第五十四話:星月乙姫の場合・2
…冗談じゃない。
気が付くのが遅れてしまったがゆっくり、ゆっくりと観覧車がバランスを崩し始めていた。
爆発に巻き込まれた人たちもいてあたりには血が飛び散り、泣き叫ぶ人も沢山いた。大人も子供も関係なく恐怖に包まれている。
なんなんだこりゃあ…
「おい、やべぇぞ観覧車が倒れてくる!」
咲耶ちゃんが俺たちに大声で伝えようとしたが、その声はもちろん周りの大多数にも届いていた。。
阿鼻叫喚という言葉が相応しいのだろうか。動ける人は一目散に逃げ出す。
怪我をした女性を置き去りにして逃げ出す男。
子供を置いて逃げ出す親。
泣き叫ぶ取り残された人達。
もはや泣き叫ぶ事すらも出来ない反応の無い人達。
どうしてこんな事になった。
いや、原因を探っても意味がない。そんな事より今する事は…。
「白雪!」
「おとちゃん、ダメなんだよ!」
俺のやろうとしている事が解ったのか、ハニーが俺を止めようとする。
ありがとな。でも、こうしないと沢山の人が死んじまうよ。それほっぽって逃げたら、明日から飯が不味くなる。
「こ、これは…いったい何ですの?何がおきてるんですの?わたくしが、観覧車乗りたいなんて言わなければ…」
有栖が泣きじゃくる。咲耶ちゃんが必死にそれをなだめようとしてくれていた。
咲耶ちゃんはいい先生になったなぁ。
「乙姫君、これは、もしかしたら…」
泡海が必死に何かを訴えようとしてくるがそれに対し首を横に振って制止する。
もし泡海の組織が関係していたとしても泡海は関係ないだろう。
なら責めるのは筋違いだし責めても何も変わらない。
「白雪、言いたい事はわかるよな?」
神妙な顔付きで白雪がこちらに振り向く。
「ダメじゃ。こんな大惨事を無かった事にしようなどと…もう前借はできんぞ?お前の友人たちだけなら助けてやる。それで我慢するのじゃ」
それじゃ、ダメなんだよ。
「いいから白雪、やってくれ」
「話聞いとらんかったのか。無理じゃ!今これほどの望みを叶えたらお主の寿命は半分以下にまで…」
白雪も宿主が死んだら困るだろうな。と思ったのに死なずに済むのか。なら安いもんだ。
「でもこれしかないんだ。頼むやってくれ」
「嫌じゃ。お主の頼みでも今回はダメじゃ!」
今にも観覧車が倒れてきそうだ。
俺たちだけなら、すぐに動けばまだ逃げられるかもしれない。
でもこの沢山の動けない人たちを運ぶ余裕はない。
それに既に最初の爆発で犠牲になった人もいる。
「それにじゃ、死んだ人間はもとには戻せんぞ!」
「…だったら、時間を巻き戻してくれ。時間を巻き戻して、その間に爆発した場所に行って爆弾なんとかしてくれよ。泡海、出来るか?」
「…っもし、時間が巻き戻せるとして、私の記憶まで巻き戻らないのであれば何とかしてみせるわ」
まったく。頼もしい限りである。その組織とやらでどんな訓練受けてるんだか。
「おそらく記憶は大丈夫だとおもいますよぉ~?むしろ記憶まで操作ってなるとさらに大きな力が必要になっちゃいますしぃ~」
ネムさんがこんな時でものんびり教えてくれる。
「…だ、そうだ。白雪」
「…お主、時の流れに逆らうなど正気かえ?間違い無く死ぬぞ」
あー思い残した事ありまくるぜ!
死にたくねーなー
でも事故に遭うとか苦しい死に方じゃないだろうし一瞬ならいいかなぁ。
「アンタ何馬鹿な事考えてんの?早く逃げればいいじゃない!」
アルタが叫ぶ。会ったばかりの人間を心配してくれるなんてなんだかんだ優しい所あるじゃないか。
…いや、俺が死んだら悪魔の力で契約解除できないからか?気付きたくなかったな。
さっきの言葉には普通の心配って意味も含まれてると信じたいもんだ。
「悪い、どうせ死ぬならそっちの契約解消してやりたいけど、どうもできそうにねぇや」
「アンタ…」
それより優先しなきゃいけないもんがあるんだからしょうがねぇよ。
「絶対ダメなんだよ!おとちゃんが死んだらボクは…絶対にさせないんだよ」
ハニーは許してくれないだろうな。
「ハニー、いつも俺の傍にいてくれてありがとな。でも今は我がまま聞いてくれよ」
「…ずるいよ。嫌われてもいい、絶対に嫌だ。そんな事させないから!」
泡海の制止を振り切ってハニーが俺に向かってくる。
気絶させてでもやめさせる気、なんだろう。
「白雪!急げ!」
「…くっ、この…馬鹿もんがぁぁぁっ!」
世界がホワイトアウトする。頭の中をこねくりまわされるような感覚。
吐き気が酷い。気持ち悪い。
なんだよ全然楽に死ねねぇじゃねーか。
巻き戻ったとして、どのくらい猶予が出来るのか分からないが、泡海に任せた。頼んだぜ。
天使も近くに居るわけだし最悪の場合なんとかなるだろう。
っていうか最初からそっちに頼めばよかったんじゃ…
今更気付いて笑えてくる。まぁそんな大きな願い事するって事はそれだけの損失を相手に押し付ける事になるわけで、そんな事はできないわなぁ。
あぁ、死にたくねーなぁ。
せめて最後に…
人工呼吸してくれたのが誰だったのか、誰か教えてくれよ。
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