第二十三話:いろいろアレな教師。

 放課後になるのを待って相手を教室に呼び出した。この時間なら大抵の人達は部活動で教室なんかには立ち寄らない。邪魔される事なく話ができるってものだ。



「どうかな?もちろん暇だったらでいいよ。一応引率って事で」



「まったく、引率が必要なほどガキじゃねーだろがー。まぁ久しぶりに海寄ランドってのも悪くはないわな。うん、まぁいいだろ。時間作ってやんよ」



「ありがと咲耶ちゃん



「咲耶ちゃんゆーな。織姫せんせな?」




 そう、俺が誘いにきたのは織姫咲耶先生である。



「海寄ランドか…しっかし懐かしーなぁ。一緒に行こうなんて言うからまた愛の告白でもされるかと思ったわ」



「しねーよ!いつの話してんだよ」



「んー?小学三年くらいだったか?あの頃のお前はそりゃもう可愛くってなぁ。思い出すだけでよだれが出てくる」



 にたにたと笑いながら言うこの人は、俺が幼いころに恋をした近所の咲耶お姉ちゃんなのだ。昔はよく一緒に遊んでいて、いろんな処に連れて行ってくれたしいろんな話もした。そして俺はコロっと恋に落ちてしまったわけである。忘れたい過去のような、忘れたくないような。そんな複雑なアレである。思春期なのだから大目に見て頂きたい。



「あくまでも引率って事でついてくだけだぞ?妙な期待なんかすんなよー?」



 そう笑いながら俺の鼻を指でツンと突いてくる。わざとやってんのかこの女。可愛いなぁくそが。



「あーお前からかうと面白いわ。もう別れて何年にもなるのにな。しばらく会わない間に随分やさぐれたなーっと思ったもんだが中身はそれほど変わってねーな」



 当時、幼い俺は勢いで「俺のお嫁さんになってよ」なんて口走り爆笑されたのだった。でも、今になって思えばありえない話なのだが、「結婚はさすがに無理だろーな。でも彼女にならなってやってもいいぞ」と、まぁ。俺たちは付き合っていたのである。



 とはいえアレは幼い俺をあしらう為の方便だったかもしれず、当時の事を思い出す度に俺はモヤモヤが増していくのだ。



「前から聞きたかったんだけど咲耶ちゃんはどこまで本気だったのさ」



 つい、今まで聞けなかった事が口から零れる。一瞬激しく後悔したが、よく考えたらここでからかっただけだとか、本気にしたの?ばかじゃねーのなどと言ってくれた方が俺の中で長年燻ぶっていた何かがすっきりする気がした。



「あ?付き合ってたのがか?」



 あ、ちゃんと付き合ってたんだ?



「勿論本気も本気よ。本気って書いてマジだぜー♪ひゃっひゃっひゃ」



 よくわからない声で笑う咲耶ちゃんに俺はパニック状態だった。



「ちょ、ちょっと待てよ。本気なわけないだろ?当時あれだけ年齢も離れてたし、何より俺を振ったのは咲耶ちゃんじゃねーかよ」



「咲耶ちゃんゆーなっての。…まぁいいや。てかあたしが振った覚えなんかねぇんだけどな」



 どういう事だ。俺は振られてなかった?んなアホな。冷静になれ、クールになって当時の事を思い出してみよう。たしか…





『咲耶ちゃんはなんで俺と付き合ってくれたの?まだ子供なのに』



『あたしな、今のお前だから付き合ってるんだぜ?中学生や高校生になっていくお前の事を考えると今から虫唾が走る』



『虫唾ってなに?』



『考えたくもないくらいに最悪って事だ』



『俺が大人になると嫌なの?』



『無理』



『大人になっても一緒に』



『ぜってー無理。ありえん』



『…そっか』



『ん、そういう事だからじゃーな』







 …んんん…?かなりリアルに思い出せた筈だ。完全に振られてるよ、な…?自分に自信がなくなってきたぞ。



「やっぱり振られたよな?」



「振ってねーって言ってんだろしつけーな。なんか急にあたしが家に誘いに行っても会ってくれなくなったんじゃねーかよ。思い出したら腹立ってきた殴るぞテメー」



 頭の中がはてなマークでいっぱいになる。確かに俺は一緒にいるのが無理って言われて、



 振られたのに家にくる咲耶ちゃんが何考えてるか解らなくなって…そうだ、からかわれてる気になって腹が立ってたんだ。



「会ってくれるまで行くつもりでいたのによ、二階の窓あけて、別れたんだからもーくるな!って怒鳴られてよ。アレは腹が立つというよりもショックだったぜ…失恋ってこういうもんなのかーってしばらく鬱になってたな。もう開き直ってるしお前ももう高校生だ。過ぎた話だからどーでもいいけどな。お前とこの学校で再会した時も元気でやってるみたいでよかったなーって感じだ」



 言った。確かに言った。でも…



「あれは咲耶ちゃんが俺と一緒にいるのが無理だっていうから振られたんだと思って、もう別れてるつもりになってたから…」



「…え、そうなの?あーなるほどねぇ」



 咲耶ちゃんが意外だったという顔で驚くが、こっちからしたらそれが意外だよ。



「なんだ、じゃああんときまだ相思相愛だったって事じゃねーかよ。勘違いで距離置きやがって。やっぱり殴る」



「いやいやいや、もし万が一その時の事が誤解だったにしてもだ。咲耶ちゃんが言ったんだぜ一緒にはいられないって。あれどういう意味だったんだよ。納得がいくように説明してくれ」



 急に相思相愛なんて言葉を出されても焦る。確かにあの頃は本気で好きだった。咲耶ちゃんも本気で好きだったって意味だよな。んでその相手が今目の前にいて、誤解が解けたら、どうなる?どうなってしまう?俺は…



「んぁ?そりゃそのままの意味だろ」



 …は?



「ずっとは一緒にいらんねぇって事だよ。もともとお前が中学入るくらいには別れる気でいたよ」



 なんじゃあそりゃあ。



「しょ、少年の心を、恋心を弄んだのか?」



「んな訳あるか。あたしはいつだって大真面目だっつーの」



「なら、どうして…」





 俺は、出来ることならその後の言葉は聞きたくなかった。いろいろな意味でだ。



「あたしはな」



 それを聞いてしばらくの間、俺はその言葉が頭の中を駆け巡る事になる。聞かなければよかったと本当に後悔する事になる。




「ショタコンなんだよ」




 マジで俺の周りには変な奴しかいねぇ。


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