エピローグ2
「私は戦場へ向かいます。それはとても過酷な戦いとなるでしょう。そんな中で私が生きていられる可能性は決して高くありません。今日、これがあなたと会える最後の機会かもしれません」
「……」
「だからお願いです。もう、私に囚われないで下さい。私の事は忘れて下さい。あなたには、違う誰かと恋に落ちて、違う誰かと幸せに暮らしてほしい」
胸の奥を抉る言葉。
今にも泣き出しそうな目で告げられた言葉に、俺の目頭も熱くなった。
だけど俺はそれをぐっと堪える。
「イブ……悪いがそいつは、約束できない」
「え……」
「お前を忘れるなんて事は絶対にない。これから先もずっと」
「龍太……」
「俺はここでお前を待ち続けるよ。何年、何十年でもな。約束しただろ?いつか、一緒に宇宙を旅するってさ」
イブの目に溜まっていた涙が溢れ出した。
「……本当に変な人達ですね……地球人は……」
「それが地球人らしさなのかもな」
「はい……」
イブは涙を拭う事もせず、俺の胸に飛び込んでくる。
長く美しい水色の髪が風に靡いて揺れ、鼻をくすぐるいい匂いが感じ取れた。
「こんな気持ちになるのは初めてです。あなたと離れるのがこんなに辛く、寂しいなんて……。戦いの舞台に立つのがこんなに怖いなんて……」
俺は胸の中で震えるイブの背中に手を回し、優しく包み込むように抱き締めた。
「あなたが教えてくれてくれました。誰かを好きになるということ、想いの力。あなたに逢えて本当に良かった……」
「俺だって、お前と出逢えて本当に良かったと思ってるよ。だって俺は今すごく幸せなんだ。今までの人生の中でここまで幸福を感じたのはお前がいたからだよ」
腕に力がこもる。
この想いを刻み込むように。
この温もりを忘れないように。
「ありがとうございました、龍太。私もとても幸せでした……」
そのまましばらくの時間が過ぎる。
どこかで誰かに見られてたって構わない。
この一瞬は俺にとっての永遠だった。
やがてどちらからともなくゆっくりと俺たちは離れていく。
「次に会う時は、もっと歳の差が離れてしまうかもしれませんね」
「俺は構わない。ずっと待ってるさ」
名残惜しそうに離れていくイブ。
そんな彼女の表情を俺はひたすら見続けていた。
この一瞬を決して忘れない。
イブといたこの僅か一ヶ月を決して忘れない。
「絶対!絶対また会えるよな!」
「はい、私たちはどんなに離れていても、必ず巡り逢う。私はそう信じる事に決めました。愛の力は時に、常識を凌駕します。そうですよね龍太?」
「あぁ……そうだな。その通りだ……」
イブは宇宙船へと飛び乗る。
もう何度もお世話になったその銀色の卵形宇宙船。
イブがその上に立つと、上空の大きな宇宙船がそれを引き上げる。
上昇を始める宇宙船の上で、両目から流れ出していた涙を拭って、イブは微笑んで見せた。
「さようなら、龍太……。また逢いましょう。いつか未来で……」
「あぁ、さよなら、イブ。元気でな」
離れていた仲間達が俺の元へと駆け寄りながら、空に向かって大きく手を振った。
「イブちゃーん!またねー!」
「頑張れよー!」
「気を付けてねー!」
「忘れるんじゃないぞ!俺たちは仲間だからな!はっはっは!」
「僕たちの事、忘れないで!」
天へと昇っていくイブは、仲間達の声を浴びて満面の笑みを見せた。
それにつられるように、いつの間にか俺たちも笑っていた。
別れに涙は似合わない。
寂しいけれど、だからこそ笑顔で見送るのだ。
「また、必ず……この場所で……」
イブの宇宙船は空に浮かぶ巨大な宇宙船の中へと納まる。
もうそこにはイブの姿は見えないが、仲間達はそれでも大きく手を振り続けた。
俺もその大きな宇宙船へ向けて手を翳し、イブの無事を願った。
やがてその巨大な宇宙船が起動し、ゆっくりと空へと昇り始める。
ーーーー宇宙船の中、仲間達の見送りに胸を打たれながら、イブは空へと旅立った。
モニター越しに見える、手を振る仲間達の姿から目が離せない。
「みなさん、お元気で。必ず……またお会いしましょう……」
北嵩部村、村にいたほとんどの人が家から飛び出し、飛び立っていく宇宙船を見上げた。
「バイバーイ!おっきいお舟さん!」
手を振る少女を抱き上げる父親。
「行っちゃうんだね」
「あぁ、そうだよ」
少し寂しそうに肩を寄せる夫婦。
「宇宙人さん。地球を救ってくれてありがとう!」
