第二話 真夏の同窓会

真夏の同窓会


ウチに父親はいない。

俺がまだ生まれる前に事故で死んだらしい。

家には父親との写真の一枚もなく、俺は父親の姿を間接的にも見た事がない。

だから父親がいる生活というものを知らないのだ。

自然と目に入る一家団欒の家庭、とても幸せそうに見える。

だがそんな事は俺の思考の隅っこにある些細なもの、今はこれから会える久々の面々に想いを馳せ、それが俺の心の大半を占めていた。


「くそ……美紗子め……ちょっとだけと言ったはずなのに……」


夕方の田舎道を一人歩く俺、満腹中枢が俺の脳内に幸福感をもたらす。

今から飲んだり食ったりするはずなのだが、既に俺の胃にそんなスペースは存在しない。

犯人は美紗子。

ご飯を食べるとは言ったが、その量は俺の事を何も考えてない。

ただ、出された物を残すというのも俺のポリシーに反するので、結局全部平らげた俺。

酒が入るスペースがあるのかが一番大事な部分。


「おうりょーちん!また奇遇だな!」


歩いてる途中でキツネが俺に話しかけてきた。日本語で。

この辺ではついに喋るキツネが現れるようになったのかと思わず錯覚したが、よく見ればキツネ顔の貴史ではないか。


「なんだキツ……タカピーかよ」


「お前今何と間違えた?」


「タカピー、今夜はパーリナイ。飲みまくっちゃうYO!」


「ノリ若いなぁ」


そうなのだ、同窓会なんて二十を過ぎてから初なのだ。

成人式の時は完全に記憶を失うくらいまで飲んだが、あの時はそれでも最高に楽しかったなぁ。

今日はその成人式以来のイヴェントと言っても過言ではないだろう。

だから今日は出来る限り楽しむつもりだ。全力で。


「俺はまだ24。四捨五入すれば20!まだまだ若いぜ!」


流れで貴史と合流した俺は、そのまま本日の会場である『居酒屋ロミオ』に向かった。

予定時刻に寸分の狂いもなく到着する俺は、やはりパーフェクト。


パーフェクトオブザヒューマン!


いや、だが本当にこのままみんなと合流してしまっていいものか……。

ヒーローは遅れて登場する理論的観点から見れば、このまま行ってしまえば俺は明らかな一般ピーポー。

ここはばくだんいわばりに様子を見るべきではないのか。

ピンチに陥った時に現れるヒーローのカッコ良さ、まさに俺の追い求める理想像だ。

そんな俺のパーフェクトな作戦を打ち破る、ノブちゃんの声。


「お~い!りょーちん、キツ……タカピー!」


「く、ノブちゃんめ……俺のパーフェクトな作戦を未然に防ぐとは……やはり侮れん……」


「おい、今あいつ絶対俺を四足歩行の動物と間違えたよね」


居酒屋ロミオ、その店の前に立っていたノブちゃんは俺たちに向かって手を振る。


「待ってたぜ~。今夜は、帰さないぜ~!」


「何を言ってるノブちゃん、今夜は帰さないぜ~!」


「お前らキモ!」


「キツ……タカピーも久しぶりだなぁ~!今夜は帰さないぜ~!」


「絶対わざとだろ」


昼間から異常な存在感を放っていたノブちゃん。

正確には小学校の頃から強烈な存在感を放ち続けている。

まさに生粋の変人と言っても過言ではないだろう。


「みんな中で待ってるよ~。生も待ってるよ生」


「うほほ~いいね。早く飲みてぇ!」


久しぶりに見る居酒屋ロミオ。以前見た時とそれほど変化は見られない。

まぁ二年かそこらでそうそう変わるものでもないだろ。

相変わらずオンボロだ。

夕方の太陽に照らされて、雰囲気にも悪い意味で情緒が溢れている。

店内に足を踏み入れれば、すぐに集まっていたメンバー達に見つかってしまう。

それもそのはずだ。だって狭いんだもの。

六畳一間、このロミオの座敷はたったそれだけ。

田舎の居酒屋ならばこのくらいが普通なのかもしれないが。

とは言え予定時刻ちょうどに到着した俺たち二人を含めても、その六畳に入りきってしまうこの人数の少なさ。


「りょーちん!タカピー!久しぶり~!」


まず元気よく声を上げたのは……んと、誰だろう?

