コンビニ店員の帰郷2

中学の同級生、仲の良かった俺たちのグループの中の一人。

昔はクラスの中でもトップクラスにヒョロヒョロだった男だが、あの時から比べると随分体格がガッシリした様子。


「しかし……臭いな」


トイレを出てスッキリした顔を店員に振りまきつつ外へ出る。

店員の顔は未だに呆気にとられたまま、口をあんぐりと開いている。

どうやら俺のスーパースターオーラに声すらも出ないようだ。

まぁ凡人はそれが普通かもしれない。


「お待た」


「『せ』まで言えよ。それにお前が臭いように見える」


「失敬な!俺は漏らしてないぞ!24歳にもなって漏らすなんて恥ずかしくて外も歩けんぞ。はっはっはっは」



ミーンミーンミーン……



さっきまでは極度の緊張下にあったせいか、真夏の日差しの熱など気にもならなかったが、今改めて感じると凄まじさがわかる。


「あ……あつ……」


焼き付ける容赦ない太陽、アスファルトから吹き上がるこの熱、全身から噴き出す汗がTシャツを濡らす。

だが空気は新鮮。景色は本当に田舎だが、俺が今住んでいる所じゃ感じられない空気だ。

あまり涼しくない微風の中、思わず周辺の景色を見渡す俺。

そのどこもに見覚えがあって、思い出が転がっていた。


「なんだかめっちゃ懐かしい景色だな~」


隣の貴史も、俺の真似をして周りの景色を懐かしんでいるようだ。


「りょーちんは、いつ帰ってきてたんだ?」


「んー?俺の心はいつもここにあるぜ?」


「ふーん、で?いつ帰ってきた?」


こいつ……出来る……


「今だ。まだ家も帰ってない。俺のホール・ニュー・ワールドがダークサイドに堕ちかけてたからな。ダークサイドに堕ちてたなら無限のパワーを手に入れていただろう」


「つまりウ○コが漏れそうでヤバかったって事だろ?」


「まぁそういう言い方もある」


懐かしい貴史のキツネ顔。こいつとは昔はよく一緒にいた。


「りょーちん、今日の同窓会に呼ばれて帰ってきたんだろ?」


「そういう捉え方もあるな」


「うし、積もる話は夜にたっぷり聞けるわけだ」


よく見れば貴史は手にヘブンのビニール袋を持っている。

その中に入ってる青いビニールのパッケージが僅かに透けて見えていた。

あれは間違いなく、中学の時によくお世話になったボリボリ君だ。


「ウチの母さんがアイス食いたいって言うから、仕方なく俺が買い出しててさ、早く帰んなきゃ溶けちゃう」


既にもビニール袋がいっぱい汗をかいているようだが、ボリボリ君はまだ本当に生存しているのだろうか。

ま、俺が食う訳じゃないからどうでもいいだろう。


「じゃあなタカピー。また夜、遅れたら承知しないんだからな!」


「何そのツンデレ!?」


貴史を見送った後、俺はボリボリ君を買った。

非常に暑い日差しの下、ボリボリ君を食べながら実家を目指す。

周りは山ばかりだし、村の中も自然に溢れている。


「さっすが、やっぱいつ見てもド田舎だなぁ……」


ここは俺が生まれ育った村。

村の西側以外は全て山に囲まれ、南側から西にかけて緩やかな川が流れている。

だけど特に観光スポットとなる所もなく、移り住む人も少ないので、完全なる過疎地である。

というより過疎地の典型だ。


北嵩部村きたかさべむら、人口は千人にも満たない本当に小さな村。

村の中で一番大きな建物と言えば、三階建ての村役場の建物くらいか。

道の所々に、店の看板やら行き先を示す看板があるが、そのどれもが風化し錆び付いて、何て書いてあるのか読むことも出来ない。


「まさに田舎クオリティ」


ヘブンから徒歩10分、全身から噴き出す汗が俺をカラカラに乾燥させる。

ボリボリ君から貰った水分はものの数分で完全に蒸発したのだ。


「あ……つぅ……」


どうして夏というのはこんなにも暑いのだろうか。

太陽の奴め、ちょっと調子に乗りすぎだろコノヤロー。

雲のない空、太陽の光の強さはまさに、俺を蒸発させようとしているかのようだ。

遠くで揺れる陽炎、夏の典型的な現象である。

そんな陽炎の向こうから何かが音を上げて迫ってくるのが見えた。



ブロンブロンブロロロロロロ……



厳つい低音をはべらせながら近付いてくる黒い弾丸。

いや、あれは黒いボディのバイクか。

こんな田舎にもあんなバイク乗ってる奴いるんだな。

ビッグスクーターか?俺のスクーターと交換してくんないかな。

いずれは俺も単車を手に入れて……ん?

バイクが俺の方へ向かって走ってくるが、一向に速度を落とす気配が見られない。

どうやら俺を殺す気のようだ。


「え?わっ!待て待て!止まれーー!」


バイクが突っ込んでくる刹那、俺は神懸かり的な反応を見せ、飛び込み前転を完璧に決めて危機回避。

俺のいた場所を軽く通り抜けたバイクは、その先にあった木に激突した。



ガッスン!