無邪気に叫ぶ少女。
そして龍太の実家。
そこでも肩を並べた二人が、空を眺めていた。
「リョーク、あなたは本当に行かなくて良かったの?」
「僕は責任を負わなくちゃならないからね。世界ってのは不器用なものでね、結局誰かが憎まれ役を引き受けなければならない。あのロークシア計画で生まれた憎しみや恨みはすべて、僕が背負うんだよ。だから僕はここに残る。それだけで罪滅ぼしになるかはわからないけど……」
「そう……」
「それに、君や龍太にはきっと、随分と辛い思いをさせたと思う。このどうしようもない僕が今さら父親面なんか出来ないけど、君たちに許してもらえるまで僕は……」
「いいの……もういいんだよリョーク……。私はもう幸せだから、それでいいの。きっと龍太もあなたを恨んだりしてないわ」
「そうかな……」
「そうよ」
空へと向かった宇宙船は青の中へ紛れて消えていく。
その空はイブの旅立ちを祝福しているかのように、雲一つない清々しい青だった。
ーーーー「行っちゃったね、イブちゃん」
「あぁ、そうだな」
寂しさはあった。けれど、あいつは必ず帰ってくるって信じている俺には悲しみは無かった。
「ねぇみんな、これからどうするの?」
「俺は元の暮らしに戻るよ。一応警察官だしさ。被害に遭った地域の復興支援もしていくつもりだ」
「お、カッコイイじゃんタカピー。さすが公務員は違うねぇ~!」
「そうでもないだろ。それよりあっちんはどうなんだよ?まだキャバ嬢続けていくの?」
「ふっふ~!そのお仕事はもう辞めたの。実はオファーがあってさぁ!アタシ歌手デビューする事になったんだ!」
「え、マジで!?すごっ!」
「ふむ、あっちんはこの前の戦いの時、男性からの熱い視線を浴びたからな。無理もないだろう」
「あ、僕のバンドもついにメジャーデビューする事になったんだ」
「悠君もネットで大騒ぎになってたよ。イケメン過ぎるって、女の子からの熱いメッセージが殺到してたし」
「はは、それはちょっと大袈裟だよしーちゃん」
「ノブちゃんとりょーちんは?これからどうするか決めてあるの?」
「ふははは!愚問を!上の立場に立っているこの俺が、責務を放棄するなど考えられんのよ!」
「つまりこれからも百均店をやっていくんだね」
「そういう事になるな。どうやらしばらくはウチの会社の顔となるみたいだがな!」
「俺は違う道を進もうかなって考えてる。コンビニは辞めて、自分のやりたい事を探してみるさ」
「そっか、またそれぞれの別々の道を歩いてくんだね」
「うん、これからはみんなまた離れ離れになる。ちょっと寂しいけど仕方ないよ」
「なぁーに、寂しがる事ではない。たまにはこの北嵩部に集合すればいいのだ。俺たちだけじゃなく、同級生も集めて」
「同窓会ね。そう言えば僕たちも同窓会で集まったんだよね」
「あ、いいねー!やろーやろー!月一でやろうよ!」
「ダメだあっちん!こういうのはたまにやるからいいんだよ!毎月やってたら特別感がなくなっちゃうからな!」
「じゃあとりあえずニックスでも行っときますか」
「よっしゃあ!行くぜ野郎共!フォローミー!」
「ま、待つんだノブちゃん!走るのはやめよう!」
「置いてっちゃうぜりょーちん!気合いだぁ!」
「マジかよ……」
夏が終わろうとしていた。
十年前と同じ、暑すぎるくらい暑い夏。
俺たちの人生を変えた夏。
決して色褪せることのない夏。
24回目の夏。
「お、おい、待てよ!」
「りょーちん早く早く~!」
みんなの背中を追いかけて走り出した俺は、すぐに立ち止まって振り返り、もう見えなくなってしまった空を見上げる。
そして空の向こうにいるイブに向けて小さく呟いた。
「待ってるから……」
そして俺は再び走り出した。
誰よりも速く。何よりも速く。
風を、音を、時間すらも越えて。
隔てるものはない。
境界線もない。
限界もない。
未来はまだ無限に広がっている。
そう、十年前のあの時見た景色のように。
あの頃描いた未来図のように。
あの夏、俺たちは
未来を追いかけていた
そして……
俺
た
ち
は
こ
れ
未
か
来
ら
を
も
追
い
か
け
て
い
く
八月のロークシア
fin.
八月のロークシア(改良版) 大柴 萌 @yumeutsutsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます