第五十八話:泡海の告白。


 アルタの声を遮って突然割って入ってきた声の持ち主は、今探そうとしていた人魚泡海その人だった。


 いつの間にか俺の部屋のドア前まで来ていたらしい。


「アンタよくこんな所に顔出せたわね。んで、いつから聞いてたの?」



 アルタは泡海にいい感情を持っていないらしい。泡海にとっては大層悲しい事であろう。



 案の定泡海は悲しそうな顔をしてから、「貴方達二人で子作りをする話あたりからよ」と言った。大分投げやりな感じに聞こえるのはどういう心理からなのか俺には分からない。



「ちょっ、そんな話してないしっ!」



 アルタは顔を真っ赤にして怒る。その顔を見つめる泡海はどこか悲しそうな、嬉しそうな表情をしていた。



「と、とにかくっ!アンタを探そうとしてたところだからちょうどいいわ。あの悪魔をいったいどうしたの?」



「…それを、説明しにきたの」



 未だに顔を赤くして泡海を睨みつけているアルタを素通りして俺の隣に座ると、ゆっくり語り始めた。



 泡海の所属する組織の事、秘密を握られて脅されている事、そして、組織の命令で悪魔が弱った瞬間があれば与えられた封印器で捕獲を測れという命令だった事。



「…それ本気で言ってるの?秘密組織とかマジでアニメかって展開なんだけど」



「そういうの嫌いじゃない癖にぃ~」



「うっさいネムは黙ってて」



 俺も最初に組織の事を聞いた時は冗談かと思ったが、あの爆発の事や白雪を封印する手段を持っていた事も含めて考えると割と笑えない相手のようだ。



「それでね、私は乙姫君、貴方にお願いがあって来たのよ。こんな事を頼める立場じゃないのは分かってる。分かってるけど…お願い」



 大体泡海の状況は分かったし、板ばさみで苦しんでいたのだろう。泡海は特別白雪の事を憎んでいた訳でもなければ敵視していた訳でもない。それは今までの態度で分かっているつもりだ。



 泡海の抱える秘密は…まぁおおよそ世間に流出するわけにはいかない類の物なのでそれをネタに脅されたらいう事を聞かざるを得ないのかもしれない。



 だから泡海がここに来てお願いがあると言った時点で大体何を言いたいかは察する事ができた。



「組織の私が所属する支部だけど、そこをぶっ潰すの手伝ってくれないかしら?」



 …あれ、ちょっと違った。



 てっきり証拠を盗み出せとかそういう類だと思ってたのに潰せと来たか…。



「ほんとアンタが頼める内容じゃないわね。でも平気で爆発物を遊園地に仕掛けるような奴らでしょ?私も気に入らないのは確かだわ」



「…え?アルちゃんも、手伝ってくれるの…?」



 アルタの言葉に泡海は心底驚いたようだった。いつものアルタ教信者みたいな目に戻っている。



「別に手伝うなんて言ってないわよ。アンタの事は今でも腹立ってるし。でもね、私のステージを見に来てた客もあの中に居た筈でしょ?そんなの許せる訳ないじゃない。ぶっ潰すなんて楽しそうな事首突っ込ませなさいよ」



 泡海は、目と鼻からだらだらと液体を垂れ流しながら「あ、あじがどう!」とアルタに抱きつき、「きたねぇ!離れろぉ!!」と叫ばれていた。



 …俺まだどうするか返事してないんだけどなぁ。



 まぁ、白雪がとっ捕まってるっていうならなんとかしなきゃいけないし、協力するのは構わない。ただ、



「方法は何か考えてるのか?」



 泡海はしばらく嫌がるアルタをもみくちゃにしながらぐずぐずと言っていたが、少し落ち着いてくると次第にハァハァ言い出したので強制的にアルタからパージする事にした。



「ちぇっ…至福の時だったのに…。それで、何だったかしら?」



「方法だよ方法。そんなヤバイ組織ならぶっ潰すにしたって作戦が必要だろう?結局何をどうしたら潰した事になるのかも良くわからないし」




 泡海はしれっと「そこまで考えてないわ」と言い放つ。




「方法はこれから考えるわ。でも貴方は白雪さんを取り戻せて、私はあの糞支部長から解放される。悪くない取引じゃない?」


「そして私は気に入らない奴らをぶちのめせるってわけね」


 アルタもやけに乗り気なのが気になる。一応アルタの言い分自体は分かるし、協力してくれるに越したことはないのだが…。いったいどうしてそこまでするのだろう。



 アルタにとっては先日少し面識を持っただけの間柄で、自分の立場を考えると危ない事に首を突っ込むメリットがあるとは思えない。



 先ほど言っていたファンを傷付けられた事が理由なのだろうが、それが全てとは思えなかった。


 …あぁ、白雪が帰ってこないと俺が負債を返せない。それが返せないとアルタの契約破棄が出来ない。そんなところか。



 一人で妙に納得していると、聞きなれた声が部屋に響いた。



「話は聞かせて貰いましたわっ!そういう事ならわたくし達も協力いたしましょう」



「まぁ、白雪さんが居なくなって元気の無いおとちゃんはあまり見たくないんだよ」



「テロリスト退治か…流石にそこまで大きな相手とは戦った事ねーなぁ。久しぶりに腕がなるぜ」



 いつの間に来ていたのか有栖、ハニー、咲耶ちゃんが揃って俺の部屋に現れた。

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