第五話 まさかの展開

まさかの展開

――――「ど~お?りょ~ちゃん?ご飯美味しい?」


「ふむ、なかなか出来はいいぞ」


家に帰った俺は、美紗子の作った夕飯を食べながらも、心はどこか遠くにあった。

そりゃそうだろ、当たり前だ。いや、当たり前田のクラッカーだ。


先刻、蘇った俺の記憶が意味するものは、まさに人知を越えた事実。

既存の常識を覆す、未知との邂逅。


「時に美紗子、質問があるんだが」


美紗子は俺の対面に座り、俺の食事をニコニコしながら見ていた。

俺の食事姿はそんなに面白くはないはずだが、まぁいい。


「質問?何々?もしかして初恋の相手とか?」


「美紗子、俺はお前の初恋などに興味を持った事は、今までの人生一度たりともない」


「でも初恋はやっぱり良かったなぁ。もう三十年以上前になるのか。あれは私が中学一年の時……」


「なぁ美紗子、俺が中三の時を覚えてるか?」


美紗子の話に付き合っていたら、俺の話は明後日の方向まで飛んでいきそうだったので、無理矢理話を元に戻す。


「覚えてるよ~。愛する我が息子の事くらい、忘れるはずないでしょ?」


なんだかすごく期待出来ない返答だが、とりあえず聞いておくだけ聞いておく事にしよう。


「じゃあ十年前、俺が中三の時、あの夏、俺が変な奴と一緒にいた事はなかったか?」


十年前、俺はコゲ山に流れ星が落ちるのを見た。

だがそれは流れ星なんかじゃなく、卵を横にしたような形のあの物体が落ちてきた時の光だったんだ。多分。


そして少女の幽霊。

あの時は本当に幽霊だと思ったが、恐らく彼女は幽霊なんかじゃない。












宇宙人だ。












自分でも頭がおかしくなったんじゃないかと思えてしまうが、タカピーの日記帳と照らし合わせると、やはり彼女が宇宙人であると結論付けるのが一番妥当なところだろう。

思い出した記憶の一番最後、あの少女は言った。


【おはようございます】


と。


幽霊が礼儀正しく挨拶なんてするはずがない。

いや、もしかしたらそんな幽霊もいるかもしれないが、俺が知ってる限りはいない。

なので幽霊という線は消していいだろう。

やはり宇宙人、って事はあの卵が宇宙船ってところか。

思い出したのは宇宙人が俺に挨拶をした所まで、それ以降はまだ靄がかかったままだ。


しかし、宇宙人って日本語喋れるんだな。

それに真夜中に『おはようございます』を使うんだな。


…………本当に宇宙人なのか?


「変な奴?」


「そうだ。俺と同年代くらいの、髪の毛が水色の女だ」


俺がそう言うと、美紗子は目を細めた。


「水色……。その子がどうかしたの?」


「いや別に……。ちょっと気になったから」


「その子は、十年前の夏、この北嵩部にいた?」


俺の記憶の中、あの時、隕石落下跡にて、宇宙人と思われる少女と遭遇した。

が、その後どうなったのかは未だに謎のまま。

タカピーの日記帳を見る限りだと、俺はしばらく彼女と行動を共にしたようだが、実際のところはわかってない。


「いた……はず」


美紗子は珍しく何か思い詰めたような顔をしていたが、すぐにいつもの表情へと戻る。


「まったく、何言ってるのりょーちゃん。髪の毛が水色だなんて、マンガの見過ぎじゃないの?」


「……」


美紗子はなんだか様子がおかしいように見えるが、様子がおかしいのはいつもの事だ。

美紗子が嘘をついていないのなら、俺があの子と一緒にいる所は見られていない……?

