真夏の同窓会2

外にいたノブちゃんが高めのテンションで中に戻ってくると、片手にはいつの間にやらビールのジョッキが握られていた。


「他はこれるかわからないってさカモン!」


そこにいたみんなが、置かれた生ジョッキを手に取るのを見計らい、ノブちゃんは不敵な笑みを浮かべる。


「さぁーって、今夜もいっちゃうよ!久々再会、級友達と熱い夜を過ごそうじゃない会!かんっぱ~い!」


「カンパーイ」


そして始まった真夏の同窓会。

なんだかんだ言っても、みんなどこかに昔の面影が見える。

性格や、見た目、話し方、特徴的な声、笑い方、考え方、ノリ、そのどこかには昔の片鱗があって、あの頃がひどく懐かしく感じられた。

大人になる事を思い描いていたあの頃。背伸びしてカッコつけたあの頃。

思い出は今も色褪せず、俺の胸の中で確かに輝き続けている。

今のみんなを見てると、なんでだかとても優しい気持ちになった。


「え!すごい!ゆっちってバンドのボーカルやってんの!?」


「一応ね。大したものじゃないけどさ」


「ゆっちはビジュアル系のバンド組んでるんだよ!な?」


「え~すごいすご~い!今度一緒にカラオケ行こ~よ!」


いい感じで酔っ払った俺は壁にもたれながら、楽しそうに会話に華を咲かすみんなを見ていた。

そんな俺に話しかけてきたのは、人妻しーちゃん。


「どうしたの龍太君?飲み過ぎた?」


「ふふん、酒は飲んでも飲まれるな。この俺が酒に負けるなんて事はないのだよ」


「さすが龍太君。昔と全然変わってないね」


昔と全然変わってないってのは正直、全然褒め言葉ではない。

確かに俺自身、何にも変化したような気はしないので、しーちゃんの言う事は恐らく正しいんだろう。

だから未だコンビニでアルバイト暮らしなんかしてるんだろうな。


「しーちゃんは変わったな。成人式の時よりもずっと綺麗になった」


「歳をとって円熟味が増したのかな、なんて」


もうかれこれ五年前になる。俺がここに集まったメンバーと会ったのは成人式の時以来だ。

成人式の時は朝っぱらから酒を飲んでいたので、所々記憶の欠落があり、みんながどんな姿だったのか思い出せない部分もあるが、あっちんは確実にあの頃よりも厚化粧になっている。

