腕輪が通っている。

「お前は腕って言ったけど、あれは羽だよ。名前はフリッパー」

「あ、鳥ですもんね」

 直立二足歩行なのでなんとなく腕と言ってしまった。

「あのタグは個体識別のためのもの。タグでどのペンギンが誰っていう情報に合わせて、健康状態を記録する。人間で言えば、出席番号みたいなもんだ」

「確かに見分けが付きませんよね……」

 たくさんいる似たような顔かたちのペンギンたちは、気ままにプールを泳いだり日光を浴びたりしている。可愛い。

「特徴が大きな固体とかだとわかるけどな」

「でも、今まで見てきたライオンとかはタグついてませんでしたよ?」

 体の大きさとオスメスの違いはあったが、縮尺を同じにされたらわからないと思う。

「光太は一目見ただけのお客さんだからな。毎日のように向き合う飼育員は、顔立ちと性格と食の好みと仕草と……動物の色んな情報を知ってる。見分けもつくさ。でも、個体数の多い動物にはタグがあると便利」

「凄いなあ」

 ルピナスさんからこっそりと聞いたが、サリーさんは動物については論文を書けるほどに詳しく、元の世界でも、魔物を種として記録し体系づけて学問にした”偉人”のような人なのだとか。

 素人の俺の質問にもやさしく答えてくれる。

 楽しい。



「アプリを入れたら『自分にしか見えない解説文AR』が出るやつあるんだけど……」

「カトレアちゃんの授業つきなら、それより嬉しいかもね」

 ミズリは未だにカメラをその手に掴んだままだ。

 なんだかんだで、今回動物園に来た面子も風景に映している。

「ミズリも、光太のことは気にかけてるんだねえ。珍しい」

 ひぞれ以外興味ない変態なのに。

「それはもう。ひぞれを愛する同好の士だから……仲間として好感度が高いよ」

 これは駄目だな。光太に対して変態オープンマインド秒読みだ。

 え、光太って可哀想過ぎない? 唯一の常識人だと思ってた人が最高に異常な変態だって知らされるのヤバくない?

 俺だったら心折れるよ、その状況。

「オウキ失礼なこと思ってない?」

 振り向いてもいないのに殺気が飛んできた。

「やだなあ、大叔父さん。俺は大叔父さんのことを尊敬してるよお?」

「その語尾の伸ばし方は思ってるんだね」

 無駄に勘が良いなこの変態。

「父さん、ルピネちゃんにお土産買いたいから後でショップ寄って」

「そうだね。俺も大学方面にお土産買おうかな」

「ルピナスに罪はないから許してあげよう」

 変態を晒した身内に対してのミズリは、大抵こんな感じだ。

「はー……」



「リーネアには?」

「連絡がつかなくて。ひぞれにもメールしたら『今は難しいから、近いうちに折り返す』って」

「通信状態を常に気にするリーネアにしては珍しいね」

「というか、ひぞれからは聞いてないの?」

「『今は話せないが、僕を信じてほしい』って、電話口で……俺の奥さんが可愛い」

「……へー、そーなんだねー……」

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