カールさせた明るい茶髪に濃いメイク、まつ毛なんてモッサモサだ。

俺の知る同級生にやはりこんな女はいない。


「二人とも、久しぶりだね」


次に話しかけてきたのはその女の隣に座った男子高校生。

未成年が居酒屋で飲酒しようとは、この北嵩部村からもついにヤンキーが生まれてしまったか。

時代の波がついにこんな所にまで及んでしまったか……。


先生は……悲しいぞ!


「もうそろそろ五年振りになるかな。成人式以来ね」


そしてもう一人、また随分雰囲気の違う女性がいる。

その女性は二人とは対照的に、落ち着いた大人な雰囲気を持つお方だ。

僅かに茶色がかった髪色からは、上品さが醸し出されている。

この人は恐らく上流階級の人だ。俺の同級にこんな美しいお嬢様がいるわけないもん。


どうですか?今夜。

朝まで一緒に愛を語らいましょう。


「あっちん、ゆっち、しーちゃんだね!久しぶり!」


隣のタカピーがここにいる三人の名前を言い当てる。


あっちん、ゆっち、しーちゃんと言ったか?

そんなバカな!まさか人はこんなに変わるものなのか!?


「ん?りょーちん?どうかしたの?」


まつ毛モッサモサのあっちん(仮)が俺の無言に気付いて首を傾げる。


嘘だ……。この目の前にいるモッサリまつ毛が……あのあっちん……水原亜莉沙みずはらありさだと言うのか……。

この緊急事態に、打たれ強いさすがの俺も、計り知れないMD(メンタルダメージ)を受けずにはいられない。

何故ならあっちんはかつて、クラスのマドンナ的存在の超美少女だったからである。

あっちんは男子生徒の憧れの的であり、一体何人の生徒が初恋を彼女に捧げたのだろうかもわからない。

そしてそれはこの俺も例外ではなく、彼女に惜しみない愛を与え続けた。


あれは俺の初恋。

俺の初恋の人が目の前にいる。

言われてみればここにいるあっちん(仮)にもかつてのあっちんの面影はあるが……。


「あ、あぁ……天才にありがちな偏頭痛がちょっとね」


だが俺はこの衝撃的な現実を目の当たりにしても顔には出さない。

さすが俺。あくまで紳士、いや神である俺は、多少の精神攻撃などに惑わされたりはしないのだ。

何事もなかったかのように座布団に座る俺。



プゥ~~



「な!」


高音の気持ちいい音が部屋の中に響き渡る。


こ、これは!


肛門のため息!?


「ぷはははははははぁ~!」


「ん……くく……くく……」


「あははははは!りょーちん!あははははは!」


冷静に考えてみよう。

俺は決してケツの筋肉を緩めてはいない。むしろいつだって死後硬直だ。

まさか無意識の内にケツ筋を緩めてしまったとでも言うのだろうか。


いや違う。

俺に抜かりはないのだ。こんな時だからと言って、肛門に緩みなど与えるはずがない。


となると……これは罠かっ!


