少年少女の恋愛模様3

ついにその時がやってきたのだ。

俺たちオーディエンス達は、その様子を固唾を飲んで見守る。


「悠君……」


しーちゃん自ら繋いだ手を離すと、覚悟を決めたようにゆっちの目を見た。

しーちゃんがゆっちとまともに目を合わせる所を、今まで見た事がない。

それだけでも、しーちゃんにとってはとても勇気がいる事なんだと思う。

二人を照らす月明かり、涼しい緩やかな風、森の静寂、告白するには絶好のチャンス。

この上ないくらい最高のコンディションである。


「悠君、聞いてほしい事があるの……」


「ん?なんだい?」


気付いて……ない?


もしかしてゆっち、こんなに明らかな状況なのに、感じ取ってないのか!?

あそこにいるのは、いつも通りのゆっちじゃんか!

恐るべしゆっち!


鈍感と言うよりも、もはやあそこまでいくと病気に近い。

だがそんな鈍感ゆっちを見ても、しーちゃんの愛の疾走は止まらない。

ここまで来て、止まるはずがないのだ。

しーちゃんの喉に詰まった言葉が、やがてゆっくりと紡がれる。


ついにその時が来たのだ。


「悠君、私……悠君の事が、ずっと好きでした……」


言った。しーちゃんが言った。言ってしまった。

人の恋路なのに、どうして俺はこんなにドキドキしてるんだろう。

あっちんがさっき言った言葉の意味がよくわかる。

感情移入ってヤツだ。

映画とかドラマとかを見るのと同じ感覚である。

さて、問題はここから、ゆっちはこれからなんて答えるのか。


「えっと……好きってL、O、V、Eの方かな?」


なんだそりゃ!おいゆっち!

こんな状況でLIKEの告白をするわけねーだろ!


「うん……良かったら……付き合って……下さい……」


そんな空気を読めぬ鈍感ゆっちにも、恋の熱が冷めないしーちゃん。

恐らく太陽の表面温度くらい熱い恋なんだろう。


「そっか、しーちゃんは僕の事、ラブしてくれてたんだね」


ラブしてくれてたって初めて聞いた!


「気が付かなくてごめんね。僕、鈍いからさ」


なんだよ。結果は?答えは?

関係ない話はいいから早く答えを聞かせてくれ。


「でも……」


ゆっちから『でも』という言葉が出た瞬間、俺たちは落胆する。

この先に続く言葉は悪い方向の答えだと、相場が決まっているのだ。

もちろん当人であるしーちゃんがそれを一番感じているはずだろう。

この後は、しーちゃんを慰めようじゃない会だな。


と思った矢先だった。

俺達の前で思いがけない事が起きる。


「え……」


ゆっちが突然しーちゃんに歩み寄ると、いきなりその唇を奪ったのだ。

しーちゃんは突然の事で硬直し動けず、恐らく初めてであろうキスに動揺を隠せない。

ゆっちも多分慣れてないんだろう。

キスは短く、ほんの一瞬だけ。

ゆっくりとその唇を離したゆっちは、やっぱりいつもの殺人スマイルを見せた。


「僕もね、実はしーちゃんの事、気になってたんだよ」


「ゆ、悠君……」


「だから、付き合おう」


それはあっという間の出来事であった。

理解するのに少し時間がかかる。


今、ゆっちはオッケーしたって事だよな?


