6.帰還―小樽→札幌

最終日の朝

 今回の旅行は、楽しい思い出がたくさんありました。

 普段は話さない人たちと接したり、京ちゃんと佳奈子ちゃんと仲良くなったり。

 勉強会の休憩時間に先生たちが光太くんのトランプを借りて大富豪大会をしていたり、みんなで行ったお寿司屋さんではみなさんの食の好みがわかったり。

 ……ルピナスさんとお友達になれたり。



 最終日の今、旅館をチェックアウトした私たちは再び小樽の街に繰り出していました。

 ガラスのお店の他、洋菓子屋さんや海鮮物のお店にも行きます。

 京ちゃんと佳奈子ちゃんは、学校へのお土産だとか、それぞれの先生方へのお土産だとかをわいわいと選んでいます。

「……」

 一緒に見ようと誘ってもらったのですが、そういう気分になれず、謝って外のベンチに座っていました。……二人とも気を使ってくれて、いいお友達だと思います。


 私の掌の上には――ガラスのお店で買った小さな猫のストラップ。


 妹に買ったのですが、複雑な思いがあります。

「…………」

 私の実家である七海家は、魔術の側で権力のあった家。今ではいわゆる『干された』状態になっています。

 シュレミア先生が直に話をつけに行ってくれたそうなのですが、話し合いから帰ってきた先生は『あなたの妹だけ保護しました。姉と父母はゴミです』と言っていました。

 ……妹がこちらに来るのかと一瞬期待しましたが、出した手紙越しに『もう会いたくない』と言われて、そのまま。

「受け取って、もらえるかなあ……」

「誰かにプレゼント?」

「ほぅわぁあ⁉」

 振り向くと、光太くんがいました。

「お、おお……そんなに驚かれるとは」

「ごめんなさい……」

「大丈夫だよ」

 光太くんは、いつも明るく優しい人です。

 手には『みやげぶくろ』というシールが貼られた大きめなバッグを提げていました。

「?」

「あ、これ? 朝起きたらステッカーが貼られてて。犯人捜すのもあれだし……」

 私の手元のストラップを指さします。

「そのストラップ可愛いね。センスが紫織ちゃんっぽい」

「……ありがとう……」

「自分に土産?」

 最初は、そうしようかと思ったのですけれど……

「い、妹に……お土産です」

「妹さん」

 先生に頼んで、妹の美織に届けてもらえないかと思ったのです。

 今は会えないけれど、せめて。

「でも受け取ってもらえるか分からなくて」

 暖かくない家の中で、昔は美織だけが私に懐いて笑い合える関係でした。

 8年ぶりに顔を合わせた美織は『お姉ちゃんのせいでお父さんが怖くなった』と言って顔を背けました。

 直後にシェル先生に、『姉に何という言い草か』と締め上げられていましたが……

 それでも私を涙目で睨む美織は、私が居ない8年でどういう扱いを受けたか、想像するだに切なく。帰ってからルピネさんに縋りついて大泣きしました。

「……そっか……」

 光太くんは、私の家の事情を知っているそうです。

 踏み込むことはせず、私の傍に居てくれます。

「じゃあ、妹さんが受け取ってくれなかったら、俺がもらうよ」

「ふえっ」

 も、もももももらって……?

 どうして?

「紫織ちゃんの思いを受け取ってくれないなんて寂しいじゃん」

「ん、あぅ……」

 私が一人でわたわたとしていると、光太くんは手を合わせて照れ臭そうにしました。

「……というのは冗談で」

 《みやげぶくろ》から、小さな紙袋を差し出します。

「はい、これ」

「……」

 手のひらサイズの小さな箱。

「あ、開けても、いいですか?」

「うん」

 箱を開け、ガラスを保護する紙を剥がすと、ウサギさんの置物が顔を出しました。

 お座りしたウサギさんの白い体にはところどころ桜模様が入っていて綺麗です。

「このウサギさんは……?」

 私が聞くと、光太くんが苦笑気味に答えました。

「これは返事が遅れたお詫びでして」

「お、お詫び?」

「ほらその……紫織ちゃんが勇気出して謝ってくれたのに、『許す』も『許さない』も白黒つけなかったし……なんか紫織ちゃんっぽいなーと思って、さっきこっそり買ったんだ」

