少年ネガティブ

 検索サイトから手段を得た俺は、明らかな不機嫌さを隠しもしない夕焼け髪の少年(実年齢不詳の人外)と向き合っていた。

「張り倒していいか?」

「ちょっ……」

 初手から心を読まれた。

 しかし、俺も思考回路を読んでくる翰川先生と毎日向き合っている身だ。メンタルで負けてはいられない。

「通報します」

 暴力・恫喝をする人にはこの言葉が利くそうだ。

 が、リーネアさんは淡々と返してきた。

「……遠距離からの状況観察と、素早く適切な判断ができる味方がいないと逆効果だろ。下手すりゃ逆上させるから、『武器を所持する敵対者への刺激は最小限に』は鉄則だ」

 『お前がスマホ出す前に手足撃ち抜けるしな』と笑いもせずにつけ足して。

「……………………」

「冗談だ。そんな真似したら俺が捕まる」

 撃ち抜く芸当自体は出来るのか。実はこの人化け物なのでは?

 すでに膝ががくがくしているのだが。

「用って、何ですか。……俺を埋めるとか……?」

「……ひとつ言っとく。俺は殺すと決意したら何が何でも殺すから、わざわざ呼び出しなんてしねえ」

「だって呼び出しした方が確実に仕留められるじゃないですか」

「狙撃銃の存在意義をなんだと思ってんだろうな……」

「これはもう死ぬんだと思って、暑いのに腹にタオル仕込んできたんですよ」

「タオルで銃弾防げたら凄ぇわ。……ひぞれは何て伝えたんだあのアホ」

「俺に用があるんだってだけです。果し合いかと、」

 リーネアさんが俺の腹に貫手を突き込んだ。

「おごぶふっ」

 すぐに引き抜かれたが、腹の筋肉が何だか大変に痙攣しており、そしてとても痛い。

 のたうち回る俺を見下ろし、彼は蔑んだ目で告げる。

「果し合いってのは、力関係が等しい奴がやるべきだろ? 俺とお前じゃ虐殺にしかならねえよ」

「あがぅ、ぐ……」

 タオルが全く役立たなかった。質問サイトの嘘つき。

 あと、翰川先生も嘘つきだ。打撃技を使ってくるなんて聞いてない。

 リーネアさんの動きはむしろゆったりで力が入っている様子も見えなかったのに、その手は俺の腹にずぶりとめり込んだ。

 唾でも吐き捨てそうなくらいに俺を見下げ果てているのが伝わってきたが、救いの手が差し伸べられる。

 車から降りて来たのは、ふんわりとしたボブカットを揺らす美少女である。淡い水色のチュニックと紅茶色のキュロットは彼女によく似合っている。超かわいい。

「先生っ! 何で森山くんに暴力振るうんですか!」

「むしゃくしゃした」

「むっ……って、そんなのますます駄目ですよ!」

「流行りの言葉だってひぞれが言うから」

「変な学習しないで! 森山くん、大丈夫!?」

「だ、いじょぶ……」

 生まれたての小鹿のように震えながら立ち上がると、三崎さんが支えてくれた。

 挨拶したかったが、今の俺は呼吸をするので手一杯だ。

「ちっ……」

 舌打ちしたリーネアさんは、キーを引っ張り出しながら運転席に向かう。

「ケイ、そいつ後ろに乗せる。もう車の中で言う」

「あ、はい! ……森山くん。とりあえず、車に乗って。肩預けていいから」

 女の子に肩を預けられるとは何たる幸運だろう。

「光太。自力で歩かねえとトランクに積むぞ。そこまで深く打ってねえから歩けるだろ?」

「そう、ですよね。わかっていましたとも……三崎さんはありがとう。気遣い嬉しいよ」

 現実は俺に一切優しくない。



 乗り込んだワンボックスの中は、装飾もなく機能的な内装だ。

 車の持ち主で運転手のリーネアさんは暴力性に似合わぬ安全運転。

「……ドリフトとかしないんですか?」

 興味本位で問うと、端的な返しが来た。

「してほしいか?」

 ゆっくりとサイドブレーキに手をかけながら。

「いいえ!」

「じゃあ最初っから言うな」

 助手席の三崎さんが、おずおずとリーネアさんに問う。

「でも先生、前に高速でやってましたよね……?」

「煽られて不愉快だった」

 結局やってるんじゃねーか。

「このでかい車でよくやれますね……」

「なんかこう、感覚で……どんな車も似たようなもんだと思うし」

「そんな不確かなもので運転してるんですか!?」

 俺よりも、今まで彼の運転に乗ったことが多かろう三崎さんが驚いている。

 そりゃそうだ。

「? 前からそうだけど」

「免許は? 免許はあるんだよね!?」

「いちおう」

「一応ってなに……!」