「ふんっ!」


自分の座った座布団をちゃぶ台返しのようにひっくり返せば、そこには憎たらしいクッションが、空気を失ってペシャンコになっていた。


「こんな小細工を……」


俺が憤っていると言うのにここにいる奴らは笑い転げている。


ふん、どうやら死にたいようだな。


「なはははははは!ヤバいよ~なんか涙出てきた!」


あっちん、いや、あっちん(仮)はモッサモサのまつ毛をモッサモサと揺らして、今にも取れてしまいそうだ。

その横の男子高校生は、笑いを堪えつつも長めのサラサラヘアーを掻き上げる。

そういえばさっきタカピーが言っていた名前、あっちん、しーちゃん、ゆっちという三人。


俺の知る限り……


あっちん=水原亜莉沙

しーちゃん=岩澤雫

ゆっち=秋本悠


と言うことはこの男子高校生はもしかして秋本悠あきもとゆうだとでも言うのだろうか。


通称ゆっち、かつては学年一の、いや校内一のイケメンと言われていたちょっと天然の男。

うん、確かに今見ても十分色男だが、25にもなってこの童顔はもはや犯罪だろ。

コンビニで酒買ったら確実に年齢確認される顔だわ。

だがどうしても俺の目はこいつの口元にいってしまう。


「な……!」


思わず声が漏れる。

考えられない事が目の前で起きているからだ。


「バカな……!」


「りょーちん?どうしたの?」


ゆっちはその童顔で首を傾げてみせる。


この男には無いのだ。


アレが、アレが無いのだ!


「ヒゲが無い……だと……?」


俺のヒゲは一夜寝かせるだけで、朝にはやすり状態だというのに、こいつの口周りにはヒゲらしいヒゲも見当たらない。

と言うよりも青さがない。長年シェーバーを愛用していれば青くなるのが当然。

だがこの男にはそれがないのだ。


あり得ない……。こんな事はあり得ない……。

脱毛……?そうか永久脱毛!ヒゲを永久脱毛しやがったなコンチクショーめ。


「ヒゲ?あぁ、僕、体毛が薄いらしくて、全然生えてこないんだよね」


あぁ間違いない、……ニュータイプだ。

これからスーツを着る時は、ビシッとモビルスーツで決めて行きなさい。


「東方不敗ぃぃーー!」


「りょーちん?」


ヒゲナシの事は置いて、今大事なのは最後の一人しーちゃん。


岩澤雫いわさわしずく、通称しーちゃん。

もちろん彼女も中学の時の同級生で、あっちんと一番仲の良かった女の子だったな。

俺の記憶の中のしーちゃんは、物静かで地味な女の子だったような気がするが、やはり人は時間と共に変わっていく生き物なのだろう。

しーちゃんはすごく美しい大人な女性になっていた。


「しーちゃん、見ない間になんか大人っぽくなったね」


「ん~?それって老けたって事かしら?」


わざとらしく不機嫌そうな顔で聞き返す顔も、なんだかとても美しい。

やはり今晩、俺んちで一緒に夜を越そう。


「美人だってことだよ」


「なに?もしかして口説いてるの?」


口説いたつもりはなく率直な感想を述べたつもりだったが、まぁいい。今夜は帰さないぜ!


「え~いいなぁシズだけぇ?りょーちんアタシはアタシは~?」


「あっちん、愛してるよ」


「きゃ~。りょーちん、アタシもア・イ・シ・テ・ル!」


ノリだけであっちんに愛してるって返してみたが、なんだかやっぱり昔のあっちんじゃない。


は……まさか、影武者!?


「りょーちん、でもしーちゃんに手を出しちゃダメだよ~?しーちゃんは人妻なんだからね」


「でぇっ!」


「マジ!?」


俺とタカピーはまさかの衝撃発言に、思わず目を見開いた。

突然の事に『でぇっ!』とか言ってしまったが、まさか知らぬ間に人妻になっているとは。

確かにこの美貌に男が放っておく訳がないだろう。


「うん、もう結婚して三年半になるかな。ウチのまりちゃんも三歳になったし」


「子供もいんのか!?」


「いるよ。私デキ婚だったから」


恐るべし時の流れ。俺の知らない間にまさかこんな事が起きていようとは。

自分の同級生にまさか三歳児の親が潜伏していたなんて、思いもしなかったぜ。


「ただいま~!みんな楽しんでるか~い?」

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