第十九話 久遠の絆
久遠の絆
――――中国、上海
近年、高度経済成長により大きな発展を遂げた大都市。
そこには高層ビルや様々な店舗が建ち並んでいて、行き交う人の数もかなりの数になる。
そして現在その大都市は、宇宙からの侵略による総攻撃を受け、壊滅的な被害を被っていた。
ビルは倒れ、車は転がって爆発、炎上、地下鉄は崩れて今も生き埋め状態、マンションでは大規模な火災が発生しているが、消防隊は未だかけつけてはいない。
一瞬の内に地獄と化した上海では、既に多くの犠牲者が出ていた。
それを知った中国政府は、使ってはならない切り札を使用する事を決断する。
「我々はこの許されざる暴挙に対して、鉄槌を下す」
「核弾頭を使って、敵を完全に撃破しろ」
極秘裏に開発されていた核ミサイル。
中国はそれを既に他の大国と渡り合う程保有していた。
そして今、その一つが戦闘機に搭載される。
上海にはまだ、数多くの人間達がいた。
その上空で核弾頭が爆発すれば、被害はさらに拡大、町が丸ごと爆炎に包まれる事も十分に考えられた。
ただしもう、その決定は覆らない。
中国政府は上海を切り捨て、宇宙船の撃破を優先した。
それを実行へ移したのは中国政府のみ。
ロシア、アメリカでも、核による攻撃が思案されていたが、その手は最後の手段であり、多くの犠牲を伴う。
それが枷となり、核保有国はその手段を一時凍結。
他の解決策を見つけようと躍起になっていた。
そんな他国とは関係なく、中国政府は自ら決断を下す。
核弾頭を搭載した戦闘機が、上海近辺まで到着し、宇宙船をロックオンした。
その時、ちょうどロボット達は宇宙船へと戻っていたので、戦闘機の前には邪魔する物は何もない。
「発射」
そして核弾頭はついに発射されてしまう。
上海にいた人々が空を見上げる。
そのミサイルが核だとは知らずに、拳を握る人々。
やがてミサイルは宇宙船の周囲に張られたフィールドに到達すると、僅かに青白い電光が輝いた。
フィールドを抜ける核弾頭、それは宇宙船の外壁へと到達する。
だが、その壁を貫く事はなく、力無く跳ね返って地上へと落下した。
「不発だと!?貴様ら、何をやってる!」
「も、申し訳ありません!すぐにやり直します!」
――――「おはようございます、こんにちは、こんばんは、地球人のみなさま。そして初めまして」
テレビの中、水色の長髪のイブはまるで機械人形のように言葉を話し始めた。
「日本語での演説ですが、この映像は世界中に発信されています。皆様にわかりやすく、簡潔に今この地球に起こっている事を説明したいと思います」
「……」
部屋の中が一気に静まり返り、誰しもが画面の少女がこれから言う言葉に息を呑んだ。
「結論、結末から言いますと、地球人類が支配した時代が終わり、私たちアークネビルがこの地球を支配します」
「な、なんだって!?」
「アークネビルって……何?」
イブが宣言した言葉に、さすがにざわめき始める。
「我々は地球人ではありません。遠い宇宙からやってきました。反抗は無駄です。こちらの兵器は我々には通用しません」
宇宙人の侵略、恐らく世界中のほとんどの人が予想もしていなかった事態だろう。
「これは先ほど、上海上空で実際に起きた核兵器による攻撃の映像です」
テレビ画面が空を駆け宇宙船へと飛んでくるミサイルを映し出していた。
やがてそれに青白い閃光が走ったかと思えば、力を失い落下していく。
「核でもダメなのか……!」
地上の兵器として最も強力な物は、今現在、恐らく核兵器だろう。
その核兵器ですら呆気なく沈黙、もはや人類にこれ以上の切り札はない。
「我々に逆らう者、反抗勢力はすべて実力をもって排除します」
闇、どこまで行っても光はない。
地球は今、その暗黒に包まれてしまったのだ。
「これより、地球人からすべての権利を剥奪します。皆様は現時刻を以て家畜と同等となります。自分自身の価値をよく理解して下さい。ただし我々アークネビルは慈悲深い種族ですので、地球人に反抗の意志がないのであればこれ以上危害を加えるつもりはありません。詳細については再びこの放送機器を用いてお伝えします」
その言葉を最後に映像が途絶える。
そしてざわめきは一気に拡大していった。
「宇宙からの侵略だと!ふざけるな!」
「でもあの空の奴……地球の物には見えないし……」
「終わり、終わりよ!きっと私たちみんな殺されるのよ!」
目眩がする。
全身に力が入らない。
相手は宇宙人だ。
地球へ来れるだけの技術がある星なのだ。
そんな奴らに、地球人がかなうわけがない。
それは決して抜ける事の出来ない底なし沼。
絶望の底まで落ちたこの世界にはもうどこにも希望なんて無かった。
――――その絶望の中でも、自由への戦いに挑もうという人達は大勢いた。
だがそういった人々はすべて、問答無用で殺されていく。
場合によっては町を丸ごと焼き尽くされた場所もあった。
地球侵略、ロークシアが始まって約二時間、宇宙人の圧倒的な力の前に、地球人は己の無力さを知る事になる。
テレビで放映されるニュースでは、悪い知らせしか流れない。
抵抗する国家もあったが、やはりそれも徒労。
宇宙人には一矢を報いることもかなわない。
反抗勢力は、僅か二時間という短い間で次々と崩壊、解体されてしまう。
誰しもの中に生まれた絶望は、人々をどん底まで突き落とした。
