喪失の記憶2
24年という年月が、俺にそれを教えてくれた。
「んじゃあ聞こう。恋南、お前の初恋は?」
「ギクッ!」
恋南は聞かれたくない所を突かれたようで、顔が青ざめるのが見てわかった。
だが人間、そういうのを見ると、逆に問いつめたくなってしまうもの。
「なんだ?言えないのか?もしかして俺の知ってる奴?」
「い、言えない訳じゃないんですけど……」
言葉の語尾に近付く程にトーンが下がっていく恋南。
なんだ、誰だよ?誰なんだよお前の初恋は!?
「言わなきゃ……ダメですか?」
「ダメ!絶対!」
「あぅぅ……」
今度は恥ずかしそうにモジモジと身体をよじり始め、青ざめた顔色がまるで茹で蛸の如く赤く染まる。
ほ~ら、言ってみなさいよ~。お兄さんにすべてさらけ出しちゃいなよ~。
「うぅ……わかりました……言います……」
「よし、さぁ言ってみなさい。さぁさぁさぁ!」
「私の……初恋は…………君です……」
「ん?なんだって?」
「りょー君……」
「は?」
「りょー君が私の初恋の人なんです……」
ううむ、今日はいい天気だ。実に過ごしやすい。洗濯物もよく乾くぞ!ハッハッハ!
「お兄ちゃんとよく遊んでたりょー君が……とってもカッコ良くて……」
久々のMT(まさかの展開)である。
タカピーとよく遊んでた頃と言えば、小、中学校の話だ。
もちろんその頃に小学生である恋南に異性としての興味などあるはずもない。
だが成長した今聞かされると、なんだかとても嬉しい。
告白されているような気分である。
「そ、そうか……それは光栄だ」
俺に会う時、妙に恥ずかしがっていたのは、俺が少し特別な存在だったからか。
「絶対誰にも言わないでくださいね!秘密ですよ!」
「任せとけ、俺の口の堅さと言ったらもう、オリハルコンレベルだからな」
タカピーに言ったら発狂してしまいそうな話だ。
この事実はそっと胸の奥へ永久保存しておく事にしよう。
「そ、それで……あの……久々に会えて、変わってなくて……」
バサバサバサッ!!
「きゃっ!」
「な、なんだ!」
突然、悪戯のように森の木々から鳥達が一斉に飛び立った。
飛び立ったのは近くの木だけではなく、遠くの森からも同じように鳥の群が飛び立つのが見える。
寝っ転がっていた俺も、あまりの異様さに身体を起きあがらせた。
空へと飛び立った数十羽、いや百羽以上いただろうか、それらすべてが群と化しこの森から飛び立っていったのである。
圧巻の光景に俺たちはただ空を見上げる事しか出来なかった。
「何だ……今の……」
「鳥……だったみたいですね……。あんなに大きな群は初めて見ましたけど……」
「お~い!りょーちん!見てた今の~!すごくない!?」
上ではあっちんが大騒ぎである。
確かに圧倒的な光景であった。
そう言えば大地震の前触れとして、動物達が異常行動をするというものがあったな。
もしかしたらこれから大地震が来る……とか?
「まさかな……」
「なんだか、不気味ですね……」
――――10年前
8月24日
「おぉ!イブちゃん!もう天使にしか見えないよ!」
「すっごく似合ってるね」
「お……おぉ……か、可愛いんじゃない……?」
またしても美紗子の衣服、浴衣を拝借しイブに着せてみた。
俺が着衣方法を手取り足取り教えようと思ったが、あっちんとしーちゃんに阻止されてしまう。
『いくらりょーちんだからって、女の子の着替えを手伝うのはダメ』だそうだ。
という事で着替えはあっちんとしーちゃんに任せ、男達は外で待っている事になった。
やがて着替えたイブが俺たちの前に現れると、男性陣は少し興奮気味のようである。
そう、イブには何を着せても似合ってしまうのだ。
整った顔に完璧なプロポーションを持つイブは、まさに生きた人形のようでもある。
「やっぱりイブちゃんには勝てないなぁ……。綺麗すぎるもん」
「本当に綺麗……」
女性陣からも賞賛の声が上がる程のその姿は、やはり常軌を逸しているのだ。
「いえ……そんな事ないと思いますが、ありがとうございます。でも二人共とても綺麗ですよ」
「う~、私ももっと女を磨かなくちゃ~」
衣装チェンジしなくても、俺の胸はイブの事を想うと熱くなってしまう。
美人は三日で飽きるとか言われるが、あれは嘘である。
だって俺は今でも夢中なのだから。
「よし、じゃあ行くぞ!まずはリンゴ飴だ!」
「ダメだりょーちん!最初は焼きそばなのだよ!」
「え~かき氷でしょ~?」
みんなそれぞれ目当ての物があるようだが、食べ物ばっかりである。
それが俺たちらしさでもあるのだが。
でもリンゴ飴より何より、イブと一緒にお祭りへ行ける事が、今の俺にとっては最も重要な事である。
太陽が間もなく西の彼方へと沈む。
明るかった村を、ゆっくりと夜の闇が包み込んでいく時刻。
実際、毎日夜はこのメンバーで集まってるのだが、やはりお祭りとなると気分が違うものだ。
北嵩部村のお祭り、と言っても本当に小さなもので、村民以外が参加する事は非常に稀。
なのでイブを連れて行けば多少目立ってしまうかもしれない。
まぁ、大丈夫だろう。
俺は考えるのを止め、目の前の快楽に身を委ねる事にした。
「イブ、お祭りの楽しみ方教えてやるよ!来いよ!」
「は、はい!」
――――「恋南!大丈夫か!?怪我はないか!?」
重度のシスコン患者、マイケル・T・フォックスが俺たちの元へ猛ダッシュで近付いてくる。
もはやシスコン過ぎて気持ち悪い。
「え?何が?」
「何がって!あんなに鳥が飛んでったじゃないか!」
「……別に私を襲ってきたって訳じゃないし。大丈夫に決まってるじゃん」
普段からこんなだったらマジウザイな。
俺が恋南の立場だったら、スタープラチナくれてるところだ。
「いいかよく聞け恋南?りょーちんの巧みな話術に引っかかっちゃダメだぞ?あんな顔してかなりのやり手だからな」
「おいおい、俺は紳士だぞ」
「紳士とか言う奴ほど夜はオオカミさんになるんだ」
まぁあながち間違ってはいないので、その辺はノーコメントで。
「お兄ちゃん、もういい加減にしてよ。ウザイから」
「ぐはぁっ!」
妹からの罵倒には弱いタカピー。本当にあれで警官なのか?
