第七十七話:アルタというアイドル。
『アルちゃ~ん、聞こえてますぅ?』
ネムはアルタの心の中に語りかける。
『何よ?歌詞飛んじゃうでしょ!?』
『今はまだ大丈夫ですけどぉ~なんだか幸福エネルギーが増えるのより減るほうが早くてぇ~』
『どういう事?いつも通りやってるじゃない。みんなが幸せになれば…』
『多分ですけどぉ~他にやる事ある人達を無理やり歌で引き付けているのが原因じゃないかなぁ~と』
『…っ、つまり普段より消耗が激しいって事ね。それで?あとどれくらいいけそう?』
『う~ん。このペースでいくとあと二十分くらいが限界なんじゃないですかねぇ~?』
アルタは歌を止める事なく考えを巡らせる。
あと二十分という事は大体四曲前後でエネルギーの貯蓄が切れる事になる。そうなれば…そこから先はアルタ自身が身を切らなければならない。
『先に言っておきますけどぉ~私はあの悪魔さんみたいに前借り、なんて受付けませんからねぇ~?』
『ちょっと、どういう事?直接私からエネルギー吸い上げたらいいでしょ?』
『それじゃアルちゃんすぐ倒れちゃいますよぉ~もともと元気な方じゃないんですからぁ~。だからエネルギー切れを起こした時点で私は歌に力を乗せるのを止めますぅ~そこから先は自分で考えて下さぁ~い』
アルタはアイドル活動を始めた時からネムの力を使ってきた。その力無しで歌った事などないのだ。
その為、歌が一曲、また一曲と終わっていく度にアルタの声に震えが混じるようになり、観客達にもアルタの異変が気付かれ始めた。
そしてついにエネルギーがゼロになったその時、ステージ上で身動きが取れなくなってしまう。
「アルタちゃーんどうしたのー?」
「具合悪いのー?」
「アルちゃぁぁぁぁん!」
人々がアルタを心配する声、そして早く次の曲を、という期待に満ちた声がプレッシャーとなって襲い掛かる。
『アルちゃん、もういいんじゃありませんか?そもそも今回の件にアルちゃんが関わる意味、理由なんてないじゃないですか。人前で自分の力だけで歌うのが怖いならもう、今日のライブはやめちゃえばいいんです』
ネムは普段とは違い、真面目な声でアルタに問う。それでも続けるか、もう止めてしまうかを。
「…そっか。私迷ってたんだ」
マイク越しにそう呟くアルタに観客達はざわつき始める。
「みんな、私の話聞いてくれる?私ね、ほんとは…アイドルなんてそこまで本気でやるつもりじゃなかったの。…ううん、それもちょっと違うわ。やるからには本気でっていうのはあったんだけれど、そもそものやろうっていうきっかけが私はすごく薄いの。なんとなく行きがかり上仕方なくやる事になった部分もあって…それでユニットを組む事になって…だけど周りの子達はいつだって真剣で、私よりも歌が上手い子も居るし、それでもみんな必死にがんばってた。私はいつからかそれが怖くなっちゃったの。その子達の真剣さが怖くなっちゃったの」
次第にざわつきは大きくなる。突然こんな簡易的な会場で、今までやってきたライブの中にもっと規模の大きいものもあった筈で、それなのにこのステージで突然本心をカミングアウトし始めたアルタをどう受け止めたらいいのか観客も困惑を隠せない。
「それでなんだ。私が一人で活動する事にしたのは。だって自分だけでやってたら自分の真剣さや必死さが全てだって思えるじゃない?もっともっと凄い努力をしている人たちを見なくて済むじゃない。だから…私は一人で活動するって事に逃げていたんだ。別に後悔はしてないし、これからも一人でやっていくんだって、そう思ってる。だけどね、私はそうやって私以外のアイドル達に後ろめたい気持ちがあったの」
実際はアルタが力を使っている事で、必死に頑張っているアイドル達よりもアルタの方が注目を集めてしまっている事そのものに罪悪感を感じていた。そこから目を背けて考えないようにしてきたのだ。
「ごめんね。こんな話いきなりされてもみんなだって困るよね。だけど言っておきたかったんだ。多分私、次の曲でみんなをがっかりさせるかもしれない。私ね、今まで歌えてた時の私じゃなくなっちゃうの。意味がわからないでしょ?だけど、本当なんだ。多分次の曲が本当の私。だからね、本当はもう今すぐにでもここから逃げたい。アイドルなんか辞めてどっか遠くにいっちゃいたい。…だけど私はもう逃げないって決めたんだ。どんな結果になったって、受け止める。そのままの私を、今出来るすべての私を歌にこめるから。聞いてほしい」
会場のざわつきはもう静まっている。皆、アルタの次の言葉を、次の曲をまっている。
「新曲だよっ☆タイトルは…」
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