第四十三話:舞華権座衛門の場合・2
そんな事を夢想しながらページをめくっていくと、肩を落とすような事実のみが記されていた。
数年後天使が遺体も残さずに風に溶けるようにして消滅したこと、その当時一歳にも満たない父はその後天使の力等は一切受け継いでいない事。
天使の力が尽きかけていたせいもあるのかもしれないが、生まれてきた子は普通の人間だったという事である。
この日記に記されている事が本当ならば、権座衛門は天使の孫にあたるわけだが、それと同時にやはりただの人間なのだ。
それからは自分が超常の物、つまり天使、あるいは悪魔、およびそれに勝るとも劣らない何か不思議な物に出会いたい。
そう思うようになった。
父が何の仕事をしているのか知ったのはその頃である。
世界中を飛び回り遺跡発掘や調査を仕事、というより趣味でやっている。だが父はオカルトに興味があるわけではなく、発掘する事自体がが好きなのだそうだ。
だったら出土した変わった物は全部自分にくれないかと権座衛門が提案したところ、そんな物がプレゼント代わりになるのならいくらでも、と父親も上機嫌だった。
初めて父親との親子的なコミュニケーションができた瞬間である。
それからは父が送ってくる怪しい品を調べたり試したりを繰り返す日々が続く。
だが、それも数年を経過するとだんだんと諦めに似た感情が権座衛門を蝕む。
何も進展しない、子供がいくら調べたところで何もわかる筈がないのだ。と、自分に出来る事の限界に始めて気が付いてしまった。
一時期はオカルトから興味が失せた時期さえあった。
そして、その頃を境にして権座衛門は外に出るようになった。隣人が煩かったからというのもある。
隣の家に住んでいる星月乙姫、彼は知能も行動も小学生低学年相応であり、やたらと自分に絡んでくる。
たびたび家に迎えに来ては、一緒に学校へ行こうと誘ってくる。
何度も断っているのにずっと。ひたすら家に押しかけてくる。
ついには根負けして外へ出る事になった。母親が乙姫を家にあげてしまったのだ。彼は遠慮もせず書斎にまで入ってこようとしたのでそれをやめさせるためにも仕方なく言う事をきく事にして、その日から行きたくもない小学校生活が始まった。
無邪気で諦める事を知らない彼の事が正直言ってうざったく思っていたが、それと同時に羨ましいとも感じていた。自分はきっと難しい事を考えすぎて動けなくなっている。余計な事に縛られて自由を失っている。
やっと自分の生まれた経緯を知る事が出来ても、何一つとして変える事が出来ないもどかしさ故に、自由な彼が羨ましかったのだ。
権座衛門は子供が嫌いだ。大人は空気を読んで言いたいことを飲み込む事ができる。
だが、子供というのは残酷である。久しぶりに学校にやってきた変な名前の生徒はクラスにとっての異物であり、攻撃の対象となった。
乙姫はそれを事ある毎に庇い、生徒達に怒鳴り散らす。権座衛門はそれをいつも冷めた眼で眺めるのだ。
なぜこの少年は他人の為にそこまでするのだろう。
隣人だからだろうか。それとも、勝手に友達だと思い込んで守らなければなんて使命感に駆られているのだろうか。
どちらにせよ下らない。やっぱりこの世は糞ったれだ。
そう、思っていた。
だが、星月乙姫という人間は権座衛門が知る子供とは、知る人間達とは、どこか違っていた。
彼も男として変な名前を付けられてしまっていて、それを気にしているらしい。乙姫と呼ばれるのを非常に嫌がる。
少しだけ自分に似ているのかもしれない。そう思ったのがきっかけだっただろうか。
彼とだんだん話すようになってきた。そして解った事だが、彼は決して馬鹿ではない。知識は確かに自分とは比べ物にならないほど少ないだろうが、それでも行動理念は一環していて、自分を曲げる事を良しとしない。だが頑固というわけではなく自分が間違っていると解ればきちんと認めて謝る。
そういう人間の素直な部分を凝縮したような生き物は動物以外で始めて出合った。
ある時、権座衛門をいじめていた生徒の一人が他の学年から兄を教室に連れてきた。
自分の力で相手を制する事が出来ないと判断した時に子供がよくやる手である。
権座衛門はそういう人間を心底軽蔑していたが、そんな相手に暴力を振るわれたとしても、そんなものは一過性の痛みに過ぎず少し我慢していればあっと言う間に開放される。
流石に殺すまで殴ってくるような馬鹿はそうそう居ない。
だが、権座衛門は初めて知る事になる。
自分の知人…友達が傷付けられると言う事がどれだけ腹立たしい事なのかを。
いつものように自分を庇って乙姫が権座衛門の前に出て上級生と対峙する。
「乙姫くん、そういう事しなくていいんだよ。怪我しちゃうよ?」
「うるせー。おれがやりたいよーにやってるだけだよ。それに乙姫ってよぶな権座衛門」
権座衛門の心がざわつく。イライラした怒りの感情がこみ上げる。
このわからずやの友人、もう友人と呼んで構わないだろう。彼に対して自分が怒っている。その事実が不思議でならない。
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