十年前の日記帳2

昨日、完全に忘れていた十年前の記憶の一部が蘇った。

それは十年前の終業式の日に、階段から転落し意識を失ったノブちゃんが救急車で運ばれたというものだった。

どうして今までそんな大きな出来事を忘れていたのか、答えは今もわからないが、俺が十年もの間探し続けてきた記憶の欠片が見つかったのである。

そしてタカピーからのこの電話。

これは未だ靄がかかるその先、十年前の夏を知る為の手がかりになり得るものだというのはすぐに理解出来た。


「あぁ……何か他にわかったのか?」


タカピーが大ニュースと銘打っていたこの一本の電話に、意味がないはずはない。そう確信していた。

高鳴る胸を抑えきれない。タカピーの次の言葉が待ちきれなくなる。


「わかったんだろ?何か。早く言えって。カモン!」


「そんなに焦るなって。とりあえず、ウチに来てみ?ビックリするぞ!」


「いいから早く言え!死にたくなければな!」


「ん~、簡単に言うと、十年前の夏休みの日記帳が見つかったんだよ」


脳天に電撃が走った。

十年前、中三の夏。俺が探し求めていた記憶が、記録として形に残されているというのだ。

まぁ決してそれは俺の日記ではないが、俺はタカピーと仲がよかったので、恐らくあの夏もタカピー達とよく遊んでいたはずだ。

つまりその日記帳に書かれている事柄は、俺も関係している事になるだろう。

わざわざ俺に電話をかけてきた所から見ても明らかだ。


「今行く。神に懺悔しながら待ってろ!」


「早めにな」


「タカピー、最後に一つだけ質問するぞ?これはとても大事な質問だ。心して答えよ」


「ん?何?」


「お前の家にエアコンあったっけ?」











そうしてやってきたタカピーの実家。

ここに来るのも中学を卒業して以来か。

過疎地である北嵩部には、新しく移り住む人が少ない。

なのでどこを見ても年季の入った家屋ばかりだ。

元々出身が北嵩部である人達の実家は、大抵が年季の入った一軒家である。

もちろんタカピーの家もその例外じゃない。


「はぁはぁはぁ……フ、フォックス、さっさと……はぁはぁ……説明……してもらプゲェェッ!」


タカピーの家は俺の家からそれほど遠くはないが、全部上り坂なので、体力が衰えた24歳のフリーター(喫煙者)にとってはまさに地獄。

息巻いて全速力で駆け上がって来たが、この炎天下も乗じて、俺は限界を迎えた。


「おーい、りょーちん、生きてる?」


「見てわからんのか……?もう死んでいる……」


タカピーの家の玄関前で俺は力尽きた。


もうたたかえるポケモンがいない!


リョウタはめのまえがまっしろになった。


「麦茶飲む?」


「あ……あぁ……手早く頼む……」


タカピーの家に入った瞬間、俺の目に飛び込んで来たのは初々しい少女。

綺麗に日焼けした健康そうな少女はまだ寝起きのようで、寝癖でボサボサになった髪を掻きながら、口にはアイスの棒をくわえている。

そして彼女は俺を見て硬直した。その間、約五秒。

その五秒の間に、俺も頭の中で思考を巡らせる。

何故、タカピーの家にこんなに若い女の子がいるのか。

一瞬で三通りの可能性を導き出す俺。さすが!



1、タカピーの彼女


2、親戚の子


3、タカピーの子供



なんかどれも違うような気がする。


「りょ、りょー君……?」


その呼び方、まさか……この子は……。


「そうだよ恋南。恋南も会うの久しぶりだろ?」



宮嵜恋南みやざきれんな。まるで四字熟語みたいな名前だが、タカピーの実の妹である。

ただ、兄であるタカピーとは七つも歳が離れているという珍しい兄妹である。

俺が知っている恋南はまだ小学校低学年だったと思うが、いつの間にかいい女に成長しているようだ。

今俺達が二十五の年回りなので、恋南は十七、十八くらいだろう。


それはつまり……










JK!!