男性陣の方は、髪の長さやセットの仕方は違うが、顔は見慣れたもの。わからないはずがない。


「しっかし、成人式から五年とは……。月日が経つのは本当に早いな」


「本当にね。あの頃は結婚なんて全く考えてなかったし、まさか今じゃ一児のママになってるなんて、人生っていうのは本当に予想もつかないってものよね」


「しーちゃんが言うと説得力が違う」


しーちゃんは苦笑しながら、グラスに入った氷を指でつつく。


小、中と同じ時間を共有してきた仲間達。

かつては寡黙な少女だったしーちゃん、その頃はこんな風に気軽な会話もなかった。

それが今では普通に会話が出来てしまう。

時の流れが、人を変えていったという事なのかもしれない。


「そういやノブちゃん、終業式の時に救急車で運ばれたよな!あん時はマジ焦ったよ!」


昔話に華を咲かせていた俺としーちゃん以外の四人。

そんな四人の中、タカピーから飛び出した発言に、妙な違和感を感じてしまう。


「ノブちゃんが……救急車で運ばれた……?」


タカピーが言った言葉で、盛り上がっていた空気が一瞬にして凍り付いた。


「え……?そんな事あった?」


あっちんの記憶にはそんな情報は刻まれていないらしく、事の真偽を確認しようと他のみんなに聞き返すが、周りのメンバーも一様に首を傾げる。


「さぁ……僕は覚えてないなぁ……」


「俺が運ばれた?ないない、だって生まれてこの方一度も救急車のお世話になんてなった覚えはないもんよ」


タカピーの言葉をノブちゃん自身が否定する。

俺の記憶の中にもノブちゃんが救急車で運ばれたなんて事実は記録されていない。

恐らくはタカピーが誰かと勘違いしているのだろう。


「いやいや何言ってんのみんな。夏休み前の終業式の日にさ、浮かれたノブちゃんが階段から落ちて気絶して、それで救急車で運ばれたじゃん」


タカピーの詳細な説明を受けても、周りのみんなは首を傾げるばかり。

そんなタカピーもみんながすっかり忘れている事にムキになり始める。


「本当に覚えてないの!?学校中大騒ぎだったじゃん!」


「人違いじゃない?」


「そんな事は絶対ないって!俺、その場にいたし!りょーちん、りょーちんも一緒にいただろ!?」


突然話を振られる俺だが、いくら掘り起こしてもそんな記憶はない。


「ふふ、何を言っているんだキツネさんは。そんな事ある訳ないだろ」


「そ~だよタカピー。そんな大騒ぎになったならみんな覚えてるって~」


この北嵩部村は、やはり小さな村だけあって、あまり大きな事件事故なんかは起きない。

救急車が出動する事なんて本当に稀な事であり、たまに出動したら大騒ぎだ。

ノブちゃんが運ばれたというのが本当だとするなら、大騒ぎになったのは間違いないだろう。

そしてそんな印象深い事を俺たちみんながそうそう忘れるものじゃない。


「いやいや、本当なんだって!絶対間違いないって!」


それでも自分の間違いを認めようとしないタカピー。

自分の記憶に相当自信があると見える。


やはりこいつ……出来る!