まぁいずれにしろ、不気味である事に変わりはない。
「りょー君、私たちも上に行きましょ!」
恋南は俺の手を掴み催促する。
その光景を見たタカピーはやはり殺意の波動をこちらに向けているようだ。
「悪いなタカピー。俺の纏う神々しいオーラは時として凶器となるのだよ」
タカピーを後目に、俺と恋南は展望台の上へと向かった。
展望台へ登った恋南は、そこから見える綺麗な景色に感嘆の声を上げる。
「わぁ~……すっごい!隣町までこんなに……」
そこから見下ろす北嵩部はやはりとても小さく、緑豊かで、十年前と見比べても全然変わってない。
代わりにコゲ山の反対側の隣町は大分近代化した印象。
「恋南ちゃん!みんなで写真撮るよっ!」
「は、はいっ!」
あっちんが半ば強引に俺にカメラを渡し、楽しそうな満面の笑みでポーズを決める。
そこからは撮影会。
ノブちゃん、ゆっち、しーちゃん、そしてタカピーも加わり、まるで修学旅行かのように写真を撮りまくった。
さっきの鳥達の事なんてすっかり忘れ、まるで子供に戻ったかのように写真撮影に興じる俺たち。
普段のしがらみや辛い現実から解放されたような気がして、なんだかとても楽しかった。
やがてそれにも疲れ、円になって座り込んだ俺たちの中、ゆっちがしーちゃんにちょっと照れながら尋ねる。
「十年前、僕たち付き合ってたんだね」
「うん……あの頃は悠君の事大好きだったし。まさか本当は私の初恋が実ってたなんて、なんだか不思議な気分」
「そうだね。もしかしたら、僕がしーちゃんの旦那さんになってたかも」
その可能性は確かにあったかもしれないが、ゆっちが夫となる姿が全然想像出来ないのは俺だけか?
「無限に分岐する世界の一つに、もしかしたらそういう未来もあったかもしれんな」
「無限に分岐する世界?」
ノブちゃんの発言に首を傾げる女性陣とゆっち。
タカピーはどうやら知っているようで、ノブちゃんの話を横取りして得意気に解説を始める。キツネのくせに偉そうな。
「多世界解釈って奴だな。証明されてる訳じゃないが」
なんだか得意気なキツネみたいな顔に妙に苛立ったので、さらにそれを俺が横取りしてみる。
「一つ一つの選択によって、未来は無限に分岐するって解釈だ。その中の一つには、ゆっちとしーちゃんが結婚する世界もあったかもしれない。今俺たちがいるこの世界は、その内の一つ」
「へ~!なんだかとってもロマンチック~!じゃあもしかしたら、アタシとりょーちんが結婚する世界もあるかもしれないよね?」
「まぁ、そうかもな」
「でもそうだとしたら、なんだか不思議ですね。今、こうしていられるこの世界も、無限の世界の内の一つ。そこに皆さんと私がいる。これってもしかしたら、すごい確率なんじゃないですか?」
「フハハハハ、それだけではないぞ恋南タソ!」
「ノブちゃん!その呼び方はやめろ!俺でさえ呼んだ事ないのに!」
「どういう事ですか伸明先輩?」
「いいか恋南タソ。伸明先生が特別授業をしてあげよう」
ノブちゃんは鼻の下を伸ばして、なんだか少し興奮気味だ。
どうやらピッチピチの女子高生恋南に邪な感情を抱いているようだ。
「この広い世界の日本という国の同じ県、同じ村で出会い、そして今もこうして同じ場所にいる。これは奇跡とかそういうレベルではないのだよ恋南君」
「ほ、ほぇ~!確かに!すごすぎますね!」
大分大げさだが、その通りなのかもしれない。
俺たちは紆余曲折を辿って、今ここにいる。
運命という言葉がもしあるのなら、これもまた一つの運命なのかもしれない。
あの夏を思い出すにつれて、みんなとの絆が深まっていくのが手に取るようにわかった。
俺たちはまた出会うべくして出会った。
なんだかそんな気がしてならない。
だがこの夢のような時間も今日で終わってしまう。
明日になれば俺は再びコンビニ店員に逆戻り。
代わり映えのない現実に戻らなければならない。
それはわかっていた。
同じように戻らなければならない仲間もいるだろう。
だが誰もその事を口にしようとはしなかった。
多分みんなも同じ気持ちなのだろう。
この今がずっと続いて欲しいと、願ってしまっているのだ。
――――この瞬間が永遠に続けばいい。そう願っていた。
「これが『焼きそば』という食べ物ですか……。とてもグロテスクな風貌ですね……」
「うまいんだよこれが!」
「そうなのですか……?ですが、アークネビルの生物、『アリクッチョ』にとても酷似していて……どうしても抵抗があります」
「アリクッチョって名前ヤバ!」
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