いやまだそう結論付けるのは早過ぎる。

何故なら俺自身、あんなに印象的な事を完全に忘れていたからだ。

もしも美紗子にも同じように記憶の欠落があるとしたら、本当は見ていたのかもしれない。

俺とあの子が一緒にいる所を。


「それじゃあ私の初恋の話、言っちゃうよ」


「ごっさま!それでは美紗子、俺は少し野暮用があるので、しばらく失礼するぞ!」


「えぇっ!?またぁ!?熱い恋バナはいつになるのよぉ?」


美紗子には悪いが、今はそれどころではないのだ。

俺の記憶の中にはとんでもない過去が潜んでいるかもしれないのだからな。

夕飯を終えた俺はすぐに家を飛び出した。

すっかり日も暮れて、夜空には半月が登っている。

とりあえず一人だと心細いので、誰かに連絡をとってみる事にしよう。


着信履歴の一番上にあった名前『モッサモサ』。

そう言えばあっちんも『救急車事件』を思い出したと言っていた。

もしかしたら他にも何か思い出してるかもしれない。

という考えに至ってあっちんに電話をかけてみれば、どうやらご立腹中のようだ。


「んもう!なんでさっき勝手に切っちゃうの!?」


「さっきは超銀河のベクトルからの離脱、その際にかかる負荷をお前に与えないためだ」


「え?……あ、そうなんだ……ん?」


「そんな事は今はどうだっていいんだよあっちん!大ニュースだ!」


いやもはやこれは大ニュースどころではない。

スーパーニュース、いやハイパーニュース、いやいやアルティメットニュースだ!


「え?大ニュースなの?」


「あぁそうだ!今から会えないか?」


別に電話だけでも良かったが、タカピーの日記帳を見せてみるべきだと俺は考えていた。

タカピーの日記帳に書かれていた内容がもし、俺の記憶を呼び起こすきっかけになったとしたら、あっちんにも通用するかもしれない。


「今からって……二人で?暗がりの中で?なんかそれって怪しい空気だねぇ~」


ふむ確かに、俺は理性を抑えきれずに魔物と化すかもしれないな。


「なぁ~んてね。いいよ、どこに行けばいい~?」


「俺が迎えに行く、チャリンコでな」


「あはははっ、それウケる!」


という事で、タカピーの日記帳を小脇に抱えて、中学時代の相棒だった自転車を倉庫から引っ張り出した。

そりゃあもうかなり劣化して、サビがやたらと目立ってはいたが、タイヤはまだパンクしていない。

懐かしいサドルに腰掛け、ハンドルを握ってみた。


なんだか妙な感覚である。

最近はスクーターに乗りすぎていたせいか、いざ自転車に乗ってみると随分な違和感だ。

ハンドルも軽いし、車体も軽い。

よくこんなのに乗れたな俺は。


「よっし、行くぜ!二十四歳のチャリンコ暴走だぜ!ヒィヤァッハーー!」


立ち乗りでペダルを漕ぎ始めた瞬間、チェーンが外れて股間をサドルに強打。


「ぷごふっ!!」


あまりの痛みに意識が飛びそうになるのをなんとか堪え、俺はあっちんの家へと向かった。


あっちんは外へ出るなり絶句である。


「ほ、ホントに自転車で来たんだ……」


「俺は嘘はつかないからな!乗るか?」


俺は親指で自分の後ろを指し、口元に得意気な笑みを浮かべる。

これで大抵の女ならイチコロだ。

まぁ本来はカッコイイバイクでやりたいところだが、バイシクルでも問題ないだろ。


「よっと!」


「うをぉっ!いきなり乗る奴があるか!」


「さぁさぁ、風を切ってレッツゴー!向かうは地の果て空の果てこの世の果て~!」


どうやら俺のカッコよさに、あっちんもイチコロのようだ。

どうせなら中学の時にやっとけばよかったな。


「しっかり掴まってろよ!死にたくなければな!」


「いっけ~りょーちん!」


あっちんを後ろに乗せて、俺のチャリンコが動き出す。

夜の暗闇をハイスピードで駆け抜ける俺。


その約二分後、俺は力尽きた。


「ゼェゼェゼェ……上りは無理……」


「ん~もう、りょーちん体力衰え過ぎじゃない?」


「大人の世界に体育の授業はないからな……」


というか、俺はどうしてあっちんとツーリングなんてしてんだよ!