地球はアークネビルに、僅か二時間という短い時間で完全に落とされてしまったのだ。
――――「くそっ!なんでこんな事にっ!なんで……なんでっ!」
「もしかしてこうなったのって……俺たちのせい……なのか……?」
イブと実際に関わりを持った地球人は俺たちだけ。
イブを止められる可能性のあった俺たちが、それを出来なかった事にも確かに責任はある。
けれどその事は誰も知らない。
「そんな事ないって!アタシたちは騙されてただけだし、責任感じるのはおかしいでしょ!?悪いのは全部あの子、イブちゃんじゃん!」
「僕もあっちんと同じ意見かな。それに、今は責任がどうとか言ってる場合じゃないと思うし」
「そう、だよね……。家もどうなってるか心配……」
恋南は応急処置でなんとか血は止まったが、意識は未だ戻っていない。
タカピーはただ無言で恋南の横に寄り添い、その手を握っていた。
「そう、やっぱりあなた達、あの子に会っていたのね」
「りょーちんのおばさん……」
「美紗子!なんだよいきなり!」
俺たちの会話の中に入ってきた美紗子は、さっきと同じように神妙な面もちだ。
「水色の髪を持つアークネビルの少女。リーアを探しにこの星へとやってきた」
「…………え……?」
一瞬だが、俺たちの間の時が止まった。
アークネビルという星から来たという事はさっきのテレビを見ていればわからないでもない。
だが、リーアの事は口にしてはいないはず。
十年前の俺も、美紗子にイブの事は喋った事もないし、美紗子と会わせた事も一度としてない。
数日前に美紗子に聞いた事はあったが、その時はリーアの事なんてまだ知らなかった。
【その子は、十年前の夏、この北嵩部にいた?】
そして思い出す。
俺がこの前、美紗子に水色の髪の少女の事を話した時、僅かに動揺した様子を見せた事を。
水色の髪の少女、なんて言ったら普通はコスプレイヤーか、あるいはアニメの見過ぎだと一笑する所だ。
だがあの時の美紗子は、一度だけだが食いついた。
つまり、美紗子には心当たりがあったという事になる。
「こうなる事は知ってたの。ずっと、ずっと前から」
「美紗子!どういう事だ!?まさかイブに会って……」
美紗子は首を左右に振った。
「いい?りょーちゃん、よく聞いて。私もね、宇宙人に出逢ってるの。25年前に」
「25年前……?」
「そう、彼の名前はリョーク」
そして俺は驚愕の真実を知る事となる。
「あなたの父親よ」
その場にいた誰もが凍り付いた。
俺の脳天に落とされた雷が全身の感覚を麻痺させる。
「俺の……親父……?まさか……冗談だろ……?」
確かに今まで俺は父親の顔を見た事はない。
家には写真もないし、俺が物心ついた時には既に死んでしまったと聞かされていた。
けれど、やはり信じられない。
「待って、待って下さい!それじゃあ龍太君は宇宙人と地球人のハーフって事に……」
「その通り。私とリョークの間に生まれた子が龍太、あなたなの」
頭の中を目まぐるしく思考が駆け回っていた。
みんなも半信半疑のようで、俺がしようとしている質問を先にぶつける。
「おばさん、そのリョークって宇宙人も、もしかしてネビリアンなのか?」
「えぇ、そうよ」
俺の父親はイブと同じネビリアン。
「けれど、あの子とは違う。リョークは、いずれこの日が来る事を知っていた。だから何より先にこの星へ来た。リーアを先に回収する為にね」
「美紗子、わかんねぇ。全然わからない。ちゃんと説明してくれ」
頭がパンクしそうだった。
俺の父親が宇宙人なんて事を、簡単には信じられない。
「りょーちゃん、みんなも、まずこれだけは聞いて」
解れた記憶の糸、あの夏に体験した糸が今、ようやく一つの線で結ばれようとしていた。
「……リョークはまだ生きている」
「な、なんだと!」
「そして、彼こそがこの世界を救う最後の希望」
――――29年前
7月17日
北嵩部村
すべての始まりはその日、静かな夜に起こった。
当時、高校一年生だった美紗子も、今まさに眠りにつこうとしていたその時、大きな音を耳にした。
ドーンと言う大玉の花火の炸裂音のような響き。
「な、何……?」
部屋のカーテンを開けてみれば、既に外には音に気付いた住人達が外へと飛び出していた。
そしてその視線が北嵩部を取り囲む山の一つ、明焦山へと向けられていた。
「え……あれは……」
美紗子も他の住人達と同じように、コゲ山に視線を奪われてしまう。
そこにはさっきの音の元凶があったからである。
「燃えてる……」
コゲ山山頂付近の森が、僅かにだが炎を纏っているのが見えた。
すぐに炎は消し止められ、その原因が発表される。
そう、隕石の落下であった。
幸いにも怪我人もなく、被害も小さなクレーターが出来ただけで済んだ。
過疎地だった北嵩部村にとって、その隕石は格好の話題作り。
村の役場に落下した隕石を展示し、当時はそれを見る為に足を運ぶ人も多かった。
もちろんその石が特別なものだという事は、まだ誰も知らない。
それから約三年と半年の歳月が流れ、北嵩部に来る観光客もめっきり減った頃、北嵩部の夜はいつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
同年12月8日
「あっ……」
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