第59話 変化をもたらす国交

 日差しが僅かに差し込む早朝、蒼海から草木の青々としたものへと移り変わり、懐かしい農村の香りが広がってくる。ドラストニア国内に戻ってきたのだとロゼットは列車の窓を開けて早朝の冷たい風を感じる。


「たっだいまー!!」


 地平線から覗かせる日の光に向かって少女の叫び声が響く。太陽の輝きによってドラストニアの大地が露になっていくのが分かる。あの独特な農業の動物と草木と土の入り混じった香りが今は芳しいとさえ思えてくる。日の昇りつめるよりも一足先に一同はドラストニアへと帰還した。


 長い間留守にしていたドラストニア王都は商業が大層盛況しており、物流が以前よりも格段に膨れ上がっていた。駅には人と貨物列車から運び出された荷物でごった返しになっており、その騒々しさは息吹のようなものに感じられる。


「わぁ…す、すごいことになってますね!」


「レイティスとの貿易とジブラルタルの海域が解放されたことで商売の幅が広がりましたからな。商人にとってはこれほどのビジネスチャンスを逃す手はないでしょう」


 海賊討伐の恩恵はかなり広範囲に渡って利益という形で現れていた。それは諸外国のフローゼル、グレトンにとっても同じことである。そして貨物は物に限らず、動物や魔物にまで至り、以前フローゼル行きの便に乗る際にも見たこともないような魔物が檻に入れられ運びこまれている姿も散見された。


「前々から思ってたんですけどあんな魔物誰が飼うんですか?」


「土地に適していれば問題はございませんでしょうが…少々見ていて良いものではありませんな。それにロゼット殿も似たような立場ではございませんか?」


 彼女はセルバンデスに澄華の事を切り返されてしまう。少しばつの悪そうな表情になり、彼女も考えを改める。澄華も成長すればアーガストのサルタスほどの大きさになるかもしれない。それに彼らは地竜種の中でも群れをなして行動する『狩人』。本来は人間とは相反する存在として位置しているため生活環境だって違うだろう。澄華の今後を考えながら駅を後にすると、彼女達を待っていたかのうように多くの人間が取り囲む。


 なにやらメモと万年筆を持ちながらロゼット達に対して今回の外交においての成果を知りたがっている様子であった。所謂『記者』というものなのだろうとロゼットの直感が働く。


 記者たちは外交に関しての一件よりもどうやら海賊討伐のことに関しての言及の方が多く見られた。海軍を率いたレイティスに同行して彼らが孤島の制圧に一役買ったとも―…。


「今回、海賊長を討伐されて、ジブラルタル海域の解放についてですがこれも外交成果の一つと考えてよろしいのでしょうか?」


「彼には悪魔のような魔力があったという話も入ってきていますがどうやって討伐されたのですか? 答えてください!」


 記者たちの鬼気とした恐ろしい質問攻めに圧倒されて後ずさりし、ロゼットとシンシアは僅かに恐怖さえも覚えるほど。紫苑とセルバンデスは記者たちの質問攻めにたじろぐことなく悠々とした態度で応対する。今回海賊討伐には協力はしたものの、自分達は各々の領分でしか今回は関わっていないと説明する。しかし一人の記者の質問で空気が大きく変わったのだ。


「先日ロブトン大公からも伺ったのですが海賊長の討伐は将軍ではなく、少年少女だという話を聞いておりますが…。もしやそちらのお嬢さん方が関与されているのではないのですか?」


 質問攻めだった記者たちの声が一斉に静まりざわつき始める。一足先に帰国していたロブトン大公によって記者たちの間でも海賊長の討伐の情報はもたらされていたようだが、『少年少女』によって討伐されたものだとは彼は言及していなかったようだ。にも関わらずこの記者はロブトン大公から知ったということを示して他の記者とのアドバンテージを見せ付けるようにセルバンデスらに質問を投げかけた。セルバンデスは内心驚いていたが、先ほどの説明の通りだと留めた。


 他の記者たちもその事実に確認を取ろうと責めるような追求が続いたために警備担当の衛兵に制止を協力。馬車へと乗り込み王宮へと帰還する。


 折角の帰還というのに先ほどの記者の質問攻めに少し消沈した気分に落ちてしまったのか少女二人は見る見るうちに元気を無くす。王都では安寧できると思って気が抜けていた矢先に突然、張りつめた緊張感が襲ったのだ。その上、溜まっていた疲労もあって体が驚いたのだろう。まだ幼い二人の少女にはこの落差についていけるような精神力も身体も作られていないので当然といえば当然か。


「御二方、どうかあまりお気になさらないように。記者自体が多種多様ではございますが多くは話題になりそして金になる…そんな種を求めているだけでしょう」


「元々は活字が一般庶民にも普及することを目的として一部で活動していた人間が世相に関しても書くようになったことが現在に大きく関係しておりますな」


 ロゼットは彼らがむしろこちらの粗を探しているのではないのかとさえ思っていた。自分が海賊に捕まったことが事の発端だと知られたら全国紙として載せられてしまうのではないのかと少しビクビクしながら想像してしまう。


(新聞…というよりもママがよく見てた週刊誌とかの類みたいだなぁ)


 二人を慰めるように声をかけて紫苑は馬車の窓に掛かっているカーテンを開けて街並みの賑わっている様子を見せる。眩い光が入ってきて一瞬目を瞑ってしまう。目を擦って見渡すとそこには輝かしい光景が広がっているのだった。


