第七十三話:潜入。
事前に泡海に教えてもらっていた通りトイレには使用禁止の張り紙がしてあった。
これだけ人が集まっていてはトイレに列が出来てしまうかもしれないしそのままにしておいてはこの入り口は使えなかっただろう。勿論集まった観客用のトイレはきちんとしたのを設置してある。
その実行力と経済力は異常だ。が、そのおかげでこの作戦が実行出来るわけで…有栖には感謝しないといけないだろう。
人目を出来るだけ避けてこっそりと女子トイレの方に入り一番奥にある掃除用具入れを開ける。
掃除用具入れとは名ばかりで、ブラシやモップのようなものは見当たらない。壁に水道が付いているだけだ。
どうでもいいがこの組織は大事な入口は掃除用具入れに、という決まりでもあるのか?
とにかく掃除用具入れになっている扉の中に入り、受け皿の大きな水道の右側のタイルを適当にいくつか触ると、一つだけ押し込めるタイルを発見。それを思い切り押し込む。
すると水道が付いている壁ごとぐるりと、まるで忍者屋敷の回転する壁みたいな感じで裏側に通路が現れた。
なるほど、だから掃除用具が無いのか。何かしら道具が置いてあったら壁が回転する際に巻き込んで途中で回らなくなるかブラシなどがへし折れるかどっちかだろう。
むしろへし折れて撤去したのかもしれない。
「んじゃ行ってみよー♪」
ハニーが俺の手を引いて奥へと進む。
通路はすぐに下り階段になっていて、一本道のようだ。
これってこの階段に監視カメラとかセンサーとかあったら一発で潜入がバレるしここで誰かが待ち構えていたらその時点でアウトだろ…。
泡海がそのあたりを気付かないわけがないので、おそらくこの通路にカメラ等は無い…と信じよう。
それに、もしかしたら入口専用で出口は別にあるのかもしれない。それならば入るときさえ気を付ければここで人と遭遇する確率は低いだろう。
非日常的な状況に緊張しているのかいろいろ余計な事ばかりを考えている気がする。
今は心配よりもその先の事を考えなければ。そもそも泡海と多野中さんが先に入ってるんだから万が一ここに誰かがいたとしても排除されている筈である。
階段は何度も折れ、ひたすらに地下へと続いている。もうかなりの距離を下ったんじゃないだろうか。地面を掘り返したとしてもさらに地下にあるから問題無い、と言っていたのを思い出す。
階段は、そこからさらに倍近く下ったところで終点になり、一枚のドアが立ちふさがっていた。
ここからが本格的な基地になっているのだろう。
思い切ってドアノブを捻る。…が、びくともしない。
「…あれ?これ開かないぞ?」
「でも先輩達はここ通っていったんだよね?何か仕掛けがあるのかもなんだよ」
ハニーがあちこちを調べ始める。
その間に俺も考えてみる事にした。こんな扉があるならなんで泡海は説明しなかったんだろう?もしかしたら自分達だけでどうにかするつもりなんじゃ…?でもそうなら有栖を一緒に連れていく意味が分からないのでその線は薄い。
だったら突発的なトラブル?警備を強化するにあたってドアを変えたとかかもしれない。だとしても泡海達は突破できているわけで、何かしらの開ける方法が…。
「うん、おとちゃん、開け方わかったんだよ」
「マジか。流石ハニー!」
俺がごちゃごちゃ考える必要もなかった。
気付いてみれば簡単な仕掛けで、いや、仕掛けと呼べる代物でもない気がする。
俺がドアというと鍵を差し込んで開けたりするものを連想していただけで、このドアの仕様が違っただけだったのだ。
ドアノブの中央に丸いでっぱりがあり、それを押すとロックが解除される。ただそれだけのものだった。
こういうドアは昔見たことがあるが、普通そのでっぱりはドアの内側のノブについていて、押すとロックがかかり、内側からドアノブを捻ると解除される、ってものだったと思うんだが…そもそも外からそれを押すだけで解除されるドアってなんの意味があるんだ?謎である。
階段もこのドアの前も一応照明はあるが薄暗いので、万が一紛れ込んでしまった一般人とかがドアを捻って、あー鍵かかってて入れないやーって諦める事を想定しているのだろうか…?よく見なきゃ確かに分からないものだが…。
いや、待てよ?これは外部からの侵入を阻むものじゃなくて、侵入した輩を外に出さないためのものなんじゃないのか?
ハニーがドアを開けて中に入ったので俺はその考えを確認してみる。
「ハニー、一度ドア閉めてみてくれ」
「ん?どして?…まぁいいけど、じゃあ閉めるよー?」
ハニーが向こう側からドアを閉めると、押し込んでいたでっぱりがまたぽこんと出てくる。
「ハニー、そっちからドア開けられるか?」
「えっと…あれ?開かないや」
やっぱりそういう事なのだ。俺の考えが正しければこのドアはこちら側からしか開けられない。入ったら最後出てこれない。
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