あまり速度は出ていなかったが、バイクに乗っていた当人も当然のように投げ出される。

その体が宙に舞うのを俺はただ呆然と見つめていた。

ライダーの体は約3メートル程宙を舞って、やがて田圃の中へと決死のダイブを見せる。


「……」


思考停止。

俺の頭の中で、今起きた事を正確に整理し直してみよう。


えっと……まず、バイクが突っ込んできた。俺に向かって一直線に。

危険を感じた俺は、それを神懸かり的な飛び込み前転で見事に回避する。

俺の神懸かり的な回避に反応できなかったあいつは、そのまま木に衝突、田圃の中へフライングボディープレス。

つまりあいつは俺を殺そうとしたのだ。ここへ来るまでに命を狙われたのはこれで二度目。

最初はクーラーという間接的な方法で攻撃を受けたが、今回はかなり直接的な物理攻撃だ。

これで間違いない。奴らは俺を殺そうとしている。


「そうはいくか!」


田圃にダイビングしたあいつをとっちめて、すべての事情を聞き出してやる。


「あいてて……」


立ち上がるヘルメットの男。その姿は田圃の泥にまみれてあまりに滑稽。


「おいお前!俺を殺したかったようだが詰めが甘い!」


「ん?あれ~?もしかしてりょーちんじゃん?りょーちんっしょ?」


なんかめっちゃ馴れ馴れしいんですけどこいつ。

こいつは俺を混乱させ、その隙に俺を刺し殺す気だな。


「だ、誰だ!?名を名乗れ!」


心なしか聞き覚えのあるような声の気もするが、声だけで人を判断するのは危険行為だ。

俺の友人に似せた声を出して、俺を油断させているだけかもしれないのだからな。


「俺だよ俺、わかんね~かなぁ~?」


男はそう言いながらヘルメットをとる。

ヘルメットのせいで髪の毛はボサボサ、目元にかからないくらいの黒髪にパッチリと大きな二重の目。

眉毛はちゃんと手入れされているようで、細くしっかりと整えている。


うむ、なかなか好青年じゃないか。


確かに見覚えのある顔立ち、俺をあだ名で呼んだ辺り、ここ北嵩部出身の人間のはずだ。


「お!おう!もしかして北島か!?久しぶりじゃん!元気にしてたか?」


「元気元気!毎日仕事ばっかでやになっちまいそうだけどな!はっはっは!ところで北島って誰よ」


どうやら北島じゃないらしい。


「もしかして本気で忘れてる?」


北島は泥まみれの顔で俺を覗き込んでくる。

俺は記憶力は抜群にいい(自称)。だが目の前の北島は田圃の泥にまみれてるせいで、判断不能なのだ。


「北嵩部中三年、クラス委員長と言ったら俺しかいないだろ」


誇らしげに腰に手を当て、右手の親指を自分自身に向ける北島。

俺の母校である北嵩部中は生徒数がかなり少ない。

全校生徒含めて100人に満たない俺たちの学校にはクラスという概念が存在しないのだ。

つまり1学年に1クラス、俺たちの学年ももちろん1クラスである。

そうなると必然的に同級生でクラス委員長は一人しかいないという事になる。

そして中3の時クラス委員長だったのは男子。

俺達の学年の中のムードメーカー的な存在、やたら楽観的な男だった。


「ノブちゃん?」


「ん~~正解。りょーちんに忘れられてるとは、なかなかショックを隠しきれないぞ」


長瀬伸明ながせのぶあき、通称ノブちゃん。

責任感が強く、情に厚い、驚く程前向きな男。

が、普段はかなり自由人であり、任された仕事とか、やらなきゃいけない仕事以外は適当な事が多い。


「そんな事より、まず俺を殺そうとした理由が聞きたい」


さっきからずっと思っていたが、俺との会話の前にまず自分が事故を起こした事を考えるだろ普通。

話しかけたのは俺だけど。

ノブちゃんは今の自分の状況と、田圃の外で倒れてるバイクを見て思考を巡らせているようだ。


「そうだ……確か、久々にバイク乗りたくなって……。それで途中からやたら眠くなって……」


どうやら居眠り運転が今回の事故の原因らしい。

それにしても眠りながらもバイクを真っ直ぐ走らせるノブちゃんは、一体どれほどの手練れなのだろうか。


「うわっ!俺のバイクが怪我してる!」


自分が転がした黒いビッグスクーターに駆け寄ると、そのボディの傷を優しくなぞる。

泥だらけの自分の事を全く気にもとめないノブちゃんは仕事人だな。


「りょーちんはどこ向かってんの?家?ふんぬ!」


倒れたバイクを気合いで立ち上がらせながら話しかけてくる様は、まるでアクションスターだ。


「さすがに今からロミオに行く訳じゃないっしょ?」


ロミオとは、この北嵩部村にある唯一の居酒屋である。

他に場所もないこの村での同窓会、開催場所はそのロミオなのだ。

ちなみにどうして名前がロミオなのかというと、俺も知らない。


「今帰ってきた所だ。んで、今お前に殺されかけた所だ」


「さっすがりょーちん!今日の同窓会の為にわざわざ駆けつけてくれたんだろ!?やっぱ神だわ!りょーちん神だわ!」


「ははっ言われなくてもわかってるよ。俺は神……だからな!」


ノブちゃんはバイクのエンジンをかけると、それに軽快に跨がった。


「さぁりょーちん、乗って!家まで送っちゃうよ!」


「え!あ、いや!やめとく!」


「いいから早く!俺の最速見せちゃうからさ!」


「いやマジ大丈夫だから!俺神だから大丈夫だから!」


「神様だからこそ丁重に家まで送り届けなくちゃ!」


神様がツレのバイクで二人乗り。川柳みたいになってる!


ノブちゃんは寝ながらでも真っ直ぐ運転出来るスキルを持っているようだが、さっきみたいな事になれば次こそ生存するとは限らない。

神である俺でも命の危険を伴うわけだ。


「あ!ちょっと俺急用を思い出した!じゃあまた夜会おう!」


「あ!待つんだりょーちん!」


必死で逃げだそうとした俺だったが、結局すぐに捕まり、無理矢理家までこのバイクに乗るハメになってしまった。


「じゃありょーちん、また後で!」

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