現役女子高生であるという事実。

まだランドセルを背負っていた恋南が今では女子高生とは、年月が過ぎ去っていくのは本当に早いものだな。


「恋南か、久しぶりだなぁコノヤロー!」


「あ、は、はい、久しぶりです……りょー君……」


恋南は自分の姿を確認し、一気に顔を赤らめると俺に背を向ける。

チビだった恋南の身長も多少は伸びたようだが、相変わらず小さい事に変わりはない。

それでも出るとこ出て、締まるとこ締まったその姿に、僅かながら興奮を覚えたのは事実だ。


「す、すぐに飲み物持って行きますね!」


「あぁ、助かるぜ。俺はもうマジで干からびる五秒前なのだからな」


そのまま逃げるように俺の前から去っていく恋南。


「恋南はやっぱりカワイイなぁ~。さすが俺の妹」


何を隠そう、タカピーは妹を溺愛する重度のシスコン患者なのだ。

たまに妹に対する対応がキモすぎる時があるので、出来るだけ彼の行動は無心で見過ごすのが最良である。


「いつの間にやら恋南も成長したな。色んな部分が」


タカピーがその細い目をさらに細めて、俺を睨みつける。


「りょーちん、いくら友達とは言え、もし恋南に手を出したら……」


「さて、さっさと話を進めるぞ!ついてこい!フォローミー!」


勝手に二階に上がってタカピーの部屋に入れば、あの頃と何ら変わってはいなかった。

タカピーも実家暮らしではないので、この部屋があんまり使われていなかったせいだろう。


「なんかまさにタカピーの部屋って感じだぜ」


「物がちょっと増えたくらいかな。りょーちんが知ってるのは中学の時までだろうけど、あれからほとんど変わってないよ」


あまり広くない部屋を占領するベッド、そこに当たり前のように腰掛ける俺とタカピー。

中学の時をなぞっているようで、思わず笑ってしまう。


「超なつかしぃぜ~。何回も泊まったなぁ~ここに」


「徹夜でゲームしたよな。途中でウチのオヤジに怒鳴られたけど」


その部屋から見える景色、匂い、小さいブラウン管が、思い出という財産をフラッシュバックさせる。

と、懐かしんでいる場合ではないのだ。

俺は今、最重要機密へのアクセスを開始しなければならないのだから。


「タカピー!例のブツを見せたまえ!」


「そうなんだよ、それだよ!」


タカピーは机の上に置かれていた、『日記帳』と書かれたノートを手に取る。


「日記なんて小学校の夏休みくらいしか書いた事なかった気がするんだけど……」


そう言ったタカピーに俺は妙な感覚を覚えた。


「タカピーは、その日記を書いた覚えはないのか?」


「うん、まったく。第一見てみればわかるけど、書いてある事が普通じゃないしな」


俺は十年前の夏、きっと何か大切なモノを無くした。

だがその記憶は朧気で、ほとんどまともに思い出す事は出来ない。

だが昨日、今まで忘れていたほんの一部を思い出した。

思い出したのは俺とタカピーだけで、他のみんなは知らないという。

そして今回、この日記帳を書いた事を、本人であるタカピーは覚えていない。

これは偶然だと言えるのか。

十年もの歳月が、記憶や思い出もろとも風化させてしまっただけなのか。

この一連の記憶の欠落は、俺には偶然という二文字だけでは片付けられない気がしてならない。

タカピーから渡された日記帳は、やっぱり随分古い物だというのは一目でわかる。

名前の欄には、綺麗な字で名前と年号が記されていた。





XXXX年夏休み日記

宮嵜貴史





「お前、キツネのくせにめっちゃ達筆だな」


「当たり前だろ。うちのお母さんは書道の先生なんだから」


すっかり忘れていたが、言われてみればそうだった気がする。


ってそんな話はどうだっていいんだよコラ!


長年追い求めた真実への手がかりが今、俺の手の中にあるのだ。

逸る気持ちを抑え、俺はようやくその日記帳の一ページ目をゆっくりとめくった。










7月23日


今日から夏休み日記開始。

それで今日は一発目の日記。

今日はノブちゃんがきゅうきゅう車で運ばれた。

軽いだぼくですんだみたいでよかった。










最初の日記、それは昨日思い出したノブちゃんが救急車で運ばれたというものだ。

ここにその事が書かれているという事は、あの事故は俺やタカピーの妄想なんかではないと証明されたわけだ。

では何故、他のみんなはその事を思い出せないのだろうか。

その理由も含めて、すべてを解き明かす為に、俺はさらにページをめくる。










7月24日

今日はノブちゃんとゆっちとりょーちんと遊んだ。

昨日はあんなおおさわぎだったけど、ノブちゃんはもう大丈夫らしい。










「なんか随分と抽象的な日記だな。むしろこれ日記なのか?」


「仕方ないだろ、中三の時の日記なんだから」


俺はさらにページをめくる。










7月25日

今日も遊んだ。

楽しかった。










「……」


これは酷い。回を追うごとに文字数が減っている。しかも劇的に。

既にだんだんとめんどくさくなってるのが、文面からヒシヒシと伝わってきた。

そしてそこから数ページ、適当にめくってみるが、同じ様な文面がその後も続いている。


「中三でこれとは……酷い!酷すぎるぞタカピー!」


「こ、国語と漢字だけは苦手なんだ……」


確かに漢字もいくつか書けてなかったけれども。

世の平和を守る警官の一人であるタカピーがこんなんで、本当に大丈夫なのだろうか。

どうでもいい日記ばかりが数ページ続いたせいで、期待していた分の落胆が大きい。

そんな俺の目がとある一ページで止まった。


「これは……なんだ……?」










7月28日

すごい!これってもしかしたら人るい史上最大の出来事かもしれない!

りょーちんが宇宙人をつれてきた!

しかもとってもカワイイ女の子!

でもこれはみんなだけのひみつ!










「宇宙……人……だと?」


夏休みのろくでもない日記帳。

ここへ来ていきなりSFになった。


しかも俺が宇宙人を連れて来ただと?


は?


「タカピー、どうやらお前は重度の妄想族のようだな。今すぐ病院に行くべきだ」


「いやいや、俺自身こんな日記を書いた覚えは全くないんだって!」


記憶の欠落。それは俺だけじゃなく、俺の周りのみんなも同じ状態である。

どうしてこんな事になっているのか見当もつかないが、この日記帳に書いてある事をすべて鵜呑みにする気にはなれない。


だって宇宙人だもの。


今までの歴史上UFOの存在やら宇宙人の存在やらは、いくらでも議論されてきた。

俺自身宇宙人という存在は信じているが、実在するという確証はどこにもない。

なのに中三の男子が書いた大した信憑性もない日記を信じれる方がどうかしてる。


「その次のページ見てみろよ。なんだかどんどん訳わかんなくなるから」


タカピーの言う通りに一ページをめくってみると、日付が一気に飛ばされていた。

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