コンビニ店員の帰郷3
手を振って走り去っていくノブちゃんを見送りながら、内心は生きている事にホッと一息だ。
家に着くまでにかなりの時間を無駄にロスしたような気もするが、ようやく久々の自宅を垣間見る事が出来た。
「ふぅ……」
築五十年くらいの老朽化が進む一軒家。周りの家も似たように築四、五十年くらいはあるので、俺の家だけが古い訳ではない。
元々は俺のじいちゃんとばあちゃんが住んでいた家で、二人の亡き今、この家に住むのは我が母親だけである。
「帰って来ちまったなぁ……」
家を出た時は、必ずビッグになって帰ってくるって息巻いていたな。
結局未だフリーターという現実。
人生とは本当にうまくいかないものだな。骨身に染みるぜ。
玄関の引き戸を開ければ、カラカラと鳴る音も酷く懐かしい。
そして実家の匂い、その空気、すべてが俺の気分を数年前にまで遡らせる。
「ただいま」
「おかえり~!」
俺が帰って来るなり、台所からエプロン姿の我が母が飛び出してきた。
決して裸エプロンじゃない。いや、むしろ裸エプロンだったら引く、ガチでドン引きだ。
「りょ~ちゃん、うわっ!なんか見ない間に老けたね~!」
「人生と言う名の勉強に勤しんでいたからね」
「とか言って夜の勉強ばっかりしてるんじゃないの~?」
「フッ、帰ってきて早々下ネタとは、さすが美紗子。ひと味違う」
「コラ、ママと呼べと言っとるだろ」
これが俺の母親。
どっから見ても、誰が見ても、妙な母親に違いない。
ちなみに年齢は45……46?その辺だ。熟女だ。
「今夜はりょーちゃんの為にママの手作り料理を奮うわよ~!」
「いや、今日同窓会で食ってくるからいいよ」
俺の言葉に美紗子は目をうるうると濡らす。
熟女、しかも実の母親のそんな行動に俺がトキメくなんて事は、天地がひっくり返るくらい有り得ない事。
だが、俺は母親の愛情を確かに感じていた。
ウチの美紗子はちゃんと仕事をしている訳で、今日がたまたま休みだとかそう言うわけではないはず。
つまり美紗子は今日の為にわざわざ休みをとった訳だ。
感覚の鋭い俺はそんな部分を簡単に感じ取ってしまうのである。
全く、自分でも恐ろしい洞察力だ。
ここで俺が直接的に聞いたとしても、美紗子はたまたま休みだったと言い張るだろうがな。
「ふぅ……わかったわかった。ちょっとだけ食っていく事にしよう」
「よろしい!りょーちゃんはあんまりいい物食べてなさそうだから、今日はヘルシーな物にしようっと!」
久しぶりに帰ってきて母親の料理も食べられないというのなら、本当に親不孝もの。
仏の龍太と呼ばれるこの俺、さすがに母親の願いを裏切れるはずはない。
ルンルン気分で鼻歌を歌いながら早速料理を始める美紗子を後目に、俺は久しぶりの自室へと向かった。
階段を登って、すぐ左にある部屋が俺の部屋。
と言っても、もう随分使っていないし、必要な物は今のアパートに持ってっちゃったので、今この部屋にあるのは本当に僅かなものである。
六畳程の部屋に古ぼけた勉強机、真ん中に小さなテーブル。ずっと使っていないMDコンポ、棚には色褪せた漫画本がズラリと並ぶ。
俺がこの家を出た時のまま、まるで時間が止まってしまったように何も変わってない。
「しっかし……あっつ~……」
この部屋の日当たりは良好、窓から差し込む日差しも部屋の中をムンムンと暖め続ける。
昔から夏場のこの部屋の暑さは異常だったが、やはり変わらず異常な暑さが部屋にこもっていた。
部屋の中にいたら蒸されて食べられちゃうかもしれん。
一気に部屋の中へと走り込み、部屋にある二つの窓を開放すると、部屋の熱は風に流されて消えていく。
「さて……」
今年もまた夏が来た。
俺にとっては24回目の夏。
ここ数年はこっちに帰ってくる事はなかったから、この地で迎える夏はどこか懐かしい気分になった。
今なら何か思い出せるかもしれない。
14回目の夏の出来事を。
あの時俺は、多分……とても大切な『何か』を失ったんだと思う。
十年間探し続けていた『何か』を、今度こそ見つけられるかもしれない。
理由も確証もないが、何故だかそんな気がしてならなかった。
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