 光太くんは少し赤い顔で頬をかいて、私の掌の上のウサギを指で触れました。

 私の方こそ。彼の顔も見られなかった自分が申し訳なかったのに、こんなに気遣ってくれるなんて。

「遅れてごめん」

 ベンチの上で私に向き直って、頭を下げて。

「俺は紫織ちゃんのことを恨んでないから、これからも仲良くしてほしいです」

「…………」

「なーんて……って、おわっ。顔が涙で凄いことに⁉」

 慌ててタオルで拭ってくれる光太くんは、図書館で本を取ってくれたあのときからずっと変わらず優しいまま。

 やっぱり、私は光太くんが好きです。

 こんなにぐしゃぐしゃの泣き顔では、格好がつきませんけども。

「……っひぐ……」

「大丈夫?」

「だいじょぶっ……です……!」

 泣いているとずっと慰めてくれます。迷惑をかけてばかりだから、きちんとお土産を買ってお礼をしようと思いました。

「ありがとう……可愛いです」

「あ、良かった。それ、メモばさみらしいから。もしよかったら使って」

「うん」

 …………。

「……えっと。大丈夫?」

「はわっ」

 不思議なことに、光太くんが傍に居ると意識がはっきりしやすいです。

 もたくたと現実に帰還して、悩みを吐き出します。

「ほんとに、受け取ってもらえなかったら、どうしたらって……」

「さっき茶化した男が言うのもなんだけど」

 優しい顔で私に言い聞かせるように、光太くんは言います。

「いつか渡せるまで、紫織ちゃんが持ってるのが良いと思う。……どうしても辛いって言うなら、ルピネさんでもシュレミアさんでも、信頼できる人に預けたらいいよ」

 そういう考えも、あるんだ。

「気持ちの整理がつくのってかなり時間がかかるしさ」

「はい」



  ――*――

「紫織、良かったねえ」

「……そうね」

 ケイは相変わらずニブニブの鈍感クイーン。

 白昼堂々とクラスメートの男子から告白されても、『ありがとう、私も〇〇くんのこと大好きだよ! 友達でいてね』で撃破。

 なぜ知っているのかと言えば、京のクラスの3の2前の廊下のど真ん中で、そのやりとりをしていたのを目撃したから。

 彼女の精神状態を考えれば無理もないかもだけど……さすがにあれは〇〇くんが可哀そうだった(名前はプライバシーで伏字)。

「やっぱり、仲良きことは美しきかなだね!」

「そうね」

 本当にそうだ。

 昨日は深夜まで紫織と京とあたしとで話し合って、友誼を深めることができたと思う。途中、怒鳴り合いになったけど、きちんと仲直りできた。

 とても良い思い出。

 思えばこの旅行は、先生たちが生徒たちに経験させるために考えたものだったのかな。


 コウには、大勢で旅行をする楽しさを。

 あたしにはコウ以外の人との接し方を学ぶ機会を。

 紫織には自分を見つめ直すきっかけを。

 京には――忘れられないほど楽しい思い出を。 


 京の瞳の焦点が安定して、現実を見ているようになった。

 瞳がきらきらして――たぶんパターンの発動準備――そういうふうになることも少なくなって、今は本当にどこにでもいる人の目になった。

 紫織も少しずつ妄想の世界に行く頻度が減っている。

 コウは呪いが解けてからというもの、最近凄く明るくなった。呪いを受ける前のあいつに戻って来ていて、なんだか嬉しい。

「ん?」

 なんとなく、視界の端に虹銀髪を見つけて視線で追う。

「…………」

 シェル先生の謎は解けた。

 彼は、トランクに入り込むや否や――荷物の影の中に飛び込んで消えてしまうのだ。消えたときに一瞬だけ銀色の火花が散ったのは、スペルの発露かもしれない。

 リーネアさんが頭を抱えていた理由がわかる気がした。

 その彼はいま、自分の父親相手に頭を抱えている。



  ――*――

「なんで運転させてくれないのお?」

「誰が、無免許野郎に運転なんざさせるか……‼」

 ワンボックスは大人8人乗り。

 ルピネが『ルピナスと共に札幌に戻る』と言って姉さんを引き受けて行ってくれたから、トランクで冬眠状態のシェルを除外すればなんとか8人で収まる人数。

 面子が変わったとはいえ大人数の運転。

 若者たちが乗る以上は行きと同じく心を引き締めていこうと思っていたら、父さんが運転したいと駄々をこねだした。

 父さんは俺のレプラコーンの特性――『道具を万全に操れる』の元祖。

 俺と同じように、何の説明も練習もしなくとも、自動車ごとき乗りこなすだろう。

 だが、ここは日本だ。異種族と言えど無免許で運転しては違法。

 俺は故郷で姉ちゃんに教わったし、こちらでも法で定められた公的な運転免許を取得している。

「ぶーぶー」

「うるせえ黙って大人しくしてろ」

 言い争っていると変態ミズリが割り込んできた。

「ま、まあまあ、リーネア」

「何をとりなそうとしてんだよ、この状況で」

 無免許運転を見逃すことは身内の責任だ。

「たぶん、オウキは往復で運転するキミのことを気遣っているんだよ。その気持ちだけは汲んで、運転は俺に任せて――」

「出発するから全員乗れ」

 ミズリを運転席に座らせたら死人が出る。

「ひっ、酷いな!」

「ミズリもオウキも。リーネアの安心のために、ここは彼に任せよう?」

 ひぞれは極たまに常識人だ。

「帰ったら思う存分甘やかしてやればいいのだから!」

「やめろ。甘やかさなくていい」

 俺はここに居る大人面子の中では最年少。なぜかいつもみんなが俺を甘やかしたがるから、気恥ずかしくてしょうがない。

「そっかあー。じゃあ札幌行ったら甘やかそう」

「そうだね。オウキ、どこ座る?」

「悪いんだけど……ちょっと疲れたから助手席でもいいかな。ごめんね、ひぞれ」

「いいぞ。風を感じるといい」

「俺はキミほどスピード狂じゃないからなあ……」

 ミズリの運転が速くて荒いのは、実はひぞれが喜ぶからだったりする。

 ひぞれ自身は無自覚だし普通の運転でも文句を言わないから、ミズリの運転が悪いのはミズリのせいだ。

「先にエンジンかけてる。席決めててくれ」

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