「タカピー、ノブちゃんが運ばれたっていうのは、一体いつの事なの?」


そこで高校生、いやヒゲナシゆっちが最高の質問を返した。


「えっと……あれは確か……」


質問を返されたタカピーは言葉に詰まり、頭の中からその時期を引っ張り出す。

俺の中では完全にタカピーの勘違いだと思っていたのだが、次の言葉に、浸透していた酔いも一気に覚める事となった。


「中三の夏、夏休みに入る時の終業式!絶対そう!」


口に入れようとしていた唐揚げが思わず畳の上に転がった。


「中三の夏だと……?」


中三の夏、それは俺の記憶の中のブラックボックス。

俺の喪失感の始まりの場所。解けることのないパズルの一ピース。


「龍太君?どうかしたの?」


俺が一際大きく取り乱した事に、一番最初に気付いたしーちゃんが声をかけてくれるが、今は冷静になんてなってはいられない。

俺が十年間探し続けた喪失感の正体が、ついに解き明かされるかもしれないのだから。


「タカピー!お前、あの夏の事……覚えてるのか!?」


強く詰め寄る俺に気圧され、ちょっと引き気味のタカピー。


「な、なんだよいきなり……。ちょっとビビったぞ……」


「いいから答えてくれタカピー!お前はあの夏、中三の夏休みの事を覚えてるか?」


「中三の夏……」


ただならぬ俺の雰囲気に、酔っぱらっていた他のメンバーも声を失っていた。

タカピーは困った顔をしたが、頭を掻きながら記憶を捜索してくれる。


「実は、ノブちゃんが運ばれたのだって最近思い出したばっかりなんだが。さすがに十年も前の夏休みの事なんて全然思い出せないわ」


俺の期待はタカピーのその言葉に粉々に砕け散る。


「そうか……」


普通に考えてみればそれが当たり前の事だろう。

十年前の出来事、それがとても印象深い事ならともかく、大した事のない日常など記憶にないのが当たり前。

俺の記憶にもタカピーの記憶にも残っていないという事は、やはりあの夏、特別何かがあったわけではないという事なのかもしれない。


「ど、ど~しちゃったのりょーちん?いきなり息巻いて……」


「ん?あぁなんでもないよあっちん!気にするな!」


欠落した一夏の記憶。


それは別に特別な事ではなく、人は皆忘れていく生き物だ。

夏休み前も後も、俺の記憶の中にはほとんど残っちゃいない。

この歳にもなればそれが普通で、覚えてる方がすごい。


「救急車……」


そんな俺の脳内を突然突き抜けた電撃。

頭の中にいくつもの映像が浮かび上がる。










―――「イエーーーイ!サマーーー!」


頭の悪そうな声を上げる我がクラスの委員長ノブちゃん。

これでも成績はかなり優秀だというのがどうにも信じられない。

まだ昼前の教室は明るく、下校する生徒達の笑顔も一際輝いていた。

一学期の最後の日、これから始まる夏休みに気分が高揚しているからだろう。

そして俺もその一人であり、隣で喜びを言葉に表すノブちゃんも一目でそうだとわかる。


「いんや~りょーちん。始まったなぁ夏休みが!なんか今年はいい事が起きそうな気がするぞ!」


「そっかなぁ。大して変わんないと思うけど」


そんな会話をしつつ、夏服姿の女子に目を奪われる俺。

やっぱり夏服はいいなぁ。興奮するよなぁ。

そんな事を考えていた俺の前を通り過ぎる美少女。

ほのかに香るシャンプーの香りに、俺の鼓動は高橋名人ばりの16連打で脈動する。

長い黒髪から度々見え隠れする白い肌に、俺は一体何度胸を高鳴らせた事だろう。


俺の初恋の女の子、あっちん。


彼女と一緒に歩くもう一人女の子、しーちゃんも可愛いが、明るい性格のあっちんにはかなわない。

あっちんに見とれていると、不意に彼女と目が合ってしまった。


「あ……」


彼女が可愛すぎてマトモに目を見れず、視線を逸らす俺。


「じゃあね、りょーちん、ノブちゃん」


そんな彼女は俺たちに爽やかな笑顔を振りまき、手を振った。

まるで天使、地上に降りた最後の天使。

君の瞳は一万ボルトさ。


「アディオ~ス!あっちんもしーちゃんも、夏をエンジョイしろよ!」


「あははっ、もっちろんだよ!」


教室から出ていく二人の背中を目で追いつつ、あっちんの香りの余韻に意識が陶酔する。

なんという美しさだろうか。人間の域を逸脱した神々しい存在。

俺があっちんを好きになるのは、きっと生まれた時から決まっていたに違いない。

あぁ胸が痛むこんな日々は、一体いつまで続くのだろうか。


「よっと!ノブちゃん、りょーちん、俺たちも帰ろうぜ!」


あっちんの余韻を軽々と打ち消す不届き者が俺とノブちゃんの前に現れる。


「くっ……キツネめ……」


「なんか言ったかりょーちん?」


「別に~」


妖怪キツネ男の登場である。


「よ~し!帰るぞ~!今日は川でも行っちゃう!?」


「あ、いいねそれ!今日はめっちゃ暑いからなぁ!」


「そりゃそんな毛皮着てりゃ暑いだろ」


元々細い目だが、それをさらに鋭くさせて俺を睨みつけるタカピー。


「今お前キツ……」


「川行ってるぜ!」


俺はタカピーの追撃をしなやかな身のこなしでかわし、二人より先に教室を飛び出した。


「なな!!りょーちんロケットスタートは反則だぜーい!」


「あ!おい!置いてくなっ!」


木造で哀愁漂う、オンボロ校舎の中を俺たちは走る。

廊下の窓の外は、これでもかってくらい快晴の青空。

村の様子は穏やかで、普段と変わらない平穏な時間が緩やかに流れていた。

今日から夏休みという事もあり、加えてあっちんの笑顔も見れて、俺のテンションも急上昇していた。



二階の教室から一足先に出た俺は、一階の玄関へと向かい階段を駆け下りる。

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