緊張で強張ったしーちゃんの表情から、スッと力が抜けると、次の瞬間には涙目の笑顔があった。

その顔を見ればわかる。


「うん……」


しーちゃんの熱い恋は、この夏、しっかりと実ったのだ。













――――「あーーっ!」


俺は思わず声を上げていた。


「どうしたりょーちん。忘れ物でもしたか?」


「お黙りフォックス!俺は今、すっごい事を思い出したんだよ!」


正直言って、これは俺にとってかなり衝撃的であった。


「しーちゃん!ヒゲナシ君!今から重大な事実を発表する。よく聞いておくのだ」


「重大発表?なんかワクワクするね」


ゆっちはこの歳になっても殺人ニヤニヤを発動させている。

思い返してみれば、中学の時から見た目全然変わってないなこの男。


「私と悠君に関する事?」


しーちゃんは綺麗になった。

実は昔から綺麗だったが、当時の俺は可愛い子が好きだったので、しーちゃんにあまり興味を抱いた事はない。

こんなに綺麗になるってわかってたら唾つけておいたのに。


「そうだ。十年前の夏休み、正確に言えば8月8日夜……」


やはりここはカッコよく決めねばなるまい。


「二人は……」


「付き合った!そうだよ!あの日、ゆっちとシズ、付き合ったんだ!」


あっちんがすごい勢いで俺のセリフを横取りしていった。

その勢いはもう、タイムセールで激しい戦いを繰り広げつつ、袋いっぱいにキュウリを差し込む四十路の主婦。


「付き合った……?私と悠君が?」


「そうだよシズ!シズが告ったんだよ!?それでさぁ、ゆっちと熱いキスまでしちゃって!」


「えっと……確かに中学の時は悠君が好きだったけど……」


「事実だ。しーちゃん。二人は付き合った、それはここにいる全員が目撃してる」


俺たちはこんな事まで忘れていた。

本人達もそれを覚えてはいない。

つまり記憶が消えた事で、二人が付き合ったという事実も、『なかった事』になってしまったのだ。

もしも記憶が残っていたとしたら、しーちゃんの結婚相手はゆっちだったのかもしれない。

記憶が無くなった事で、ゆっちやしーちゃんだけでなく、俺たち全員の人生が狂ったのかもしれない。

事実、俺があの夏から感じている喪失感は、間接的に俺の人生を変えてきた。

今の俺がここにいるのは、その喪失感があったからこそなのかもしれない。

イブが俺たちの記憶を消した、という事が確かなら、あいつは俺たちに取り返しのつかない傷痕を残していったわけだ。


「僕がしーちゃんと付き合ったの?あぁでも、確かにあの頃、しーちゃんの事が気になってた気がするよ」


「じゃ、じゃあもしかして、私のファーストキスは……悠君……?」


「恐らくその通りだ」


しーちゃんは苦笑いで、少し恥ずかしそうに髪の毛を指でいじった。


「ファーストキスの事も忘れてたなんて、なんだか切ないね」


あの夏は、俺だけじゃなく、みんなにとってとても大切な一夏だった。

イブにとっては異星人の記憶を消すだけ、罪悪感も湧かない程度の簡単な事だったのかもしれない。

だが俺たちにとってそれは、最悪な事に他ならないのだ。


「ねぇみんな!明日も集まろうよ!みんなでさ!」


あっちんがノリノリのテンションでみんなを誘う。

もちろん俺は大賛成。

ここまで来たら最後まで見届けないと気が済まない。

その気持ちは俺だけに限った事じゃなく、ここにいるメンバー全員が同じ思いを口にした。


「もちだろ~あっちん。全部思い出しちゃうよ!ゲッチュ!」


「そうだね、僕も思い出してみたいかな。こんな体験、そうそう出来ないと思うしね」


「私も。他にも大事な事があるかもしれない。だから全部思い出したい」


「こんな中途半端じゃモヤモヤするよな~。どうせならさっさと思い出してすっきりしよう!」


みんなの気持ちはいつの間にか一つになっていた。

十年もの間バラバラだった俺たちが、長い時を経て再び集うとは誰が予想しただろうか。


「よ~し、明日は朝から!時間厳守だぞ!」


「善は急げ、時は金なり、だね」


いつかと同じ言葉を反復させ、俺にウインクをするあっちん。

今の俺でも少しトキメいたが、やはり若かりし頃の破壊力はない。


衰えたな、あっちん!


「十年前の夏を、丸裸にするのだっ!」


「んーまるっ……はっだーか!!」












そうして七月の最終日が過ぎ、今年もまた八月がやってくる。

あれから十度目の夏。

今年の夏はきっととても暑くなる、そんな気がした。

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