「でもどうしたのりょーちん。いきなり会いたいだなんてさ」


俺たちがたどり着いたのは北嵩部の小、中学校のグランド。

端にあるブランコに腰掛けて、俺は息を整える。

そんな俺の横でブランコをゆっくり漕ぐあっちんは、ニヤニヤと笑みを浮かべながらその先を続けた。


「あ、もしかしてアタシの事好きになっちゃったとか?」


「中学の時は好きだったなぁ。あっちんの事」


「おぉ!これは衝撃的なカミングアウト!今、ドキッとしちゃったよ!」


「今ではもう、見る影もないけど」


「なんだって~?」


あっちんはわざと膨れて、蚊も殺せないようなパンチを繰り出してくる。

なんだかそんな仕草も女の子っぽくて可愛い。


「うをおっ!まさかあっちん、スッピンか!?」


暗かったし、あんまりあっちんの顔を見ていなかったので、ノーメイクである事に今気が付く俺。

もし相手が恋人だったら殴られているところかもしれない。


「おっそっ!今気付いたのぉ~?」


「あぁ、スッピンも可愛いからわかんなかった」


「あ、やっぱりぃ~?さすがりょーちん、見る目があるね~」


顔を赤らめてキャピキャピと嬉しがるあっちん。

からかって言ったつもりだったが、どうやら真に受けているようだ。

多分彼女は詐欺に遭いやすいタイプだな。


「さておき、さっきも電話で言ったと思うが、今日は大ニュースがあって呼んだのだ。決して告白などではない。勘違いしないように」


「あ!そうそう、大ニュースだったね!早く教えてよ!早く早く~!」


回りくどい会話も面倒だ。俺は単刀直入に切り出した。


「あっちんは思い出したんだよな?十年前の終業式、ノブちゃんが救急車で運ばれた事」


「うん、突然思い出したんだよね。それにさ、なんかすっごく鮮明だし。その日のパンツの色まで思い出せるんだよ~?不思議だよねぇ」


「ほう、で、何色だ?」


「白と水色の縞パン」


「いい!いいぞコノヤロー!だが個人的には純白が好きだぞコノヤロー!」



はっ……


いかんいかん、つい我を忘れてしまった。


やはりあっちんと喋ってると、何故か話が明後日の方向へと飛んでいってしまう。

これはかなりのミステリーだ。


「おっと失敬、話を元に戻すぞ」


「イエッサー」


「それで……他に思い出した事はあるか?」


「他に?う~ん……」


あっちんは軽くブランコを漕ぎながら考えているような素振りを見せるが、本当に考えてるのかは謎だ。


「なんでもいい。些細な事でも。どこへ行って何をしたとか、みんなで飯を食ったとか、何かを見つけたとか」


「う~ん……う~ん……」


俺が畳み掛けると、あっちんは本気で頭を悩まし始める。


眉間にすっごいシワ寄ってるよ!スッピンだからウ○コ踏ん張るおっさんみたいな顔になってるよ!


「ダメだぁ!全然思い出せない~!」


「ダメか……」


「さすがに十年前の夏休みの事なんてわからないよ」


そう、思い出せるはずはない。

だが俺たちは思い出した。


「ねぇりょーちん?その夏休みに何かあったの?何か知りたい事でもあった?」


「なぁあっちん。あっちんは十年前の夏休みの事は覚えてない。でも今さらになってノブちゃんが救急車で運ばれた事を思い出した。しかも昨日の事のように鮮明に。変だと思わないのか?」


今までは、時の流れがあの夏休みの事を忘れさせてしまったと思ってた。

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