 レイティスとの貿易開始に伴い市場も急拡大、行商人達が行き交い商人達はせこせこと大忙しといった様子で働く姿が見られた。荷物の運搬作業も人手が足りないほどで、以前広場で見られた求人票には物流、商業関係の求人広告で埋め尽くされており、ひっきりなしに雇用されている様子が見られた。


 建築物も規模の拡張で幾つか建て直しされている様子も見られ、町そのものが生き物として大きく成長していくというものをまざまざ感じるようだ。少女二人が目をきらきらと輝かせながら新しくなっていく街並みを見て、二人で今度の休日に出かけようなどと、思い思いに語る。


 セルバンデスがそのことに対して少し咳払いをしてロゼットの方を一瞥。ロゼットも気づき、許可が下りたら遊びに行こうと改めた。国内とは言えど自身は王位継承者という大事があってはならない身、そう簡単に出歩くことは出来ないし、誘拐されて救出されたばかりというのもあってしばらくは自粛せざるを得ないか。




 王宮では国王派の人間に出迎えられて今回の交渉の成功と海賊討伐の一件に関してまずは祝杯が挙げられることとなった。彼らの元には書簡で情報が届けられていたようで、国王派の間では一足早く祝杯ムードであったとか。そんな彼らに少し冷ややかな様子で向かってくる影。


「長旅ご苦労でしたなセルバンデス殿。今回の会談は概ね成功のようで何よりです」


 如何にも年寄りといった、白く長い髭を蓄えた男性を筆頭に数名の高官とロブトン大公が彼らに労いの言葉を掛けてやってくる。少し冷めたようなどちらかというとあまり歓迎していないようにも見えてロゼットも彼らが長老派の筆頭なのだと一目見ただけでわかった。


「ハーバートン殿自らお出迎えして頂けるとは感謝の極み。今回の会談フローゼル元よりグレトン公国との協力あってのことで、我々だけの実績ではございません」


『ハーバートン』と呼ばれる長老に対してセルバンデスが謝辞を述べて返す。セルバンデスからこの言葉を引き出したいがために出迎えに来たのか、長旅の疲れがあるにも関わらず彼らよりも一足先に帰国していたロブトン大公もわざわざ出張ってきた。ロブトン大公の実績でもあると彼らは言葉では介さなくても嫌味のように間接的に主張をしてきているつもりなのだろう。


「勿論、ロブトン大公にも協力していただき感謝しておりますよ。わざわざご足労いただきありがとうございます。彼らに色々と助言もされたようで」


 久しぶりに聞く悠長な話し方で彼はロブトン大公を労った。長老派と国王派が議会の場以外で集まるのは非常に珍しい光景ではあったものの、その空気は現状の関係性を如実に語っていた。彼の隣を歩いてくるブロンドの美しい髪を靡かせた女性の足元からロゼットへと向かってくる小さな影。小さな鳴き声を上げて主の帰りを待ちわびていたように彼女に抱きつき甘えてくる小さな地竜。


「ただいま澄華。久しぶりだねちゃんとお利口さんにしてたかな?」


 彼女を抱き上げてロゼットは頬ずりをしてスキンシップを図っている。ピリついた緊張感が一気に紐解け、長老派の人間はその場を後にしていく。国王派も仕事へと戻り、ロゼット達はラインズ達と経過報告を兼ねていつもの集会場へと向かおうとするがラインズが止めてイヴと一緒にいるようにと伝えた。ロゼットは疑問に思って首を傾げていたが、今日明日は休暇扱いとなり自由に過ごしていて良いとのことだった。


「そういえばアーガストさんに澄華のことはお願いしたのに、なんでイヴさんのところに?」


「彼はシャーナル皇女の供回りとしてマディソン殿と一緒にガザレリアへ向かったわ。彼が発つ前に私に頼んできたのでね。正直どう接していいのか分からなかったけど、私とリズの匂いが似てるからなのか匂いを嗅いで大人しくしていたわ」


 自身と同じ匂いというので少し引っかかりを覚えたが、そういうことだったのかと自身の中で納得していた。澄華はロゼットの側でも落ち着いた素振りを見せたことは正直あまりないのだが少なくとも怯えていたようでもなかったので結果的にイヴに任されていたことが良かったことでもある。そして同時にシャーナルが不在であった理由も知り納得するもどこか寂しげな様子を見せていた。


「シャーナル皇女は今回訪問という名目だから帰国するまでそう長くは掛からないと思うわ。今回活躍はあったものの…あまり無茶をしては駄目よ? 捕まったのに本当に良く無事でいられたわね」


「あはは、ごめんなさい…。紫苑さんと旅先で知り合ったジャックスさんに助けてもらって、色々あってまぁ…討伐したというかなんというか。でも私とシェイド君が倒したってわけでもないんですけどね」


 海賊長ダヴィッドの討伐はそのジャックスが行なったものだと彼女は答えた。けれどイヴはそのジャックスの名前を聞いて少し物思いにふける。彼女の様子にロゼットはどうかしたのかと訊ねるがイヴは思い違いだと答えただけだった。首をかしげて疑問符が頭に浮かばせるロゼットの元に紫苑が声を掛けてきた


「イヴ王女に少々ロゼット様の事でお頼みしたいことが」


「私に? なんでしょうか?」


 ロゼットのことについてと言われてなんのことだろうかと彼女も興味津々に耳を傾けていた。紫苑はセルバンデスと話していた一件を話しつつ、今後のロゼットの能力向上のために彼女の分野でもあるある技術の修練を任せたいとのことであった。剣術においてはシャーナル、学術においてはセルバンデス、そしてロゼットが現在開花させつつあるある能力。


「魔力に関してロゼット様の指南役としてお願いできませんか?」



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