第54話 絶海に猛る業火

 漆黒の広がる海上、孤島周辺を艦隊がそれぞれ囲みいつでも彼らの動きを察知できるよう包囲網とする。分散された船の一つへと交渉の後移動してきたロブトン大公。彼に追従していた長老派の数名の高官達は飛竜による書簡を受け取り彼に進呈する。


 大公はそっけない態度で受け取り内容確認を行なう。どうにも高官達には彼の行動が読めずにいるようだ。今回の一件でわざわざ危険を冒してまで関わる必要があったのだろうか――…。


 高官の一人が大公の顔色を伺っていると彼の意図を読んでいたのか少しだけ笑って見せているとそこへ飛竜の書簡が届き、受け取った大公はすぐに目を通す。


「書簡は長老からでしょうか?」と高官の一人が尋ねるが相変わらず不敵な笑みを浮べるだけですぐに合図を送る。


「なるほどな…を掲げさせろ」


 軍船に『赤い旗』を揚げさせるよう指示し、これが何を意味するのか高官は尋ねるも―…。


「わからないならわざわざ口を挟むな。黙って命に従っていろ」


 冷たい声で彼らに伝える。少し青ざめた表情で彼らは指示に従い、軍船全体にゆっくりと孤島から離れるように通達する。これだけ距離を開けるとどう考えても参戦は難しいのではないかとレイティスの将兵は憂慮するが、高官達は自分達が彼らには海賊の不意をつくための切り札だと説明。


 だがロブトン大公は動くつもりはない。傍観を決め込む目論見でいる。


「さて…どう動くか見ものだな。是非ともしてもらいたいね」


 濃霧がかかり不気味に揺れる『赤き旗』の下でロブトン大公の言葉だけが響く。


 誰に対しての言葉であったのか、いや『どちら』に対しての言葉だったのかは彼に近しい高官でも知る由はなかっただろう。



 ◇



 海賊の声が遠のき、静かな牢獄の中でただ一人で待っている。昔よく目にしたことのあるファンタジー物語で見たことのある光景だった。囚われの姫君が王子様、勇者様、彼らの救いを求めてただ待っていることしか出来ない。


 今になって彼女達の心情がどうだったのか、皮肉にも考えさせられる。人質として捕らえられ自分を材料に彼らに揺さぶりをかけている状況に歯痒さと悔しさがこみ上げてくる。


 自分は『本当』の姫君ではないけれど、それでも多くの人から期待されて支えられているのに何も出来ないままで本当に良いのだろうか?


 そう考えていると見張りが手薄になった頃合だと見計らってやってきたエイハブさんが近付いてくる。


「エイハブさんっ」


 私の声に人差し指を口元に当てて静かにするように注意する素振りを見せる。周囲を見回して見張りがいないか確認した後に逃げるように牢の錠を外した。


「海賊達が動き出した。おそらく艦隊に奇襲を仕掛けるつもりだ。この隙に乗じてお嬢ちゃんを逃がすようにジャックスから言われてな」


「紫苑さんとジャックスさんは無事なんですか?」


 自身もそうだけれど連れて行かれた彼らのことが一番の心配事。紫苑さんはドラストニア軍でもトップに位置する将軍で国にとっては私以上にかけがえのない存在、それに私にとっても―…。


 二人が交渉のための海賊船に連れて行かれたというところまではエイハブさんも見ていたらしく、今もまだ船は出払った状態だと知らされた。それどころか要塞の海賊も動き出しており、奇襲のための準備に取り掛かっている様子。最初から彼らは交渉などするつもりなどない。


 不意打ちを掛けてレイティスの軍船を乗っ取る策略。なんとか彼らに知らせる術はないだろうかと考えているとふと、あの粉の事を思い出しエイハブさんに訊ねてみることにした。彼は眉を顰めながら粉を良く見ていると何かに気づいたのか正体を明かしてくれる。


「コイツは『カルティタイト』の粉末だな。魔鉱石の一種で魔力を帯びる貴重な鉱物資源だがなんでそんなものをお嬢ちゃんに渡したんだか」


「魔石……。もしかして魔力を放つことが出来るんですか?」


「ああ、聞いた話によるとコイツはむしろ魔力を増幅させる効果を持っているらしい」


 彼曰く魔法との相乗効果を期待して用いることから魔術師かなんかはよく持ち歩くそうで鉱物としての形では四重の輝きを放つことから『カルテット』の意味を持つ名前を付けられたそうだ。はたまた四大元素という意味合いからもきているとか言われており、貴重な鉱物だから出回ること自体とても珍しい代物なのだとか。


 彼はきっと私の左腕の腕輪を見て気づいたのだろう。私が魔力を用いる事に――…。


 だから私に渡したのかと妙に納得していると脱出路への案内をしつつ、外の様子をエイハブさんは詳細に教えてくれた。


 レイティス軍の数にもよるが数千の海賊による、深夜の奇襲。加えて今夜は濃霧が発生しているためレイティス軍も孤島の動きを警戒するために距離感を詰めていると思われる。話を聞き開戦は免れないと悟るが、突如として孤島の洞窟でもわかるほどの爆音のようなものが外から聞こえてくる。


「連中、始めやがったか!?」


 エイハブさんのその言葉に息を呑んで急いで脱出路に向かうが途中で物資倉庫へ立ち寄り、『忘れ物』を回収する。ここ来た際に紫苑さんの持っていた『黒刀』を取り上げられたのを覚えていたためそれだけを取って走り出す。途中で何度か慌てた様子の海賊と出くわしそうになり、物影に隠れてやり過ごしながら高鳴る鼓動と震える身体を落ち着かせ、息を呑んでいた。



 ◇



 突如の爆発に炸裂するように火花が舞い飛ぶ。船内は混乱の渦に飲み込まれジャックス、紫苑らを乗せた海賊船は炎上。まるで攻撃を受けたように船体はボロボロに崩れ行く。


「ジャックス殿!! 謀られました!! これはおそらく…!!」


 紫苑が彼に叫び声をあげるとジャックスもわかっていると言わんばかりに返事をする。紫苑達の乗せた交渉用の海賊船は奇襲を掛けるための囮、そして孤島へ向けた合図でもありながら襲撃を行なうための口実を作り出したのだ。船体が傾き始め、船内へと海水が入り込んでくるのがわかる。


「ダヴィッドめ…また仕掛けやがったな」


 交渉のためにやってきていた船長であるはずのダヴィッドもやはり姿を消しておりすでに脱出した後。沈みゆく海賊船から紫苑とジャックスは海中へと飛び込むと同時に一際激しい轟音と共に爆発が起こった。海賊船内部の何も知らされていない下っ端は燃え盛る炎からただただ逃げ惑う。


 彼らの悲鳴と爆破による轟音に海軍船も何事かと気づき、一同は甲板へと駆け上がっていく。事態が飲み込めずセルバンデスらが炎上する海賊船を見据えている。


「まずいっ…!! 大統領!!」


 セルバンデスの声に呼応して大統領はすぐさま行動へと移し―…


「全軍と合流させよ!! 敵の奇襲!!」


 孤島周囲にめぐらされた艦隊と合流するように号令が響く。鈴の音が鳴り響き周囲の艦隊に届くよう一層強く変わっていく。


 孤島ではすでに到着していたダヴィッドが声高々にレイティス軍への攻撃を仕掛けるべく号令を上げる。すでに準備されていた大砲に火が灯されるとけたたましい開戦の狼煙を告げる轟音を上げながら海賊達の歓喜の声も響き渡る。


 周辺にて待機していたレイティス海軍は鐘の音を聞きつけて、艦隊は孤島へ向けて進軍を開始する。大砲による応酬、しかし要塞のような孤島はまるでビクともしない。その上海賊の砲撃は地の利を活かしているためにこちらへ正確に撃ち込んでくる。レイティスの強固な軍船といえど要塞との撃ちあいでは分が悪く消耗戦となればこちらが圧倒的不利に立たされるであろう。


 一度退き体制を立てるべく大統領の艦隊と合流すべく、離脱を試みるが――…。


「敵を叩くぞ!! 続け!!」


 その隙を突き奇襲部隊の海賊達が彼らに対して牙を向く。砲撃へ集中を欠いていたために海賊達の侵入を許してしまい、船内も戦場と化していくのだった。


「殺せ!! 目に付いたやつらは誰でもかまわねぇ…殺せ!!」


 海賊達の奇声と雄たけびが鉄火の如く鳴り響き、海軍も砲撃と海賊の奇襲の板ばさみとなって血と鉄の響きあう中で戦闘が繰り広げられる。



 一方、北部の入り江に取り付いた海軍の奇襲部隊。シェイド達は海賊の動向を伺っていたが、開戦したことで孤島全体も殺気立っているのを感じ取る。


 軍の危機を聞きつけたことで兵達に不安が広がり、軍の援護に回るべきではないかと進言されるがシェイドはむしろ孤島内部の戦力は最低人数であるために内部から瓦解させるべきだと主張。


 確かに砲撃の頻度も落ち着き始めており、むしろ孤島からの攻撃は囮のようで奇襲部隊に全ての戦力を向けているように考えられる、というよりも彼らにはそれしかないのだろう。


 この隙に乗じてシェイドたちは部隊を更に分けて、内部へ入り込んでいくと入り江の船着場にて先ほど交渉の席の場にいたダヴィッドの姿が目に入る。下っ端になにやら指示を促している様子で相変わらずの邪悪な風貌で振舞っている。


 同時刻、奇しくもロゼットとエイハブも北の入り江に到着し、物陰から彼らの会話を耳にしていた。


「何? 火薬の数が足りない? ペテン師共はどうした」


 少し声を荒げてダヴィッドは下っ端を叱責する。ダヴィッドは囲い込んでいる商人たちを『ペテン師』と呼び虐げて、自身たちの利益のためだけに働かせ国家から金をふんだくるようなやり方で資金調達を行なっていたようだ。


 様子を伺っているエイハブたちの横から仲間の行商人が声をかけて、準備が整ったとの報せを伝える。ロゼットは何のことかは分からなかったが彼らの口調からして、行商人達の間で海賊と戦うための準備を行なっていたのだと察する。


 脱出を少し変更し、このまま彼らの準備したことを起こしてその混乱に乗じて脱出するという方針で移動を開始するが――…


「てめぇら!! そこで何してやがる!?」


 海賊の一人に見つかってしまい、すぐに他の海賊達も集まってくる。エイハブはロゼットを逃がすために仲間の行商人と応戦。


「嬢ちゃん逃げろ!! 城門まで走り抜けろ!!」


 ロゼットは彼らの方を振り返り、戦うか否か戸惑うも――…。


「…っ!!…ごめんなさい!!」


 彼らに謝罪だけを述べてその場を立ち去っていく。自身が死んでしまってはみんなが救出に乗り出してくれた意味がなくなってしまう。苦しい表情を浮べながらもロゼットは止まることなく突き進む。


 エイハブ達が戦闘を繰り広げる中で、他の行商人の中でも戦闘に長けている者達も加勢に入りこみ、騒ぎを聞きつけたシェイド達もこの機を利用して優位に立つべく仕掛けた。


 海軍の奇襲部隊の思わぬ攻撃に遭い、要塞内部も騒乱の戦場と化する。シェイドも幼い身でありながら中剣を片手に海賊達に応戦し切り込んでいく。


「このガキィ!!」


 海賊の乱暴な剣速に反応し、弾き返した後一瞬で攻勢に転じる。そのまま一気に左薙で斬り倒すとすぐに構えなおし次の敵に応じる。


 シャーナルほどではないにしろ、彼も鍛錬を重ねたロゼットに負けず劣らず大人顔負けの剣技で次々と海賊を切り倒していく姿にレイティス海軍の将兵達も賞賛の声を上げる。


「ロゼット…ロゼットは何処だ!?」


 ロゼットの名を叫ぶ彼の声が騒乱の音にかき消されるように、彼女には届いていない。


 そして城門にたどり着いたロゼットは乗船してきた船着場の物影に隠れながら、脱出用に用意してくれたという船舶を探している。孤島からの砲撃はもうほとんど放たれておらず、火薬が足りないという海賊達の言葉を耳にしながら忍び足で彼らを横切る。


 さながら忍者にでもなったかのような気分で、こんな事態であるにも関わらずロゼットは妙な緊張感と冷静さが入り混じって高揚とした感情があった。


 しかしそんな彼女の感情を一気に冷めさせるように曲がり角の影となっていた場所で見たくもない人物と出くわしてしまった。ニヤニヤと笑いながら取り押さえ、彼女の抵抗も虚しく捕まってしまう。


「いやぁっ!! 離してよ!!」


 少女の悲鳴を聞いて喜んでいるのかダヴィッドは顔を近づけてくる。


「おかえりお嬢ちゃん、あれだけもてなしてやったのに逃げるとは冷たくはないかね?」


 海賊達に取り囲まれ、再び恐怖で震えていると船着場の海中から見覚えのある人物が上がってくる。海賊一同もニヤついていた表情から驚愕したものへと変わり、ロゼットは目を丸くさせて少し上ずった声で彼の名を呼ぶ。


「じゃ、ジャックスさん!?」


 ジャックスは身振り手振りで彼らに何か伝えようと近付いてくるのに対してダヴィッドは心底ありえないという表情を浮べる。ジャックスと紫苑はあの海賊船で海の藻屑になったと見ていたのになぜ奴が生きているのか―…?


「そんな馬鹿な…ありえん…!」


 ジャックスは相変わらず奇天烈な素振りで彼らに近付き、幽霊でないと冗談をかますのに対して逆撫でされたダヴィッドが激昂。確かに海賊船に積まれていたロゼットの細剣も持参しており幽霊ではないとはわかったがこの状況で覆すことが出来る手段など持ち合わせていないだろう。


 ロゼットを人質として取っているダヴィッドはこのまま城門から海賊船で彼女を盾にしつつ応戦に打って出ようとするが――…。


「それやめといたほうがいいと思うぞ」とジャックスが制止する。


 足を止めてジャックスの方へと振り向くダヴィッド。彼の思惑としてはそのまま『協力者』達と合流して制圧に掛かるつもりでいたがジャックスがそれを止めたということは既にこちらの真意を分かっているものだと気づく。その上で彼は何故かと問うのだ。


 ジャックス曰く、海軍の数は襲撃しただけではなく既に後方より前衛が襲撃を受けた際に動き出すための第二陣として体勢を整えている。前衛に大統領が出てきたのは自らを囮にするためのもので海賊の動きをより掌握するためのものだと。


 海賊達に不安と動揺が広がる。もし事実であれば疲弊しきった状態で第二戦を行なわなければならなくなる。海軍にとっては第二波こそが本命であるため制圧は容易である。


 このまま戦闘を継続するのは無理ではないかとジャックスは進言するのだった。


 ダヴィッドは少し考えた後にジャックスが信用に足るかどうかを見極めている。


「つまり、降伏しろというのか?」


「違う、時期を待てということだ。この瞬間という時を待つんだよ。あの海賊船のだってそうだろう?」


 ジャックスはダヴィッドが仕掛けたとされるもう一つの策にも気づいていた。海賊船での囮として利用したにも関わらず、その上で彼らに協力すると見せているには何か思惑があるのだと、ダヴィッドは彼の要求を聞く。


 ジャックスはこの場から生きて脱出することと交易船を要求。外の状況が分からない以上、彼の言うことの真偽も不明瞭。考える猶予もないために計画を変更し協力者たちとの合流のために孤島を放棄するとのことを海賊の部下に周知させる。


 ロゼットを手中に収めているのであればいくらでもやりようがあると考え、ジャックスの考えに敢えて乗り合流のために別路へと向かい始めた。


「ジャックスさん…! なんで海賊なんかとっ…! 取引なんてするんですか!?」


「おいおい勘違いするなよ、お嬢ちゃん。俺は行商人で取引が成立するなら人間は選ばない。それに助けてやると言っていたのはあの将軍であって俺じゃない」


 彼は紫苑の事を引き合いに出しつつ、ロゼットに対して意地悪に諭している。彼女は眉を顰めて彼を睨みつけるようにしてるけれど、確かにジャックスは共に捕まりはしたものの元々彼らとは状況も異なる。


 落ち込むロゼットを連れて行きながらジャックスはダヴィッドに気になっていたことを問う。


「なぁ、あの死体の山どうやって集めたんだ?」


 海賊船に積まれていたものが動物だけでなく人間の死体も混じっていたことに気づいていたジャックス。彼に対してダヴィッドは邪悪な笑みだけを浮べる留まった。


 深い海中より、巨大な黒い影が徐々に近付きつつあることも知らずにセルバンデス、大統領の海軍船は援軍として艦隊へと駆けつけていた。

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