 三崎さんが頭を抱えている。俺もけっこうな恐怖を覚えている。

 しかしながら、俺がそこを突っ込んだところでリーネアさんの態度はますます刺々しくなるばかりだろう。

 本題となる、彼の用について質問することにした。

「……翰川先生からは、『用がある』としか聞いてないんですよ。だから、勘ぐって変なことになったんです。何の用なんですか?」

「勘ぐりすぎだろ。てめえは俺を何だと思ってんだ」

「暴力の化身」

「ケイ、頭抱えて目ぇ閉じろ。そんで伏せてろ」

 ハンドルを離した左手に、虚空から出現した手榴弾が握られる。

「ちょっ……ば、爆発とかやめましょうよ!」

「閃光弾との区別もつかねえのか素人め」

「つかねーわ‼ どう考えたってリーネアさんにもダメージ行きますよね! 運転手ですよね!?」

「先生! 危ないからやめて‼」

 俺と三崎さんに言われたリーネアさんが舌打ちしつつ、手榴弾、もとい閃光弾をしまう。

「……別にパターン全開にしとけば目なんて見えなくていいんだがよ……」

 なんだか恐ろしいことを呟いておられるが、三崎さんに怒られるとなると彼は弱いようで、ハンドルを握り直した。

「光太。お前が口開くとイラつくから、言い切るまで黙ってろ」

「凄い理不尽ですね?」

「いいから黙れよ。後ろ向くまでもなく撃ち殺せるぞ」

 貝になることを決意した。

「……」

 今日は、信号に引っかかったり右左折をしていたりの普通の運転なので、前回のようなことにはならなさそうだ。

「っつーかよ。俺だけならまだしもケイまで居るんだぞ。何にも思い当たるところないのかお前」

 呆れてため息をつき、一拍置いて答えを告げる。

「墓参りだよ。……トランク娘とおっさんの」

「……あ」

 意識の隅にあった思いが引きずり出される。

「…………。もしかして最初から……?」

「そうだけど? なのにお前は果し合いだのなんだの訳わかんねえこと言うから、お前の頭にガタ来たかひぞれが適当なこと言ったかって思ったんだよ」

「……済みません俺一人の勘違いです……」

「ちっ……」

「で、でも、暴力振るうから怖がられるんだよ。もうちょっと他人に優しくした方がいいですよ」

 三崎さんが天使だ。

「お前、さっきのこいつの発言思い返してみろよ。直に喰らうと『そんなに殴ってほしいのか?』って絶対思うから」

「もー! そういうこと言うから誤解されるんですよ! 今回だって、翰川先生を経由してもらわないで森山くんに直にメールすればよかったじゃないですか!」

 彼の暴力性に誤解は一切ないと思うが、確かに俺も早とちりをしていた。

「い、いや。今回に限っては、俺が完全に悪いからさ」

「森山くん、委縮しないでいいんだよ? さっきだって、殴らなくっても言えばよかったんだから!」

「黙らせないと聞かなそうだったから」

「話し合いを放棄しないで!」

 ぷんすかする三崎さんがとても可愛い。

 緩みそうになる頬を律してリーネアさんに謝罪する。

「申し訳ないです。早とちりして」

「ニヤけ面キモい」

「どうしてたった一言で俺の心を抉り抜けるんですか?」

 彼はやはりドSだと思う。

 俺のメンタルが削られるばかりの会話をしながらも、車はスムーズに道路を走っている。区の境界の目印となる道路標識を超え、隣の区へ入った。

「……私たちの区じゃないんですね」

 三崎さんの呟きに、リーネアさんが心なしか俺のときよりも丁寧に答える。

「ん。南に近い、ちょっとはずれの方だな。そこの墓地に二人いる。……遺族に連絡しておいたから、墓手入れして花供えるくらいは出来る」

「……良かった。私、あのとき何にもできなかったから」

「三崎さんが電話繋いでくれたんだよね? 凄く助かったよ」

「実際に指示してたのは先生だよ。……走り切った森山くんも凄いと思う」

「いやあ、あれは……ただの運というか……」

 ぽつぽつと喋っていると、赤信号の隙にリーネアさんがスマホをいじっていた。

「?」

「……先生、どうしたんですか?」

「友達からメール」

 その言い方からして、翰川先生ではなさそうだ。

 スマホの電源を落とし、またハンドルに向き直る。

「あ、はい。お友達さんからですね」

「ん。ちょっと返信するから、脇に駐車するわ」

 彼は意外と真面目だった。

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