第四十九話:彦星アルタの場合・1
彦星アルタは迷っていた。
あの少年、星月乙姫とはいったいどんな人間なのか。
最初はただの悪魔が取り憑いた変態痴漢男くらいにか考えていなかった彼女だが、海寄ランドで起きたあの一件以降分からなくなってしまったのだ。
基本的に彦星アルタという人間は他人の事などまったく興味が無い。
自堕落に自室に籠り大好きなアニメを見たりゲームをしたりして毎日を浪費して行く事を至上の喜びとしていた。
少年の事を好意的に考えている訳ではなく、ただ自分が出会った事の無い不思議な生き物として非常に興味深く感じる。
アルタは今までの人生において命を懸けてまで他人に関わろうとする人間を知らない。
幼少期のアルタは荒んだ家庭で過ごしていた。
生まれた時はどうだったのか、それは覚えていないが、物心ついた頃には父親は既に他界していた。
母は娘を育てる事を放棄し、毎日毎日ただひたすら遊び歩いていたのだ。
何度となく知らない男を家に連れて帰ってくる母親が、アルタには自分と違う生き物に見えた。
ただ本能の赴くままに楽しい事だけをして生きていく母を、不思議な事だがアルタは尊敬していた。
勿論人として、ではない。
生き物としてそれがあるべき姿なのではないかと思ってしまったのだ。
自分の事を放置している事に関して寂しさが無かったといえば嘘になる。
だが、母のその逞しさは自らの将来を明るく照らしていた。
自分も思いのまま生きていけばいいのだ。と。
やがてアルタの母が再婚すると生活は一変する。
新しい父親と母の仲が良かったのは最初だけで、一年もしないうちに新しい父は家に寄り付かなくなる。
相変わらず母も子育てなどするつもりは無い。
だが、今までの生活と一番違っていたところは、新たな家庭はお金があった、という事であろう。
アルタは学校にも行かず家に引き籠る日々を続けたが、それを咎める人間は誰もいない。
家政婦が一人いて、日々の食事や最低限の身の回りの世話をしてくれる。
欲しい物は父のカードを使っていくらでもネットで調達できた。
毎日が天国だった。
アルタはその幸せの巣からいつまでも飛び立つ事なくそのまま骨を埋めてしまおうと決意していた。
やがてアニメやゲームにどっぷりと浸かり、日がな一日それに溺れる毎日を繰り返していく。
そうやって、アルタは自分の事だけを考えて生きていく術を身に着けていった。
他人はどうでもよく、ただ自分の幸せだけが続けばそれでよかった。
そして、新しい父も母も自分の事だけを考えて生きている。素晴らしい。
人間とは、そういう生き物だったのだ。
集団ではなく、個が集まっているだけだと、幼いながらアルタは確信してしまった。
家政婦もそうである。ただ与えられた仕事のみをこなし、必要な事以外は一切やろうとしない。
人はそれを怠惰だと思うのだろうか?
アルタはそれは違うと思っている。
やるべき事はきちんとこなしているのだからそれ以外の事などする必要がない。
きちんとそれを解っているのだ。
つまり、それが人間だ。
人間とはそういう生き物なのだ。
そうやって毎日自分の楽園で幸せな日々を過ごしているある日の事、それは現れた。
正確には落ちてきたという表現が正しいだろうか。
アルタがゲームに夢中になっていると、突然家が停電に陥った。
その時はオンラインゲームに夢中になっていたため、アルタの顔面は蒼白になる。
回線が切断されてしまった以上既に手遅れなのだが、アルタはしばらくパソコンの前から離れる事が出来なかった。
それがアルタの人生でも上位に入るショッキングな出来事である。
人と価値観がズレているのは何となく本人も理解していたが、アルタから言わせると他人はすべて仮面を被って生きている。
こうでなければいけない。こうするのが普通だ。だからこれはしてはいけない。
そんなものはただの思い込みであって人間の本性、根っこの部分は個なのだ。
己さえ幸せならばそれでいい。
人間とはそういう生き物だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます